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米国の顧客利益保護規則をめぐる新たな展開

2024/02/22

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顧客保護規則違反に問われたTIAA

米国の証券取引委員会(SEC)は2024年2月16日、米国教職員保険年金連合会・大学退職株式投資基金(TIAA-CREF)の証券子会社 TIAA-CREF Individual & Institutional Services (以下、TC社)が、証券会社やその所属証券外務員等の関係者が個人顧客(retail customers)に対する投資推奨を行う場合、自らの経済的またはその他の利益を顧客の利益に優先させることなく、顧客の「最善の利益(best interest)」に適った行動を取ることを求める顧客利益保護規則(Regulation Best Interest 以下、RBI)に違反し(注1)、125万ドルの民事制裁金の支払いや93万ドル以上の違法利益の没収に応じることで、SECと和解したことを発表した(注2)。

TIAA-CREFと言えば、日本では大学等の教職員年金を運用する米国で最大級の機関投資家というイメージが強いだろう。しかし実際は、確定給付型の年金資産を運用するだけでなく、確定拠出型の投資優遇税制である個人退職勘定(IRA)の対象となるミューチュアル・ファンド(投資信託)の運用と販売や他社の運用するミューチュアル・ファンドの販売も行う巨大金融サービス業者なのである。2014年には、投資運用会社ヌビーン・インベストメンツ(以下、ヌビーン)を62.5億ドルで買収し、ミューチュアル・ファンドの運用会社としても全米20位以内の規模となっている。なお、2016年には大学株式投資基金(CREF)の運営にあたる理事会が新たに設けられたため、TIAA-CREFは正式名称をTIAAに改めた。

そのTIAAがRBI違反に問われたわけだが、どのような行為が問題となったのだろうか。

TIAAが行ったこと

TC社がIRAを通じて投資を行う個人顧客向けに提供しているサービスとしてTIAA IRAがある。TIAA IRAには「コア・メニュー」が設けられている。「コア・メニュー」にはTC社が選定したTIAAが運用するミューチュアル・ファンドや傘下にあるヌビーンが運用するミューチュアル・ファンド(以下、両者を合わせて「関連会社ファンド」という)のほか、TIAAが運用する退職者向けアニュイティ(一時払い年金)が含まれる。TC社の顧客が「コア・メニュー」内の金融商品に投資する場合、資産配分に関する第三者のアドバイスを受けたり自動定額積立てを行ったりすることが可能である。「コア・メニュー」内の関連会社ファンドは、顧客の負担する信託報酬等の手数料が高めに設定されているが、最低投資単位が低く少額での投資が可能となっている。

TIAA IRAには、「コア・メニュー」以外に「ブローカレッジ・ウィンドウ」と呼ばれる証券売買仲介サービスもある。これは一般の証券会社が提供するブローカレッジ・サービスと同様のもので、関連会社ファンドに加えて、TIAAとは無関係の投資運用会社が運用するミューチュアル・ファンドやETF、株式、債券などへの投資が可能である。

TC社の顧客が投資できる関連会社ファンドの中には、「コア・メニュー」と「ブローカレッジ・ウィンドウ」のどちらでも投資可能な商品があり、「ブローカレッジ・ウィンドウ」を通じて投資するファンドは、信託報酬等の手数料が低めに設定されている、いわゆる「機関投資家向け」ファンドであった(注3)。機関投資家向けファンドは、顧客の費用負担は小さいが、最低投資単位が大きい。「ブローカレッジ・ウィンドウ」を通じた関連会社ファンドへの投資には、TIAAが運用するファンドの場合200万ドル、ヌビーンの運用するファンドの場合100万ドルといった最低投資単位が設定されていた。「ブローカレッジ・ウィンドウ」を通じた関連会社ファンドへの投資は大口の投資に限定され、その代わりに顧客の費用負担が抑えられる仕組みとなっていたのである。

ところが、TC社のクリアリング・ブローカー(注4)と各関連会社ファンドとの合意により、TIAA IRAの「ブローカレッジ・ウィンドウ」を通じて提供される関連会社ファンドの最低投資単位が撤廃されることとなった。この結果、「コア・メニュー」に含まれていた96ファンドのうち80については、「ブローカレッジ・ウィンドウ」で同様の商品をより低率の手数料負担で購入することが可能となったのである。

TC社はこの事実を2020年12月には認識していたが、TIAA IRAの口座開設時の説明書類で、「コア・メニュー」で投資可能な商品と同様の商品を「ブローカレッジ・ウィンドウ」を通じて少額の費用負担で購入できるといった情報を開示しなかった。また、それらの商品の「コア・メニュー」での買付けに伴う利益相反、すなわち顧客が高額の費用を負担する一方でTC社がより大きな利益を得ることになるという事実についても情報開示を行わなかった。結果的にTIAA IRAの顧客の大部分(94%以上)は「ブローカレッジ・ウィンドウ」を活用せず、「コア・メニュー」のみを通じて関連会社ファンドへの投資を行ったのである(注5)。

2021年2月以降、TC社は、利益相反の存在や低率の手数料負担で同様のファンドを購入できるといった事実の開示を行ったが、「ブローカレッジ・ウィンドウ」を通じた関連会社ファンドの購入に関する最低投資単位は2021年11月に改めて設定されるまで、特に設けられていなかった。2022年12月以降は、「ブローカレッジ・ウィンドウ」での関連会社ファンドの提供は行われていない。

RBI違反とされた根拠

SECは、以上のような事実関係に基づいてTC社によるRBI違反があったものと判断したが、その主な理由は次の通りである。

第一に、TC社が「コア・メニュー」で投資可能な商品と同様の商品を「ブローカレッジ・ウィンドウ」を通じて少額の費用負担で購入できるといった情報の開示やそれに伴う利益相反の存在を開示しなかったことは、RBIの求める情報開示義務に違反する。

第二に、TC社やTC社に所属する証券外務員など関係者が「コア・メニュー」で投資可能な商品と同様の商品を「ブローカレッジ・ウィンドウ」を通じて少額の費用負担で購入できるという事実を十分に認識していなかったことは、RBIの求める注意義務に違反する(注6)。

第三に、TC社が証券外務員向けに作成していた社内文書では、顧客に対する投資推奨を行う際に投資に伴うコストを考慮することが求められていたが、実際に顧客に資産配分を提案するために証券外務員が使用していた第三者作成のツールでは、「コア・メニュー」内での資産配分しか行われず、「ブローカレッジ・ウィンドウ」を通じた投資を考慮に入れた提案は可能でなかった。こうした事実は、TC社がRBIの求める遵守義務に違反したことを示している。

過当売買が中心だったRBI違反事例

2019年6月に制定されたRBIは、2020年6月から適用されているが、従来、顧客の適合性(suitability)に反しない投資推奨や勧誘を行うことを求められるのみに止まるとされてきた証券会社に対して、顧客に対する忠実義務や厳格な注意義務等から成るフィデューシャリー・デューティ(受託者責任)を負う投資顧問業者(investment adviser)が求められるものと、ほぼ同等の高い水準の行為規範を課すものと受け止められ、証券会社、とりわけ電話やオンライン会議等を含む顧客と証券外務員との情報のやり取りを通じて営業活動を行う対面型の証券会社の営業現場に大きな変化をもたらした。

2022年6月以降、RBIに違反したとされるいくつもの事案が、SECおよび自主規制機関FINRAによって摘発されている。しかし、それらの多くは、RBI制定以前からSECによる摘発やFINRAによる懲戒処分の対象となってきた過当売買(churning)、すなわち証券外務員が取引手数料(コミッション)稼ぎを狙って顧客に不必要な多数回の売買を行わせて損害を被らせるというケースである。

筆者が以前コラム記事で紹介した、SECによるRBI違反摘発の第1号事案(注7)も最低投資単位がかなり大きく、格付機関による信用格付けも取得していない債券を対面型の営業活動を通じてリスク許容度が高くなく投資可能資産の規模もそれほど大きくない顧客に対して勧誘・推奨した行為が問題となったもので、SECは、当該債券の商品性と顧客の許容するリスク・レベルとの不整合や顧客の投資可能資産に占める当該債券の割合の高さなどを疑問視しており、従来の適合性原則に照らしても問題のある勧誘・推奨が行われていたとされる可能性が否定できない。

TC社の事案の意義

これに対して今回のTC社の事案は、これまでの摘発事案とは大きく性質を異にしている。TC社は、株式の個別銘柄の売買といった機能も提供しているが、主要なサービスは、顧客のリスク許容度やライフ・ステージに応じて、様々なタイプのミューチュアル・ファンドへの分散投資を提案する、いわゆるゴール・ベース・アプローチによるファイナンシャル・プランニングの提供とそれに基づく投資の実行支援である。提供されるミューチュアル・ファンドの多くは販売手数料を課さないタイプの商品で、過当売買のような不当な乗り換え推奨が行われるといったことは想定しにくい。

TC社の事案では、個々の証券外務員による特定の金融商品への投資推奨が問題視されたのではなく、口座開設時の交付書面の記載内容や証券外務員が顧客への説明時に用いるツールの内容など、会社として金融サービスを提供するための仕組みや態勢に問題があったことが、顧客への証券を含む投資戦略の推奨の時点で顧客の最善の利益のために行動することを求めたRBIに違反するものだと捉えられた。

RBIは、個人顧客に対して証券取引または証券を含む投資戦略(口座についての推奨を含む)を推奨するときに適用される規則であり、推奨を伴わずに顧客から受けた注文を執行するような場合には適用されないものとされる。このため、これまでRBIは、典型的には対面で行われる証券外務員による個別の金融商品に関する能動的な投資勧誘や推奨に対する規制としての性格が強いものと捉えられがちであった。

しかし、今回のTC社の事案に照らせば、個々の証券外務員による個別商品の推奨とは無縁のインターネット証券会社等であっても、ウェブサイト等での情報開示の内容や提供する投資戦略モデル、商品スクリーニング機能等の作り方次第では、RBI違反を犯したものと認定される可能性も否定できない。TC社の事案は、RBIが、個人顧客に取引の都度取引手数料(コミッション)を課すような場面での不正行為(過当売買はその一つの典型例)以外にも適用される幅広い射程を持つルールであることを浮き彫りにしたものといえるだろう。

(注1)RBIについては、コラム「米国における顧客利益保護規則の適用」(2022年6月23日)参照
(注2)SEC Press Release, "SEC Charges TIAA Subsidiary for Failing to Act in the Best Interest of Retail Customers", Feb. 16, 2024.
(注3)米国のミューチュアル・ファンドは会社型の投資信託だが、手数料体系の異なる複数の種類株式を発行し、ターゲットとする顧客層や販売チャネルの違いに対応したマーケティングを行うことが一般的である。
(注4)ミューチュアル・ファンドの買付けや売付けを含む顧客の売買注文執行を行う証券会社。TC社のような証券会社は、いわば顧客の窓口としての役割を担うだけで、売買注文の執行はクリアリング・ブローカーに委託している。こうした形態は米国では幅広くみられる。なお、TC社のクリアリング・ブローカーは、TIAAのウェブサイト上で入手可能な口座開設書類によると、最大手のパーシング(バンク・オブ・ニューヨーク・メロンの子会社)である。
(注5)SECが没収することとした93万ドル以上の違法利益は、これらの投資によってTC社が得た収入と「ブローカレッジ・ウィンドウ」を通じて同じ商品を購入していた場合に顧客が支払った費用の差額である。
(注6)SECは、TC社が「ブローカレッジ・ウィンドウ」を通じた関連会社ファンドの最低投資単位が撤廃されていることを認識したのは2020年12月だと認定している。他方、実際にクリアリング・ブローカーと関連会社ファンドとの間で最低投資単位撤廃に係る合意がなされた時期については、「RBIの適用日以前」、すなわち2020年6月30日より前とするだけで、具体的な日付は特定していない。その上で、TC社によるRBI違反は、2020年6月30日から継続していたと判断したのである。
(注7)コラム「米国における顧客利益保護規則の適用」(2022年6月23日)参照

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