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期限付き所得減税の実施に大義はあるか

2023/10/23

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岸田首相は所得税の期限付き減税と低所得者向けの給付金のパッケージを検討

岸田首相は20日に自民、公明両党の幹部に対して、所得税の期限付き減税と低所得者向けの給付金のパッケージを検討するように指示した。同案を11月上旬にまとめる経済対策に盛り込み、来春には実施したい考えである。

26日には政府・与党政策懇談会を開き、与党税制調査会が具体的な内容について議論を始めることが予定されている。具体策は12月の与党税制大綱に盛り込まれ、来年1月の通常国会に税制改正関連法案として提出され、来年3月末までの成立を目指す。政府は給付金の支給を来年4月から始めたい考えだ。

防衛費増額に関連して自民党の萩生田政調会長は、2022年末に決定した所得税や法人税などの増税について「これから減税策を考えるのに、来年から防衛増税をやるのは国民に全く分かりづらい。もちろん来年はやらない」と述べ、2025年以降に先送りする考えを示している。議論は減税一色に流れ始めている。

期限付き所得減税は貯蓄に回る割合が高い

所得減税は一段の財政悪化にも配慮して時限措置とする方向だが、自民党の宮沢税調会長は首相と会談後、「1年が常識的だろう」と記者団に語っている。

1年間の減税措置は、経済に何らかの大きなショックが生じた際に、緊急避難的に実施される類の政策であるが、現時点でそうしたショックが起こっている訳ではない。

また、所得減税を時限措置とした場合には、減税分は貯蓄に回る比率がより高まりやすい。仮に5兆円の所得減税が実施されても、実質GDPの押し上げ効果は+0.12%に過ぎないと試算される(コラム「岸田首相は期限付きの所得税減税を検討:5兆円でGDP押し上げ効果は+0.12%」、2023年10月20日)。

減税実施の財源は新規国債発行で賄われる可能性が高く、その場合、経済効果が限定的である一方、現役及び将来世代に相応の負担となることから、費用対効果は低い政策となるのではないか。

期限付き所得減税の実施に大義はあるか

そもそも4-6月期の需給ギャップがプラスであり、消費者物価(除く生鮮食品)が最新の9月分で前年同月比+2.8%と高水準を続ける中で、減税策が必要であるとは思えない。そうした環境のもとで本来必要な経済政策は、財政・金融政策ともに引き締め方向となるのが定石だ。

デフレ脱却を確実なものとするために時限的所得減税を実施するというのもよく分からない説明だ。さらに、歳入額が歳出額を大きく下回る環境の下で、当初見積もりを上回る税収増加分を、減税を通じて国民に還元するとの説明も説得力を欠く。また、物価高対策として実施するのであれば、ガソリン、電気代・ガス代の補助金延長と重なる施策となってしまう。

所得減税は、選挙を視野に入れた国民受けを狙った政策のように見えるが、少なくとも経済的観点からは、この所得減税の大義、正当性を説明することは難しいように思われる(コラム「一段と高まる減税・給付金の議論:4つの選択肢の経済効果試算」、2023年10月10日、「自民党の経済対策提言案:所得減税の明記は見送る」、2023年10月17日、「所信表明演説原案:妥当性を欠く所得減税の議論」、2023年10月18日)。

「定額減税」と「定率減税」の比較

所得減税の具体策については、これから議論されるが、過去の所得減税では1998年に橋本政権が所得税の一定額を差し引く「定額減税」を、1999年の小渕政権が「恒久的減税」として一定割合を引く「定率減税」をそれぞれ実施している。定率減税の場合には、各所得層に対してほぼ等しく恩恵となるのに対して、定額減税の場合には、所得水準の低い層により恩恵が行くことになる。

ただしともに、所得税非課税層には恩恵が行かないため、政府は非課税層への給付を組み合わせることで低所得層にも恩恵が行く設計を考えている。

中所得者層により恩恵が行く「定額減税」の方が良い、との意見が与党内では強い。公明党の高木政調会長も、「党として定額減税がふさわしいという認識を持っている」と述べている。

1998年の定額減税では、所得税から本人は1万8千円、扶養家族は1人あたり9千円を差し引き、総額で2兆円の減税となった。その後2兆円の追加減税措置も講じられた。

一人当たりの定額減税額及び給付金額は7万8,777円との計算も

国税庁の「2022年民間給与実態統計調査」によれば、給与所得者数(1年を通じて勤務)は5,077.6 万人である。そのうち、年間世帯収入が103万円以下であれば、基本的に所得税の非課税対象となることから、それに概ね対応するとみなされる100万円以下の給与所得者数は、全体の7.8%にあたる398.5万人である。

給与所得者のうち所得税納税者には一律の定額減税、非課税対象者には同額の給付金が行われるとし、それぞれの金額の合計は、1998年の定額減税と同様に4兆円になると仮定しよう。その場合、一人当たりの定額減税額及び給付金額は7万8,777円となる計算だ。

定額減税、定率減税及び給付金では、厳密にはそのうち消費に回される消費性向は異なることになるが、いずれも時限的な措置であれば、大きな差にはならないとみられる。所得減税が仮に4兆円規模であれば、1年間での実質GDPの押し上げ効果は+0.10%と推定される。

(参考資料)
「(時時刻刻)「増税」払拭、もがく首相「減税指示」シナリオ、二転三転」、2023年10月21日、朝日新聞

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