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気候変動リスクの情報開示が義務化へ:企業に負担やリスクも

2021/07/27

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TCFDの提言に沿って企業に気候変動リスクに関する情報開示を求める

7月26日付の日本経済新聞は、日本企業の気候変動リスクに関する開示を義務付けることを金融庁が検討、と報じている。上場企業や非上場企業の一部の約4,000社が提出する有価証券報告書に記載を求める方向であり、早ければ2022年3月期の有価証券報告書から開示を義務付ける可能性があるという。実際、そういう流れとなるのだろう。

英国やフランスでは、大手企業に対して気候変動リスクに関する情報開示を義務付けている。金融庁の検討は、こうした海外での流れを追うものだ。今年6月に金融庁と東京証券取引所が示した改正コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)でも、22年4月の市場区分変更で設けられる実質最上位の「プライム市場」に上場する企業に対して、気候リスクの開示を求めている。これについては義務ではないが、有価証券報告書への記述は法的な拘束力を持つ。

企業が気候変動リスクに関する情報開示を行えば、それは投資家の投資判断に大きな影響を与える。気候変動リスクに積極的な企業に投資資金が集まるようになることから、企業が気候変動リスクへの対応により積極的になり、日本全体の気候変動対策、地球温暖化対策を後押しする効果が期待される。

情報開示の項目などについては、主要国の金融当局が主導する「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」の提言に沿った内容とすることになるだろう。TCFDの提言は、情報開示の項目などを説明している。

企業の負担やリスクへの配慮も必要か

しかし、自社のビジネス全体について、CO₂排出量推定などを含む気候変動リスクを正確に評価するのは簡単ではない。とりわけ銀行は、その貸出資産を気候変動リスクの観点から評価する際に、取引先の資金使途やビジネス動向を常に把握しておく必要がある。それを完全に実施するのは無理だろう。

気候変動リスクの評価基準については、世界でまだ統一されたものはない。主要25か国・地域の中央銀行、金融監督当局などが参加する金融安定理事会(FSB)が現在基準の調整を行っており、先日は気候変動関連の金融リスクに対処する取り組みを調整するロードマップ(工程表)を示している(コラム「FSBが気候変動関連の金融リスクに対処する取り組みのロードマップを公表」、2021年7月13日)。

しかし、そうした作業が完成するまでにはまだ何年もの時間を要する。それまでは、各企業、各銀行が独自の基準で気候変動リスクを判断し、開示することが求められるのである。それは、各企業、各銀行にとっては大きな事務負担となる。

さらに、情報開示された内容に誤りがある、あるいは適切な判断がなされなかった場合、それは投資家の投資判断をミスリードしたとして、強い批判の対象となり、また訴訟の対象ともなりえるだろう。これは、多くの企業や銀行などにとって、大きなオペレーショ上のリスクである。

気候変動リスクに関する資産査定などの基準や手法がまだ確立されていない段階で、企業に対して情報開示を強く求めることは、企業に大きな事務負担とリスクを背負わせることになる。この情報開示のみならず、日本銀行が新たに始める気候変動対応オペについても、同様の問題が指摘できる(コラム「気候変動対応への関与は日本銀行の使命に照らして妥当か:新型オペの骨子素案」、2021年7月16日)。

開示情報の正確性などに関して、企業側に一部免責を認めるなどの配慮が、移行措置としては必要となるのではないか。気候変動対策で、その負担をあまりに一気に企業側に押し付けると、歪みが生じて上手くいかなくなる可能性も出てくるだろう。当局が企業に求める対応についても、サステナビリティに配慮することが必要ではないか。

(参考資料)
「企業の気候変動リスク 開示を義務付けへ」、2021年7月26日、日本経済新聞

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