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物流担当役員のミッションとは

~内外比較からの示唆~

2023/08/28

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1. 2024年問題に対応した「政府の政策パッケージ」における荷主企業の経営者層に対する行動変容への要請

内閣官房 令和5年6月2日 我が国の物流の革新に関する関係閣僚会議「物流革新に向けた政策パッケージ(案)」によると

「物流負荷の軽減のためには荷主企業や消費者の意識改革・行動変容が不可欠であるが、2024 年問題に対する荷主企業、消費者の認知度はまだ不十分であり、単なる広報活動にとどまらない新たな取組みが必要である。」とされ「経営者層の意識改革により、荷主企業における全社的な物流改善への取組みを促進するため荷主企業の役員クラスに物流管理の責任者を配置することを義務づけるなどの規制的措置等の導入に向けて取り組む。」
とされている。

筆者の経験からも、荷主企業の役員クラスに物流管理の責任者が配置されている企業は少ないという印象がある。このため当該規制的措置は日本の物流管理、ひいてはSCMのあり方に極めて大きなインパクトをもたらすことが期待できる。

一方、いきなり、「来月から物流管理担当の役員を命ず」と言われた方々はどのような反応をされるのであろうか。いささか老婆心ながら、若干の懸念を抱かざるを得ない。おそらく、最も普通の反応は「なぜ私が物流担当役員に命じられたのだろう。一体、役員として何を行えばいいのか」という反応ではないだろうか。
日本と欧米とでは、この物流担当役員への拝命に対しての反応は大きく異なる。驚くべきことに、欧米先進企業では、近年、物流担当役員はCEOへの登竜門となってきているからである。
本コラムでは、そもそも物流担当役員(CLO/CSCO)が求められる背景とミッションを明らかにすることで、こうした認識のギャップを解消することに貢献したいと考えている。そのうえで、なぜ日本企業では物流担当役員の現実感(リアリティ)が乏しいのか、物流担当役員を設置することの戦略的な意義についてコメントしたい。

2. CEOへの登竜門としての物流担当役員(CLO/CSCO)のポジション

SCM先進企業において、CEOがSCM部門の出身者だという事例は少なくない。皆様もご存じだろうが、特に著名な下記の5人は、すぐ例に挙げられる。外国企業だけでなく、日本企業でも丸井グループの元副社長佐藤元彦氏は、丸井グループのCFO兼CIOであったが、丸井グループのSCM(仕入管理)部長出身である。
こうした傾向を考慮すると、物流担当役員を設置している日本企業がもっとあってもおかしくはない気もするが、実際は日本企業と外国企業とでは、物流担当役員の位置づけが大きく異なる。大きな認識のギャップが存在すると言ってもよいだろう。

  • ① 

    ティム・クック氏(アップル)
    Apple Inc. のCEO:CEOに就任する前は、同社の最高執行責任者 (COO) を務め、AppleのSCMを含む世界的な販売とオペレーションを担当

  • ② 

    ブライアン・コーネル 氏(ターゲット)
    TargetのCEO:SCMとオペレーションでキャリアを積む。Safeway、Sam's Club、Michaelsで指導的地位を歴任し、そこで小売業務とサプライチェーンマネジメントの経験を積む

  • ③ 

    Doug McMillon 氏(ウォルマート)
    Walmart Inc.の元CEO:1984 年同社でキャリアをスタート。CEOに就任前世界的な調達とSCMなどの役職を歴任

  • ④ 

    ウルスラ・バーンズ 氏(ゼロックス)
    ゼロックスの前 CEO:インターンとしてキャリアをスタート。エンジニアリングとSCMの役割を経てCEO

  • ⑤ 

    佐藤元彦氏(丸井グループ)
    丸井グループのSCM(仕入管理)部長から、CIO、CFOを担った元丸井グループ副社長

3. 物流担当役員(CLO/CSCO)の社内での位置づけの変化

マクロ的にみた統計的なエビデンスは極めて乏しい。ここでは「SCM統括組織と担当役員のレポートラインの変化」についての約10数年前の調査(出所:ガートナー社)を紹介したい。 
調査は2005年と2010年との比較である。SCM統括組織の設置は、2005年で75%、2010年で86%なので堅調な増加傾向である。興味深いのはSCM担当役員(CLO・CSCO)のレポートラインが直接CEOは2005年には30%でしか無かったのに対し、2010年には68%と急上昇したのである。逆に製造担当役員へのレポートラインは39%(2005年)から8%(2010年)へ激減している。 つまり、SCM担当役員は単なる輸送手配と倉庫業務や物流費用の担当ではなく、製造を含む「供給ネットワーク全体」を統括するポジションへと変貌を遂げたわけである。

4. 物流担当役員(CLO/CSCO)が求められる背景とミッション

では、物流担当役員(CLO/CSCO)が求められる背景とミッションは何なのだろうか。本コラムでは、取引契約に関する責任者、いわば社外との接点としての役割、及び社内での役割と位置づけに分け、近年の物流担当役員(CLO/CSCO)の役割について紹介したい。
まず、社外との接点としての役割がある。冒頭で紹介した、我が国の物流の革新に関する関係閣僚会議「物流革新に向けた政策パッケージ(案)」の背景には、発荷主と受け荷主との間での「輸送契約」があいまいなことが理由となり、輸送を担っているトラック会社が、その場で受け荷主から庫内業務の指示をされるといった状況が発生しているという問題が存在する。
本来、輸送契約には、輸送契約範囲に関わる保険負担も含まれるべきであるため、予定にない庫内業務を受け荷主から指示された場合、その業務における労災保険負担のあいまいさなどの問題が惹起される。受け荷主と輸送会社との間には直接の契約は存在していない。このため、庫内業務の問題は、単にトラックの待ち時間や回転率の低下だけでなく、労災保険負担の有無という大きな問題があることは明確である。
これに対し、国際物流のシーンでは、INCOTERMS(国際商業会議所(ICC)が貿易取引における費用負担・範囲などの取引条件を定めた国際規則)に代表される「輸送契約」の標準規約が定められている。規則には多様な輸送契約のパターンが示されていて、契約時における発荷主と受け荷主の輸送契約の責任範囲は極めて明確である。国内物流においても同様の契約が必要であることに議論の余地はないと筆者は考える。
さらに、近年、高度なSCMを追求するための新しい形態の契約形態、具体的には「業務水準についての契約」が台頭してきている。具体的には、TPS(トヨタプロダクションシステム)やCPFR(協働型計画予測補充)の例が典型である。
詳しい説明は本コラムでは省略するが、予め発注計画、さらに発注計画の例外幅までを発注企業と受注企業、すなわち発荷主と受け荷主との間で共有しておき、例外幅を超えた発注数量に対しては、予め定めた仕入れ価格に加えて別途の負担調整(プレミアム)を行うなど、物流計画の業務水準に対する契約となっている。いわば計画値(μ)の不確実性(リスク:σ/μ)を取引価格に反映させることで、相互に計画の精度向上へ努力し、ひいてはSCM全体の管理水準を高度化していこうという仕組みである。
こうした取引先との輸送契約や物流の業務水準に関する契約形態などの対外的な契約に対応するためには、社内業務についてのSOP(標準業務手続)や社内ルールを設定し、企業全体の業務を調整管理することに責任をもつ組織や人材がどうしても必要となってきた。これらは全て物流担当役員や物流担当組織の役割である。もはや単にバイヤーと営業とが商談を行うのではなく、商品企画、MD計画、物流、品質管理、ITなどの関連部門が一堂に介して行う取引先との長期的な業務プロセス高度化に関する協働活動のリーダーとしての役割果たすことが要請されるのである。
逆に契約を明確にすることで、はじめて物流に関する投資のリターンが約束される。いくら需要予測システムに投資を行い、発注計画の精度を向上させても、その便益が川上のサプライヤーに生じるだけであれば販売会社は発注精度を向上させる動機は乏しいだろうし、メーカーが生産計画スケジューラーに投資をし、機敏な計画修正が可能となり短納期納品ができたとしても、欠品が減り売上が向上する便益は何も投資をしていない販売会社側に大きい、といったいわゆる「機会主義」「フリーライド」が生じるというわけである。これではお互い投資をする動機は生じないわけである。

物流担当役員の社内でのポジションについても、大きな変化がみられる。特に、近年採用が進んでいる経営(予算)管理の業務プロセスである「ローリング型の戦略実行計画(S&OP)」における業務では、物流担当役員(CLO/CSCO)は主役と言ってもよい役割を果たすことが期待されている。
「ローリング型の戦略実行計画(S&OP)」では、中長期(向こう1年半から2年間)の事業計画(金額だけでなく主要商品や部品の調達数量を含む)を、機能別組織横断で整合性を確保しつつ月次でローリングしていく。競合企業の戦略など、経営環境変化に対し常に更新されていくマーケティング戦略の実現のために、物流(SCM)担当役員は、現実的に実現可能なSCMネットワーク計画等の選択肢を複数提案し、議論を事実上リードしていくという、極めて重要な役割を担うことになる。物流担当役員が提示した選択肢は、最終的には全役員間で評価され、組織的なコンセンサスが形成、意思決定されることになる。
この会議で物流(SCM)担当役員は、SCMネットワーク計画の変更の際に、定量的なシミュレーションを行い、実現可能な選択肢を複数構想し、コスト・ベネフィットとリスクの観点からこれらの選択肢を評価する情報を提供する。もちろん、物流(SCM)担当役員の傘下には、機能別組織横断でSOP(標準業務プロセス)を設定・運用・カイゼンし、さらにSCMのネットワーク計画立案とシミュレーション、その評価を行う能力のある物流(SCM)担当組織が設置され、物流(SCM)担当役員を補佐しているわけである。

5. なぜ、日本では物流担当役員の現実感(リアリティ)が乏しいのか

これまで見てきたように、この約20年間で海外の物流部門の役割は大きく進化してきた。これに対し日本企業の物流やSCMを担当する組織の役割には大きな変化は起こっていないようである。20数年前の海外企業と同様に、物流部門のミッションが今期PLの物流関連費用の管理・削減にあるという企業はまだ多いのではないか。これでは形式的に物流担当役員を設置したとしても、役員として全社最適の視点から活躍できる余地は極めて少ないと考えられる。冒頭の「なぜ私が?」という反応はこのことに起因するのではないか。例えば「物流費用が拡大した場合責任を取るべきは物流部門である」という評価制度は正しくない。もちろん、物流部門の在庫管理能力が乏しかったから倉庫費用が増加することが、あり得ないとは言わない。しかしながら、実際に多くみられるケースは“新商品の過大な期待とプロモーションが空ぶりをした結果、外部の営業倉庫まで借りる必要が出て、その結果、物流コストが拡大する”といったケースである。果たして、この物流コストの拡大は物流部門の責任で解決が可能だった問題だろうか。
「いや、適切なKPIを設定しそのKPIを目標にすればよいので、部分問題として解決できるはず」という大量生産大量販売を前提とした会計的視点からの典型的な指摘も日本企業ではまだ多いことも事実であろう。しかしながら、「部分の組織評価を会計的側面からのみ行うことは誤りである」とハーバード大学のロバートキャプラン教授は「適合性の喪失」で明確に指摘している。ロバートキャプラン教授はこの後に「バランススコアカード」を発明した。1990年代半ばの話である。
「部分の組織評価を会計的側面からのみ行うことは誤り」となる具体例は多数存在する。例えば、「調達原価削減を追求する調達部門と品質管理部門との対立」のケースである。また、多品種化が拡大し、かつ製品ライフサイクルが短縮化され、需要の不確実性の高い経営環境下では、物流原価や製造原価などの各種の原価削減と売上拡大とを個々の機能別組織での目標として与え、部分問題として解決させることは、全体最適となるどころか、却って組織の全体最適からは離れていくことなどは有名であろう。

6. 物流担当役員のミッション

こう考えてくると、物流担当役員のミッションは、機能別組織横断での業務プロセスの設計・運用・変革の全てに責任を負うことであり、そのための権限を有するべきということになる。つまり、物流担当役員の権限とは、機能別組織横断で全体最適の視点から、業務設計を行い、SOPを通じて、業務知識DBの構築、業務ノウハウの移転能力の形成と管理、業務の変更計画、実行モニタリング、及びそのためのIT機能の設計を担うこととなる。
さらに、物流担当役員(CLO/CSCO)が、デジタル部門と協働しつつDXの推進を行うことは極めて効果的であると考えられる。本来、DXは、AI、IoT、クラウドなどの要素技術の応用だけではなく、全社の業務全体を俯瞰できる立場から、業務変革の計画を立案し、推進することであるからである。物流担当役員(CLO/CSCO)がいないために失速しているDXプロジェクトが多数発生している印象をもつのは筆者だけであろうか。

7. さいごに ~日本のGENBAの優秀さを経営に生かすためには~

物流担当役員(CLO/CSCO)のミッションとは、「経営環境変化へ適応しつつ、調達・生産・配送ネットワークの設計と運用・変革、及び全社の業務設計と運用・カイゼン」に対して責任を持つことである。決して、2024年問題で政府から「物流革新に向けた政策パッケージ」が提示されたからという理由で、単に受動的対応を行うのではなく、是非、能動的に検討し、戦略的ポジションとして物流担当役員(CLO/CSCO)を位置づけ、全社の業務改革、ひいてはDXを加速して欲しい。

欧米のビジネススクールでは、90年代半ば以降、物流は「経営システム」のマネジメントとして研究・教育を行ってきた。実は欧米のビジネススクールがこのアイデアを産み出した契機となったのはトヨタ自動車の北米進出であり、彼らがTPS(トヨタプロダクションシステム)を深く研究したことが大きい。CPFRは、実はTPSをモデルとして作成されたのである。
つまり、世界標準の企業間取引の業務モデル(CPFR)は、日本のGENBAのオペレーションモデルから多くを学んで構築されたのである。このため、「日本企業の物流担当役員(CLO/CSCO)のミッションは海外企業とは異なり、真似は出来ない」という指摘は妥当ではないだろう。
一方、日本には、世界的にみた物流担当役員(CLO/CSCO)のミッションや位置づけの変化を伝えてくれる「学」は乏しく(※)、周りの日本企業を眺めても、優れた事例は極めて少ないだろう。理由は、残念ながら、米国では1万人、欧州では5千人の教授陣が存在するビジネススクールでのOM(オペレーションズマネジメント)領域の研究・教育者が、日本の学には極めて少ないことが大きい。さらに、最近、文理の狭間でさらに縮小傾向にある。本稿を御覧の実務者の方々には、日本の事例ではなく、むしろ海外の常識に学ぶことをお勧めしたい。少なくとも競合企業に一歩先んじることは大きなチャンスとなるだろう。
筆者は「現場のことは現場に任せておけばよい」と考えていらっしゃる経営陣が多いこともよく存じているつもりである。こうした向きには少し辛口のコメントになるが、「現場は所詮部分であり、どんなに頑張って努力しても、その総和は全体最適にはなるとは限らない。企業は生き物のような組織体なので業務の全体を俯瞰できる立場の組織や人材が経営に必要である。それは経営者の果たすべき役割である。」と申し上げたい。 もちろん、これは筆者オリジナルの考え方ではない。品質管理で著名なデミング博士が、かつて日本企業のGENBAのカイゼン活動の素晴らしさを米国に紹介し、米国企業に警鐘を鳴らした書籍「危機からの脱出」(日経BP社)がある。ここでのメインメッセージは、「KPIは全て捨てなさい。システムそのものを良くしなさい」であった。それを体現したのは、かつての日本企業であった。

  • 文系と理系の狭間で、近年縮小傾向にある日本経営工学会、及びJOMSA(日本オペレーションズマネジメント&戦略学会)等の飛躍に筆者は大きな期待をしている。併せて実務家の本コラム読者の学会への参加も期待したい。

以上

NRIでは政策パッケージの概観、物流担当役員の役割、今後の物流/荷主企業に求められる施策についてのウエビナーを9月7日に開催します。当該領域に関わる方々にお聞きいただきたい内容です。
以下リンクからぜひお申込みください。

https://www.nri.com/jp/news/event/lst/2023/scs/logistics_innovation/0807

執筆者情報

  • 藤野 直明

    産業ITイノベーション事業本部

    シニアチーフストラテジスト

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