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日本の物流パンクを救うデータ活用

2023/05/30

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執筆者プロフィール

システムコンサルティング事業本部 相澤 晶子:
2001年野村総合研究所に入社。
流通小売業のシステムエンジニアを経て、2010年より石油・化学・医療機器製造業・物流業界等に対して、事業創造・業務改革、IT戦略、ITガバナンスなどのコンサルティング業務に従事。
NRI認定ビジネスアナリスト。

日本の物流がパンクする!?

近年、電子商取引(EC)の増加により、多品種・小ロット・多頻度輸送の需要が高まっています。しかし、少ない量を今すぐ配送してほしいというニーズは、トラックの積載率の低下を招くことになります。実際、2020年の営業用トラックの平均積載率は40%を下回っており、単純計算で6割は空気を運んでいることになります(※1)
一方で、ドライバー不足が深刻な問題となっており、2024年4月よりドライバーの時間外労働時間の上限規制が開始されることで、さらなるドライバー不足が予想されます。これが「物流の2024年問題」です。野村総合研究所では、2030年には供給不足により全国の約35%の荷物が運べなくなると試算しています(※2)
労働時間の規制強化の背景として、ドライバーの長時間労働の問題が挙げられます。トラックドライバーは他産業に比べて残業が多い傾向にあります。勤務時間を長くしている要因の一つは、運転以外の付帯作業です。配送先の倉庫や店舗に到着しても他のトラックが駐車していてスペースがなく、荷卸しまでに待たされてしまったり、荷物を降ろして保管場所に入れるといった作業を、顧客の依頼で行わざるを得なかったりするためです。これらの実態が長時間勤務を助長しているのです。

「物流の2024年問題」を目前に控え、さまざまな対策が進められていますが、現在の状況が改善されなければ、6割空気を運びながら(無駄)、残業で仕事をこなす(無理)という矛盾を抱えたまま、ドライバー不足で荷物が届かないという事態になってしまいます。

共同配送のススメ

この6割の空気の無駄を解消するための対策の一つとして注目されているのが共同配送です。共同配送は、配送区間が類似した複数の荷主企業の荷物をまとめて運ぶ手法で、物流業界の効率化に大きく貢献しています。
共同配送が増えることで、トラックの積載率が向上し、限られた数のドライバーでも効率的に荷物を運ぶことが可能になります。特に、ドライバー不足が深刻化している現在の日本の物流業界では、共同配送が大きな効果を発揮すると期待されています。
共同配送を実現するには、複数の荷主企業や物流業者が連携し、効率的なルート設計や荷物の仕分けを行う必要があります。そのためには、物流に関するデータの収集や分析が重要となります。例えば、荷物の重量やサイズ、目的地などの情報を共有し、最適な配送ルートを算出することにより、運行距離の短縮や車両数の削減が可能になります。
また、共同配送では、荷物の追跡や管理も重要になります。荷物の受け渡しや運送状況のデータをリアルタイムで共有することで、配送の進捗管理やトラブル対応がスムーズに行えるようになります。
このように、共同配送を成功させるためには、物流業界全体でのデータ活用や情報共有の促進が求められます。次の章では、データ活用の重要性や実現に向けた課題について解説していきます。

解決のカギとなるデータ

共同配送に必要なデータとは、具体的には、計画を立てるための需要と供給の情報、そして実際の運行状況や実績データです。これらのデータを効果的に活用することで、物流効率を大幅に向上させることができるのです。
まず、計画データとしては、配送依頼(需要)とトラックの空き状況(供給)をもとにした情報が必要です。これらのデータをもとに、いつ何をどれだけどこに運ぶ予定なのか、どれとどれを混載して効率化できるのかを計画することができます。最近では、EDIやWeb登録により配送依頼がデータ化され、配送計画システムの活用などによりデジタル化が進んでいます。
次に、実行・実績データとしては、現在運搬中の荷物やトラックの運行情報・積載情報などが必要です。これにより、緊急の追加配送依頼に対応したり、事故や遅延などのイレギュラー時に別の空いているトラックにバトンタッチするといった対応が可能となります。また、実績データをもとに「毎週月曜日にはXXエリアに配送があるため、この荷物とあの荷物を混載できそう」というように、次の共同配送の計画や予測を立てられるようになります。
計画データのデジタル化は進んでいますが、実行・実績データの取得にはまだ課題があります。これは、運行中のトラックの位置情報や荷物の状況をリアルタイムで把握し、データとして集約することが難しいためです。

図表1:共同配送・物流効率化に必要なデータイメージ

なぜ実行データ取得が難しいのか

実行データ取得が難しい理由は、主に以下の3つの要因によるものです。

1)バラバラのデータ項目と形式

1つ目は、バラバラのデータ項目と形式です。IoTの進化やスマホの普及により、トラックにデバイスを装着したり、ドライバーにスマホアプリを利用してもらい、位置情報などの実行・実績データを取得することで、荷主に荷物の配送状況を通知したり、イレギュラーな事態に対応するソリューションが数多く登場しています。しかし、各ソリューションや自社開発したシステムで取得できるデータの項目やデータ形式はバラバラで、統一されていないのが現状です。大手の物流会社であれば自社に合ったシステムを自前で作るケースもありますが、実現できる企業は限られていると思われます。

2)多重下請け構造

2つ目は、多重下請け構造です。トラック業界では、荷主が物流会社に配送を依頼すると、元請けの物流会社が1次請けに依頼し、1次請けが自社のトラックで対応しきれないところは2次請けに依頼するという多重下請け構造が一般的です。このため、日によって、または区間によって配送事業者やトラックドライバーの所属会社が異なります。また、実行・実績データを取っている事業者と取っていない事業者が存在するため、すべてのデータが揃うわけではありません。たとえすべての関係事業者がデータを取得していたとしても、利用システムやソリューションが異なり、データ形式が統一されていないため、元請けは各トラックからの情報を集約し活用することができません。

3)投資余力の問題

3つ目は、投資余力の問題です。物流業界は利益率が低いため、データ取得に必要な投資が困難です。大手はともかく、地場のトラック会社は自社のすべてのトラックやドライバーにシステムを導入するための余力がないのが現実です。また、データ取得のためにデバイスを設置したり、データを入力するためにスマホアプリを操作するといったドライバーの負荷も大きく、そこまでしてデータを収集する意義が現場には伝わりにくいという課題があります。
物流は基本的にモノを運ぶ仕事であるため、データが無くても運べてしまいます。これまでは現場のドライバーや作業員の勘、経験、努力によって、ムリムラムダがあってもなんとか対処できてきたため、デジタル化やデータ活用の効果を感じにくかったのです。

北米はELD義務化が契機に

北米では、2018年に連邦自動車運輸安全局(FMCSA)がトラックドライバーの安全向上を目的として、ELD(電子運行記録装置)の設置が要求されました。この制度により、走行距離、速度、位置情報などの運行データに加えて、出荷書類番号やドライバーの勤務状況(運転中/運転外の作業/休憩)も取得が義務付けられました。また、この法令では取得するデータの項目や形式まで定義されており、FMCSAが認定したELD事業者(義務化対象データを取得するデバイスや管理サービスを提供する企業)はすべてのデータを同じ形式で取得しなければなりません。(※図表2)

図表2:北米で義務化されているELD取得項目

出所) 米国のELD取得要件(FMCSA)をもとに作成
https://eld-federal-requirements.readthedocs.io/en/master/4-functional_requirements.html#eld-inputs

この結果、各トラック事業者が利用するELDシステムが異なっていても、取得されるデータは同じ形式となり、企業横断での活用がしやすくなりました。例えば、大手物流企業(元請け)が下請企業から実行データを提供してもらうことで、複数の荷主の荷物を共同配送する計画が立てやすくなっています。
さらに、ELD義務化を契機に、取得できたデータを活用した新たなサービスが生まれ、市場が活性化しました。例えば、船や飛行機などトラック以外の輸送手段における実績情報を集約し、荷物のトレース情報を荷主に提供するEnd2Endのサービスや、荷主企業と中小零細の配送企業とのダイレクトマッチング、実績データの安全運転状況から保険料を割り引くテレマ保険などが挙げられます。
もちろん、北米でのELD義務化には、トラック業界からの反発もありました。多くのトラック業者は小規模で、法規制によるデバイス投資で薄利な事業が更に圧迫されるとの懸念がありました。しかし、小規模な配送企業でも荷主から直接配送依頼を受けることができるようになったり、空き時間を利用して追加の仕事を受けることができるようになったりするという効果も現れました。
アメリカの国土は広大であり、ドライバーの労務時間管理や荷物の輸送状況の把握が難しいため、日本以上にELD義務化が必要だったと言えます。

法規制がデジタル変革を起こす?

日本では、運行記録計による記録や乗務等の記録は法令で定められていますが、データ取得に関するルールが緩やかです。具体的には、データ形式の統一やデジタル化が義務付けられていないため、データ取得状況は配送事業者ごとに異なっています。
例えば、「貨物自動車運送業 輸送安全規則 第九条:運行記録計による記録」では、法定3要素(時間・距離・速度)のデータ取得義務がありますが、データ形式などの指定はありません。同様に、「貨物自動車運送業 輸送安全規則 第八条:乗務等の記録」でも、運転日報によってドライバーの荷役や荷待ちの実績報告が義務付けてられていますが、デジタルデータ化は必須ではありません。現状では、ドライバーが紙の乗務記録表を持ち歩き、到着拠点の担当者に手書きでサインをもらう運用が一般的です。運転時間や、積卸し、取卸し作業などの付帯作業をしたという証拠は紙としては残るものの、これをもとに荷主に残業や付帯作業に対しての追加費用を請求する場合、すべての紙から各作業の時間を集計する必要があり、非常に手間がかかります。
このような状況を改善するためには、法規制の見直しやデータ取得ルールの強化といった政策が検討されるべきです。

おわりに

実はこの問題にいち早く着目し、解決しようとしている企業・団体があります。それは、一般社団法人運輸デジタルビジネス協議会(TDBC)における運輸業界の標準化、効率化、デジタルトランスフォーメーション(DX)を目指すワーキンググループ活動から生まれたtraevo社です。
現在、traevo社では、HUBとAPIを提供することによって、トラックから取得されたデータを集約し、荷主企業や元請け物流企業に運行ステータスや車両位置情報などを提供するとともに、連絡・報告業務を効率化するサービスを提供しています。
今後、全てのトラックから必要なデータ項目が取得され、集約されることで、共同配送の計画や配送先での待ち時間の削減、CO2排出量の可視化と削減など、企業を跨いだ物流の効率化が期待できます。日本のすべての商用トラックから同じ形式で実行データが取得できるようになれば、空転をなくし、より少ないドライバーでの運送が可能になります。これによって物流課題の解決が一層進むことが期待されます。これらの規制が市場の活性化に貢献できる可能性もあります。このような物流データの取得・活用は物流DXの起爆剤となりうるでしょう。
もちろん、データ取得・活用だけで物流課題が解決されるわけではありません。日本の物流がパンクするという物流危機を回避するためには、物流に関わるすべてのステークホルダーが、問題意識を共有し、取り組む必要があります。経済産業省、国土交通省、農林水産省主催の「持続可能な物流の実現に向けた検討会」(※3)で、荷主に対する提言も行われていますが、物流の恩恵を受けている我々消費者も、この問題に意識を向ける必要があります。再配達無料のサービスは日本特有ですが、再配達の多発によって無駄なCO2を排出していること、宅配会社のドライバーの勤務時間を増やし、コストを押し上げていることを認識すべきでしょう。
NRIは荷主企業や物流企業の皆さまと協力し、政策や規制の検討、ステークホルダー間の連携など、多面的なアプローチによって日本の物流を改善し、物流問題の解決に貢献していきたいと考えています。物流改革・改善施策の検討やデータの取得・活用などにお困りの際はぜひご相談ください。

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