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自民党総裁選告示:新政権には日本経済の潜在力向上に資する経済政策の推進を

2024/09/12

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短期的な経済政策では円安修正が重要

9月12日に自民党総裁選が告示された。石破茂元幹事長、茂木敏充幹事長、高市早苗経済安全保障担当相、河野太郎デジタル相、上川陽子外相、加藤勝信元官房長官、小泉進次郎元環境相、小林鷹之前経済安全保障担当相、林芳正官房長官の9人が立候補を届け出た。立候補者は2008年と2012年の5人を超え、現在の制度になって以降最多となった。

総裁選では経済政策が大きな争点の一つになる。現状では候補者の経済政策案は、総じて総花的な印象が否めない。また、選挙を意識して短期的な利益に焦点をあてた議論も少なくない。

新政権の経済政策を議論するうえでは、まず現状把握が欠かせないだろう。岸田政権の3年間は、歴史的な円安が進むもとで歴史的な物価高が進んだ。企業収益の増加と株高も進んだ。他方、今年の春闘では高い賃上げが実現された。

新型コロナウイルスの感染リスク低下と水際対策の緩和を受けて、昨年年初にかけてはインバウンド需要が急増し、日本経済を支えた。その原動力となったのは円安だ。

しかし一方で、この円安進行は物価高を後押しし、国内の個人消費を低迷させた。インバウンド需要の景気押し上げ効果が剥落するなか、実質個人消費は今年4-6月期まで1年間減少するという異例の弱さを見せた。

現在、実質賃金が前年比で上昇に転じつつあるなか、個人消費にはやや持ち直しの動きがみられる。しかし、今まで実質賃金の水準と労働分配率が大きく低下したことから、実質賃金のプラス転換だけでは、個人消費の本格回復には十分ではないだろう。

2021年以降、世界的に物価が高騰するなか、欧米を中心に多くの中央銀行が大幅な金融引き締めを行う中、高すぎる2%の物価目標達成にこだわる日本銀行は、異例の金融緩和を維持した。こうした特殊な政策姿勢が生じさせるひずみが、急速な円安という形で一部表面化し、それは個人の中長期の物価高懸念を高めて、個人消費に打撃を与えている。

こうした点から、日本銀行が金融政策の正常化をさらに進め、円安修正を促すことが、日本経済の安定回復にとって重要な政策となる。また、円安阻止・修正のために、政府と日本銀行との連携も必要だ。

多くの候補者は、日本銀行の金融政策の正常化とそれを通じた円安修正を望んでいる。これは正しい判断だろう。他方、唯一高市氏は、日本銀行の利上げに否定的な発言をしている(コラム「高市氏が自民党総裁選に立候補を表明:戦略的な財政出動を掲げ、日銀利上げに慎重な姿勢」、2024年9月9日)。

また、賃上げ継続を経済政策案に掲げる候補者は少なくない。賃金上昇率の上振れは、物価上昇への遅れをとり戻す正常化の一環と言える。高い賃上げを経済政策の柱に据え、それを進めていけば、いずれは実質賃金と労働分配率の過度の上昇が企業収益を損ね、経済環境を悪化させてしまうだろう。

この点から、中長期の観点からの経済政策の柱に賃上げを据えるのは、適切ではないだろう。賃上げはパイを切り分ける比率、いわゆる分配を変化させるだけであり、経済(パイ)全体を拡大させるものではない。

名目値に惑わされるな

足元では、30年超ぶりとなる経済指標が目立っている。例を挙げれば以下のようなものだ。

「34年ぶりの株価(日経平均)水準(2024年)」
「41年ぶりの消費者物価上昇率(2023年)」
「33年ぶりの春闘賃上げ率(2024年)」
「33年ぶりの地価(公示地価)上昇率(2024年)」
「34年ぶりの円安(ドル円レート)(2024年)」

しかしこれらはいずれも名目値である点に注意が必要だ。実質GDP成長率、労働生産性上昇率、実質賃金などの実質値に注目すれば、経済は決して良くなっていない。名目値の水準を高めたのが、海外での食料・エネルギーや円安による物価高とその2次的な影響だ。物価高と円安は相乗効果を持ち、いずれも企業収益の拡大と株高を促してきた。

しかし、既に見たように、物価高こそが個人消費を低迷させてきたのである。30年超ぶりとなる各種経済指標は、いわば「水ぶくれ」の結果であり、実質的な経済が良くなってはいない。名目値の高さに満足してしまって、実質的な経済を改善させる取り組みへの機運が後退してはならないだろう。この点は、今回の総裁選での論戦のポイントの一つとなるではないか。決して気を抜くことなく、政府は労働生産性など経済の潜在力を高める努力を進める必要がある。

アベノミクスの総括が必要に

一般に、新たな政策を検討する際には、過去の政策の功罪をしっかりと検証することが必要だ。しかし長きにわたって大きな影響力を持ってきたアベノミクスについては、岸田政権、菅前政権共にその評価を避けてきたように見える。今回の総裁選では、アベノミクスの総括を是非行って欲しい(コラム「自民党総裁選ではアベノミクスの功罪の評価を」、2024年8月30日)。

ただし、アベノミクスの最大の継承者と考えられる高市氏が、その政策案でアベノミクスに直接言及しなかったことで、親アベノミクスと反アベノミクスは、今回の総裁選では大きな対立軸にまではならない可能性が高まっている。

アベノミクスとは、第2次安倍晋三内閣が打ち出した経済政策であり、デフレからの脱却を目的として大胆な金融政策(第1の矢)、機動的に財政政策(第2の矢)、民間の投資を喚起させる成長戦略の実施(第3の矢)からなる。このうち第3の矢は重要な政策であることは疑いがない。

他方、本来は第3の矢を側面から支える裏方の役割であるはずの第1の矢、第2の矢が、むしろ前面に出てしまい、しかも長期間実施されたことがアベノミクスの大きな問題点だったと思う。主客が逆転してしまったのである。

行き過ぎた金融緩和の一つの弊害は、急速な円安という形で表面化している。日本銀行は今年3月から金融政策の正常化に着手しているが、この政策については、既に見たように高市氏以外の候補は支持しているとみられる。

また、金融政策の正常化の過程では、政府は日本銀行の金融政策の独立性を尊重することが重要であるが、その点を強調しているのは、小林氏と小泉氏だ。

財政健全化の重要性

日本銀行が金融政策の正常化に踏み出す中、財政政策の正常化の動きは明確でない。財政環境悪化、政府債務の増加は、将来世代の負担の増加をもたらし、企業の先行きの成長期待を下げてしまうという弊害を生むだろう。

財政再建を短期的に実現することは難しいが、まずそうした方向性を確認し、自民党内で共有することが重要だろう。また財政再建が後戻りしないような制度、法律などの仕組みを作ることも検討されるべきだろう。さらに、経済の成長力を高めるように政府支出の中身を吟味する「ワイズスペンディング(賢い支出)」の考え方は、成長力向上にも資するものであり、それは税収増加を通じて財政健全化にも貢献することが期待されるところだ。

候補者の中で財政健全化の方針を打ち出しているのは、石破氏と河野氏だ。他方で高市氏は増税を強く否定する一方、政府支出拡大を志向する傾向がある。この点ではアベノミクスの継承者と言えるだろう。また、茂木氏も防衛増税や少子化対策の財源確保のための公的医療保険料の上乗せに反対しており、財政拡張色が強い。保守派の小林氏は、「経済なくして財政なし」として、財政健全化推進に慎重な姿勢を見せている。旧岸田派の林氏も同様な姿勢を見せている。安倍政権以降、各政権で重用されてきた加藤氏も、積極財政の傾向を感じさせる。

成長率が高まれば税収も増えて財政環境が改善されることは確かであるが、過去にそのような議論が続けられる中、財政環境は一方的に悪化を続けてきたという事実を重く受け止める必要がある。財政再建は、歳出抑制、増収、成長力強化の3点をバランスよく進めることで実現を図るべきだ。

財政健全化を巡る論戦は、親アベノミクス派と反アベノミクス派の唯一の対立点として総裁選の中で浮かび上がってくる可能性があるだろう。政府債務の増大を許すことは、将来への負担の転嫁であり、問題を先送りすることに他ならない。それは将来世代に対して責任のある姿勢とは言えないのではないか。

今回の総裁選では、財政健全化がもたらす短期と中長期の経済への影響について、議論が深められることを期待したい。

成長戦略の継続を

岸田政権の経済政策は、賃上げと所得再分配を重視するという左派色が強い形で3年前にスタートした。しかし途中からは、成長重視の姿勢を強めていったのである。この点は評価したい。以下は、岸田政権の下で進められた主な成長戦略だ。

  1. 「資産運用立国実現プラン」を通じ「貯蓄から投資へ」の流れを加速
  2. 「三位一体の労働市場改革」で、労働生産性向上と産業構造の高度化を実現
  3. 「少子化対策」の更なる推進で企業の中長期の成長期待を高める
  4. 「外国人材確保(外国人実習制度改革と特定技能制度拡充)」を進め、労働供給と需要創出を促す
  5. 「インバウンド戦略」でインバウンド需要を地方に呼び込み、地域経済活性化を図る
  6. 「東京一極集中是正」を推進し、地方に余ったインフラなどの資源を有効活用し、国全体の生産性を向上させる。インバウンド需要の誘導を入り口に地域経済を活性化させ、都市部の人、企業を地方部に呼び込む

いずれの成長戦略もまだ道半ばであるが、これらをさらに進めていくことで、労働生産性上昇など経済の潜在力向上に資することが期待される。

総裁選では、岸田政権が進めたこれら成長戦略についての言及が多くないのが残念だ。林氏は岸田路線の継続を謳っている。また、小泉氏も「貯蓄から投資へ」などの岸田政権の経済政策を引き継ぐとしている。また小泉氏と河野氏は、労働市場改革を進める考えを明らかにしている。

しかし、より実効性の高い少子化対策の次のステップ、外国人材活用、インバウンド戦略、東京一極集中是正などについて、今のところはあまり活発な論戦は聞かれていない。重要な課題である地方経済活性化についても、石破氏以外はあまり強調していない印象だ。新政権には、成長戦略最優先の姿勢で臨んで欲しい。

踏み込みが足らない規制改革

最後に、規制改革については、河野氏と小泉氏が、解雇規制緩和を伴う労働市場の流動化を主張している(コラム「自民党総裁選:『小石河』有力3候補の経済政策」、2024年9月9日)。ただし、解雇規制は必ずしも最優先課題ではないように思われる。岸田首相が推進してきた労働市場改革は、リスキリングなどを通じて技能を高めた労働者が他の産業・企業に転職することでその能力をより生かし、成長分野を拡大させる産業構造の高度化につなげることを目指すものだ。

企業が解雇を容易にすることではなく、高い技能を身に着けた労働者が自ら転職することでより高い給与を得ていくような形での労働市場の流動化を、まず優先すべきではないか。それには、リスキリングの支援、ジョブ型制度の拡大などを政府が推進して行くことが重要だ。

日本の解雇規制は他国と比べて、必ずしも厳しいとは言えないとされる。過去の判例が積み重ねられ、また社会的通念が形成されるなかで、事実上解雇が難しくなってきたものと考えられる。その場合には、単に法律を変えても実態は変わらず、労働市場の流動化は進まない可能性もあるのではないか。

小泉氏は、規制改革を進めた小泉元首相を父に持つことから、積極的な規制改革を掲げることが期待されていた。しかし同氏が示した規制改革は、解雇規制の緩和やライドシェア全面解禁などに限られる。岩盤と言われた医療分野での更なる規制改革を目指す、などといった非常に意欲的なものではないように思われる。

岸田政権は、小泉政権が進めた規制改革は、格差を拡大させたとして当初は否定的だった。そうした課題も含め、総裁選では規制改革の議論についても、もっと議論を深めていって欲しい。

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