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中国を見る視点:『中国の行動原理』『セレモニー』ほか

2020/06/26

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COVID-19はどうやら次のフェーズに移ったようだ。COVID-19のもともとの震源地であり、また国家による強権的な封じ込め対策で感染爆発を抑え込んだ中国への関心は最近ではさらに高まっている。しかしアメリカと激しい貿易合戦を繰り広げ、攻撃的とも言える外交発言を繰り返し、香港の一国二制度を反故にしようとするなど、最近の中国の対外政策には首をかしげることも多い。今回はなぜ中国の対外政策は外からみると不可解なのかという疑問に対して、中国の家族観を出発点として、中国がある意味必然的に「国家主席の独裁」という構造に落ち着くメカニズムの説明を試みた『中国の行動原理』と、ではその「扇の要」である「独裁者」が不意に消失してしまった事態をシミュレートした「政治ファンタジー」である『セレモニー』を取り上げる。

家父長制こそが中国の組織原理

■中国の行動原理

[著]益尾知佐子
[発行日]2019年11月20日発行
[出版社]中央公論新社
[定価]920円+税

中国の対外政策の研究者による『中国の行動原理』は意外なことに、中国の家族観から分析をスタートさせる。中国の家族制度は一言で言えば「家父長制」である。一家の最高位に家長が君臨し、兄弟や子、そしてそれらの家族までをすべて統率するのが中国の家父長制である。この中国の家父長制の持つ特徴として、著者は次の4点をあげる。

●家長とその支配に服する子どもたちとの関係は常に一対一の関係である
●支配下にある子どもたちは常に家長の評価のみを意識し、並列して存在する他の子どもたちと連携することはない(横のつながりはない)
●家長の指示は絶対であり、逆らうことは基本的に許されない(ボトムアップの意見具申などは認められない)
●統制力は家長の実力のみに依存し、家長の力や権威が衰えると統制力は一気に弱まる

この中国の家父長制が、実は中国という国家(というか中国共産党)の行動原理の根本にあるのだと著者は喝破する。

中国には基本的に3つの権力組織が存在する。最も強力かつ上位に位置するのが中国共産党であり、そして党の暴力機能として人民解放軍が存在する。最後に行政機能として並立するのが政府である。この党と軍と政府という3つの権力組織のすべてのトップに君臨しているのが現在の習近平主席である。中国の権力機構は「習近平主席」を家父長とし、党、軍、政府という子どもたちがそれぞれ家父長たる国家主席との間で一対一の支配関係を構築するという構造になっているのだ。中国の権力機構が「国家主席」を唯一の扇の要として統率力を発揮させる仕組みであることは、それぞれの「子どもたち」の間に横の連携がないことを意味する。また、それぞれの「子どもたち」は常に国家主席の意向にのみ忠実であり、それぞれがそれぞれの領域で主席の意図を体現するために「必死」かつ「バラバラ」な活動を繰り広げることになる。この構造こそが外から中国を見たときに感じる「わからなさ」「不可解さ」を生み出していると著者は言う。

そしてもう一つ重要なポイントは、3つの権力機構の最上位に位置するものは中国共産党であるということである。軍も政府も(ある意味国民も)、その存在理由は中国共産党の一党支配を永続させることが唯一の目的である。そしてこの一党支配の永続という目的は、党の最高指導者である国家主席に権力を集中させることになる。

国家主席の「統率力」の盛衰と、習近平時代

そして、中国の対外政策、国内政策は家父長たる「国家主席」の手腕一つに大きく左右される。詳しくは本書を読んでいただきたいが、国家主席の統率力の強弱によって、中国では国内政治も対外政策も大きく変化する。統率力が強い国家主席下であれば、国家機構は国家主席の意図を体現するための強力な装置として機能する。しかし、もし国家主席の統率力が弱まってしまうと、子どもたちはそれぞれ勝手に(主席の意図を体現するふりをしつつ)自らの勢力拡大を図ろうとする。

このように国家の機能がある特定個人の能力に大きく依拠する中国では、政策の連続性や合理性といったものがしばしば無視される。それは国家主席の統率力の盛衰に起因するある意味「生物学的」な現象とでも評したくなるたぐいのものだ。

そして著者は現在の習近平国家主席を「高い統率力を持つ、伝統的な中国的国家主席像を体現している」と評している。実際、習近平主席は党、軍、政府のトップをすでに自分ひとりで束ねており、さらに党と政府を一体的に機能させるための「委員会」や「領導小組」の主要なリーダーもすべて兼任している。今の中国は習近平国家主席の「意図」を徹底して追求し、実行するための仕組みとして出来上がっているというのが著者の見立てである。

COVID-19での中国の対応

実際、COVID-19が武漢で感染爆発を起こした際、それぞれの現場レベルでの対応はちぐはぐであり、また有効ではなかった。しかし、習近平国家主席が問題解決に乗り出した瞬間から、中国のすべての組織が感染封じ込めのためのあらゆる手段を実行していくのである。ここに面白い文章がある。これは中国の日本大使館にサイトに掲載されているれっきとした公文書だが、中国のCOIVD-19への対応に対する批判への反論文である。この中にCOVID-19発生からの中国の取り組みが時系列で記載されているが、今年の1月7日に「習近平中国共産党中央総書記が中央政治局常務委員会会議を招集した際、原因不明肺炎の予防・抑制への取り組みについて要求を出した」という一文がある。そして遅れること6日の1月13日付けで「李克強首相が国務院全体会議を招集した際、感染予防・抑制への取り組みについて要求を出した」と出ている。ここでも、序列として党が先であり、政府は党の下に位置づけられていることが伺える。

もう一つ、例をあげてみよう。

ここでも貧困層、経済弱者への短期的な経済対策として露天の出店を推進した李克強首相の行動に、党が(というか習近平主席が)その行動を抑制するような行動に出た。このように党内政治によって政策が大きくブレるのが中国の一つの特徴なのだろう。

なお、本書の著者である益尾知佐子氏のインタビューがあるので紹介しておきたい。特に中国のCOVID-19前後の動きについての示唆が得られるだろう。

ではその「扇の要」が突如消失したら?

■セレモニー

[著]王力雄
[翻訳] 金谷譲
[発行日]2019年4月発行
[出版社]藤原書店
[定価]2,800円+税

本書は中国の民主化を唱える中国人作家である王力雄氏の作品である。同氏の代表的な著作に『黄禍』があるが、こちらを読まれた方もいるかもしれない。著者は本作品を「政治ファンタジー」と呼び、いわゆるサイエンス・フィクションとは若干距離をおいている。

本作は小説でもあるため、ネタバレをするつもりはないが、本書を特徴づける構成要素をいくつか紹介しておきたい。

一つは現在の中国で社会実装が進んでいるいわゆる「ITを利用した監視技術」である。現在の中国の監視技術は、主に国内各所に設置された監視カメラや、電子決済の利用履歴、ネット上での活動などを活用したものである。しかし本作に登場する監視技術はIoTを利用した、言い換えれば個々人の身体に直接装着するデバイスによる監視技術という点だ。この監視技術は、ある種の徹底した監視を可能にしてくれている。このIoT監視のディストピア描写は一つの見どころである。

2つ目は、少数者による圧倒的多数者の監視がITによって可能になった社会の「脆弱性」の指摘である。先に上げたIoTデバイス型の監視システムは、少数者による圧倒的大多数の監視を可能にした。高度なIT技術のなかった時代の監視は、常に監視能力の不足によって本来求められる機能は実現できなかった。しかし、IT技術の爆発的な進歩はついに少数者による圧倒的大多数の監視を可能にしたのである。しかし、この監視システムには2つの「脆弱性」が存在していると著者は言う。一つは「独裁者は技術を理解していないため、監視を実際に行うのはエンジニアである」という点、もう一つは「監視の目は国家主席すらもその対象にしてしまっている」という点である。これらの脆弱性がどのように展開するのかはぜひ本書を読んで実感していただきたい。

そして最後に、現実の中国の政治・統治機構のリアルな姿が描かれている点である。先に紹介した『中国の行動原理』でも中国の統治機構の説明はなされているが、中枢部のメカニズムや、より末端に近い部分での行動原理が実にリアルに描写されている。例えばウイグル自治区に配属されていた一武警官が北京に派遣されるときの本人の中での上昇志向やインセンティブといった心理面の描写などは日本人にはちょっと想像がつかないだろう。また、上司に対する絶対忠誠と、絶対にそれと悟られてはいけない面従腹背のための知恵の絞り合いといった描写は十八史略でも読んでいるような気分になる。

そして本書には中国の統治機構を揺さぶる一つのきっかけとして、やはり新型ウイルスによるパンデミックが登場する。そして実際に中国で行われたパンデミックの封じ込め対策と、フィクションの中の対策の比較をやってみるのも一興だろう。

執筆者情報

  • 柏木 亮二

    金融イノベーション研究部

    上級研究員

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