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東京オリンピックを検証するための準備をしておこう

2021/07/21

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東京オリンピック・パラリンピックがもうすぐ開幕する。しかし世間に祝祭ムードが広がっているとはとてもいいがたい。最大の理由は、首都圏で新型コロナ感染の過去最大級の急激な拡大が起きているこのタイミングで、このような大規模なイベントを実施することに対する強い抵抗があるだろう。加えて、開催に至るまでの経緯で様々な問題・スキャンダル・ドタバタ劇をこれでもかと見せられてきたことで、こんなに問題だらけで本当に大会が成功するのかという不信感がわれわれの中に抜き難く植え付けられてしまっていることも原因に挙げられる。個人的には選手には頑張って欲しいし、応援もしたいし、大会の成功も願っている。しかし、このプロジェクトが辿ってきた迷走を冷静に分析し、今後二度と同じような事態を繰り返さないための検証は必要だ。今回はその準備となるような本を紹介したい。

東京オリパラに成功させたい「ストーリー」はあったのか?

■ストーリーとしての競争戦略

[著]楠木建
[発行日]2010年5月
[出版社]東洋経済新報社
[定価]3,080円(10%税込)

楠木建『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』(東洋経済新報社)は2010年に出版された本だが、ある意味古典として折りに触れ読み返すべき本だと思う。読まれたことがある方もいるだろう。

本書のメッセージを一言で言えば「将来に渡って持続的な競争優位を確立するには、だれも見たことがない未来に対して、その未知の領域に立ち向かう自分たちが挑んでいく姿を興奮できるストーリーとして提示することこそが戦略である」とでもなるだろうか。

ストーリーを生み出すためには、個別の打ち手の独自性や、個々のリソースの他社に比べての優位性といったそれぞれの「要素」の列挙にとどまらず、それらの打ち手やリソースがどのように有機的につながりあうのか、そしてそれらの有機的なつながりから立ち上がってくるユニークな「事業」の姿を、納得できる因果関係として結びつけることが必要になる。求められるのは、ストーリーの「起承転結」である。「起」としてのコンセプト、「承」である打ち手とリソース、「転」としてのクリティカル・コア、そして「結」としての成功イメージ。これらが一連の因果関係として提示され、さらに社内に共有されることでストーリーは生み出される。

さて、では東京オリパラに「ストーリー」はあっただろうか? ここでちょっと以下の記事を読んでほしい。

東京オリンピックは何のために? 政治家たちが唱えてきた「意義」は、こう変わった。 | Business Insider Japan

記事の冒頭に次のような一文がある。

2016年大会の招致レースでブラジル・リオデジャネイロに破れた東京。「メッセージ性の欠如」を反省とし、2020年大会の招致レースでは「戦後復興」のシンボルとなった1964年大会の“成功神話”にストーリーを重ね、震災からの「復興五輪」を掲げて招致に成功した。」

 

そもそも2016年の招致を目指していた段階では、東京でのオリパラ招致にストーリー(上の記事では「メッセージ性」)はなかったのである。そこに「復興五輪」というストーリーを加えたことで招致には成功した。しかし、この「復興五輪」というストーリーもコロナ禍による大会延期を受けて二転三転することになった(そのへんは上の記事を読んでいただきたい)。

さて、もしあなたが五輪を招致する立場だったらどういうストーリーを考えるだろうか?
それは興奮できるストーリーになっているだろうか?

やっぱり日本は昔からこうなのでは?

■失敗の本質

[著]戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎
[発行日]1984年5月
[出版社]中央公論新社
[定価]838円(10%税込)

社会不安が増すと売れだす本がある。ジョージ・オーウェルの『1984』、レイ・ブラッドベリの『華氏451度』などが代表例だ。そのような本として我が国では『失敗の本質』が挙げられる。日本の大組織がなにかやらかすたびにこの本は売れだすらしい(今Amazonを見たら中公文庫のベストセラー1位になっていた)。

本書もすでに読まれた方が多い本だろう。本書の内容は大東亜戦争における旧帝国陸海軍の意思決定の問題点を分析した古典である。出版が1984年と今から約40年前ということで、新たな資料の発見や研究の進展もあり、本書の意見に対する批判もなされているが、エッセンスに関しては今読んでも得るものは多いだろう。

本来ならこの稿で、本書に挙げられている旧帝国陸海軍の戦略・組織上の意思決定の問題点と、今回のオリパラ大会組織委員会と政府・東京都・JOCの意思決定の経緯を比較分析すべきなのだろう。しかし実際にやりはじめると大変物憂い気分になってしまったので、ここでは本書の2章に挙げられている「戦略・組織における日本軍の失敗の分析」の項目だけを列挙しておく。これらの項目を補助線として今回の東京五輪のドタバタ劇を眺めてみて欲しい。

  • 戦略上の失敗要因分析

    • あいまいな戦略目的
    • 短期決戦の戦略思考
    • 主観的で「帰納的」な戦略策定―空気の支配
    • 狭くて進化のない戦略オプション
    • アンバランスな戦闘技術体系

  • 組織上の失敗要因分析

    • 人的ネットワーク偏重の組織構造
    • 属人的な組織の統合
    • 学習を軽視した組織
    • プロセスや動機を重視した評価

この項目だけを見ても「ああ、ねえ…」となるだろう。未読の方はこの機会に一度読んでみてはいかがだろうか。また本書には解説書や類似書籍も数多く出ているので、そちらから読み始めてみるのもいい。

メディアが果たした役割は?

■100分de名著 メディアと私たち

[著]堤未果、中島岳志、大澤真幸、高橋源一郎
[発行日]2018年10月30日発行
[出版社]NHK出版
[定価]990円(10%税込)

今回の東京オリパラのドタバタ劇に関して、もう一つ検証すべき領域として、メディアがどういう振る舞いをしてきたかという問題がある。この領域は多岐にわたる論点があるのだが、現時点で私が問題だと思うのは以下のような点だ。

  • 米NBCによる開催時期の固定化(プロスポーツのオフシーズンである夏開催が原則)
  • 大手メディアがスポンサーとして名を連ねることによる公正中立な報道の制約(大会開催の是非といった根本的な問題に対する報道の忌避)
  • メディアによる世論誘導(大会が始まってしまえばみんな盛り上がるでしょ)
  • 事後検証に対する不安(まあみんな盛り上がったから結果オーライでいいでしょ)

それぞれの論点について、国内メディアによる事後的な検証がちゃんと行われることを期待したいが(NHKあたりはやりそうだけど)、期待が裏切られることも想定しておく必要がある。

その意味で、「メディア」とはそもそもなんなんだろうか、「メディア」は社会にどのような影響を与えるんだろうかといった基本的な視座が欲しい。メディア論に関する本はそれこそ枚挙にいとまがないが、ここではその中でも特に必須と思われるメディア本を解説してくれたNHKの『100分de名著』のメディア論のテキストを挙げたい。

テキストで読むもよし、NHKオンデマンドで当該番組を見るもよし。

ちなみにこの番組で取り上げられている山本七平『「空気」の研究』は、上の『失敗の本質』とともに今回取り上げたかった本でもある。これも古典ではあるが、一度は読んでおくと目から鱗が数枚取れる本だと思う。

繰り返しになるが、せっかく開催した大会なので成功を祈っている。しかし、「結果的に成功だったからいいよね」で済ますことができないくらい、このプロジェクトには数多くの問題がある。このプロジェクトの「失敗」を冷静かつ客観的に分析するかしないかが、今後の日本の岐路になるのではないかとちょっと本気で心配している。

執筆者情報

  • 柏木 亮二

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    上級研究員

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