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中国プラットフォーマーの金融ビジネス拡大と当局の規制強化

2020/12/24

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アリペイが個人向け預金仲介サービスの停止を発表

アリババ・グループ(阿里巴巴)傘下の金融会社アント・グループは2020年12月18日に、同社の決済システムであるアリペイ(支付宝)を通じて銀行に預金ができる個人向けの仲介サービスを、突如中止すると発表した(注1)。同社は、「オンライン預金サービスに関する最近の規制上の要件に従って、アリペイからオンライン預金商品を自主的に取り除いた」と説明している。自主的としながらも、事実上は規制当局の求めに応じた措置だ。

ネットで銀行預金を仲介してきたのは、このアリペイだけではない。SNSのテンセント(騰訊控股)、ネット検索のバイドゥ(百度)系の度小満金融など、多くの巨大ネット企業は、その金融部門で国内銀行の高利回り預金商品を販売してきた。今回の措置も、巨大ネット企業、プラットフォーマーに対する規制強化の一環であるが(コラム「一気に加速する中国プラットフォーマーへの統制強化」、2020年12月23日)、この銀行預金の仲介業務で当局が特に問題視したのは、中小銀行への打撃と金融システムリスクである。

プラットフォーマーは、スマートフォンのアプリ上で、複数の銀行の預金商品を並べ、金利を比較できるようにしている。預金者は預金金利の水準だけを見て、預金先の銀行を決める傾向があるため、各銀行はより高い預金金利を提示するようになり、金利競争が激化していた。

例えば、足もとの6か月物の定期預金の指標金利は1.3%程度だが、プラットフォーマーのアプリ上では、金利がその3倍以上の6か月物定期預金も販売されており、大いに人気を集めた。

そうしたなか、高い預金金利を提示できない体力のない中小銀行からは預金が流出し、資金繰り問題に発展する可能性が出てきたのである。さらに高い預金金利を提示する銀行にとっても、それは経営を圧迫することになる。さらに、そうした銀行は、プラットフォーマーに対して預金残高の0.2%~0.3%とされる紹介・仲介の手数料を払わねばならず、それも収益減要因だ。これらは、中国の金融システムの安定を揺るがしかねない要因なのだ。

21世紀経済報道によると、中国人民銀行(中央銀行)の金融安定局長は、プラットフォーマーによる銀行預金の仲介は、「違法な金融活動であり、無免許運転のようなものだ」と断じて、そうした業務を人民銀行の金融監督制度の下に置くべきだ、と主張していた。

アリペイは世界のスーパーアプリ

アント・グループが提供するアリペイは、当初は決済サービスからスタートしたが、その後は融資(与信)、預金仲介、資産運用、保険など、同じアプリ上で幅広い金融サービスを提供するように、急速に進化していった。さらに金融サービスにとどまらず、公共料金の支払い、医療機関の予約、映画チケットの手配、フード・デリバリー、配車など、日常生活に必要な様々なサービスをアプリ上で完結できるようになった。アリペイは、テンセントのウィーチャット(微信)と並んで、スーパーアプリと呼ばれている。中国を代表するのみならず、世界トップクラスのスーパーアプリなのである。

しかし、アリペイが提供する金融サービスのうち、預金仲介については、既に見たように規制強化によって後退を強いられた。

一方、2020年11月にアントが上場延期に追い込まれた際に、規制当局が特に問題視していたのは、融資(与信)サービスだった(コラム「アント上場延期とフィンテック企業への統制強化を強める中国」、2020年11月13日)。近年では、この融資業務が、アント・グループの主要な収入源となってきたのである。2020年度上半期の事業別収益では決済関連が260億元(約4,160億円)、融資関連が約286億元(約4,576億円)と初めて逆転している(注2)。その融資業務の中心は、消費者金融だ。

近年ではシンジケートローン(協調融資)の形態が拡大してきた。アント・グループの融資は全体の1~10%程度であり、それ以外は金融機関が提供する。アリペイは自身の金利収入とは別に、提携先金融機関の金利収入から15%前後の手数料を得ているという。

アリペイの融資業務を支えるのは、AIを用いた独自の信用リスク計測システムである。アリペイがビッグデータを用いたAI信用判定を行い、それに基づいて銀行が貸出をする。この場合アリペイは、プラットフォームを広く金融機関に提供するプラットフォーマーの役割を担っていることになる。

当局は、アリペイが融資で過大なリスクを負っていることを警戒し、上場延期の発表当日に、自己資本の増額を求める新たな規制の導入を発表した。アリペイによって大きな収益源となった融資業務についても、今後は規制強化によって大きな制約を受けていくのではないか。

銀行の基本的な3機能で規制強化の方向

アリペイの出発点となる決済業務については、足もとで目立った規制強化の動きはないが、実はこの分野は、以前から規制が段階的に強化されてきたのである。

2019年から中国人民銀行は、アリペイやウィーチャットペイなどに対して、顧客がスマートフォン決済のためにチャージした資金の100%分を、中央銀行の当座預金に預けることを義務付けた。これは銀行に準じる扱いである。それを通じて、準備金の不足によってアリペイなどの決済システムの信頼性が低下することを防ぎ、また、破綻によって利用者に大きな不利益が生じることを防ぐ狙いがあった。加えて、それ以前は顧客がチャージした資金をアリペイが運用して大きな利益を上げていたことから、その収入源を断つ狙いもあったと見られる。

さらに、中国人民銀行が発行の準備を進めるデジタル人民元も、デジタル決済分野でアリペイ、ウィーチャットペイの影響力を低下させ、銀行を支援する狙いがあるのだ(コラム「デジタル人民元発行の狙いにアリペイ等の影響力低下も」、2020年8月14日)。

以上でみてきたように、預金、融資、決済の3分野で、当局はアリペイなどプラットフォーマーに対する規制を強化し、また、利益の圧縮を図っている。この3分野は、銀行の3大業務と呼ばれる。そうした銀行業務のまさに本丸を、金融機関ではないアリペイなどプラットフォーマーが、今までかなり侵食してきたのだ。それに伴う銀行の収益悪化は、金融システムの不安定化にもつながりかねない。

そこで当局は、いよいよ、銀行分野でのプラットフォーマーへの統制を、本格的に強化し始めたのである。そのもとで、アント・グループなどプラットフォーマーの金融部門、いわゆる金融プラットフォーマーには、①銀行ビジネスから撤退していく、②銀行業の発展に資するサービスを提供するプラットフォーマーに特化していく、③規制を受け入れて銀行に近付いていく、の3つの道を選ぶことを強いられていくのではないか。

そのいずれであるにしても、従来のように巨額の利益を上げることは難しくなるだろう。

(注1)ChinaWave経済・産業ニュース、2020年12月21日
(注2)「特集2 アリペイの真実 幻の30兆円上場」、週刊ダイヤモンド、2020年12月12日

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