フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 トランプ大統領返り咲き後の暗号資産規制

トランプ大統領返り咲き後の暗号資産規制

2024/11/08

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

2024年11月5日に行われた米国の大統領選挙では共和党のドナルド・トランプ候補が勝利し、1893年に2期目の大統領に就任したスティーブン・グロバー・クリーブランド以来となる大統領職への返り咲きを果たすこととなった。トランプ氏の大統領再任は、様々な分野における米国政府の政策に大きな変化をもたらすことが予想されているが、ここではビットコインやイーサリアムなどの暗号資産をめぐる規制への影響を論じることにしたい。

批判されるSECの暗号資産規制

米国では、証券市場の規制・監督機関である証券取引委員会(SEC)が、暗号資産に対してハウイ基準と呼ばれる判例法理を適用し、ICO(initial coin offering)によって組成されたデジタル・トークンや一部のNFT(non-fungible token)などの発行が、連邦証券法の規制に服する証券の一つである「投資契約」の無登録募集にあたると主張する訴訟を相次いで提起してきた。

その結果、多くの暗号資産プロジェクトが頓挫したり、暗号資産を組成した者が多額の民事制裁金の支払いを求められたりするという事態に陥っている。SECは、どのような暗号資産が証券であるかを明確に示す規則やガイドラインを設けているわけではない。このようなSECの規制手法は、予測可能性を低下させ暗号資産ビジネスの展開を不当に妨げる「エンフォースメントによる規制(regulation by enforcement)」だという批判にさらされている(注1)。

SEC内からの異論

SECは、主に業界関係者から投げかけられる批判に対しては、ハウイ基準という確立された判例法理を個々の事案に適用しているに過ぎず、予測可能性を欠き法的安定性を損なうエンフォースメントによる規制だという指摘は当たらないと反論してきた(注2)。しかし、現在の規制手法に対してはSECの内部からも否定的な意見が出されている。

SECの委員会としての決定は、ゲイリー・ゲンスラー委員長以下5名の委員の多数決によることを原則とする。最近の暗号資産規制をめぐるSECの議決では、早くから暗号資産業界に対する理解を示し「クリプトの母(Crypto Mom)」の異名をとるヘスター・ピアース委員と2022年6月に就任したマーク・ウエダ委員の2人が反対に回り、3対2の多数決で決定が行われることが多い。

SECは独立行政委員会であり、大統領に直属する省庁とは性質を異にする行政機関である。SECの委員は、議会上院の承認を得て大統領によって指名されるが、政治的中立性を確保するために4名以上の委員が同じ政党に属していてはならないとされている(1934年証券取引所法4条(a)項)。民主党のジョー・バイデン大統領による指名を受けて就任したゲンスラー現委員長は、民主党所属であり、現在の委員会の構成は、委員長を含む3名の委員が民主党所属、2名の委員が共和党所属というものである。

近年、米国の社会では、党派的な分断が深刻化していると指摘されることが多いが、SECという組織も決してその例外ではない。前述の暗号資産規制をめぐるSECの議決で反対に回ることが多いピアース委員とウエダ委員は、ともに共和党所属であり、所属政党の違いによって議案に対する賛否が分かれる結果となっている。

共和党は暗号資産に好意的?

もっとも、このことから直ちに共和党は暗号資産業界に好意的でSECによる暗号資産規制には消極的であり、民主党は規制に積極的だと決め付けるのは単純に過ぎる。そもそもSECのエンフォースメントによる暗号資産規制につながったハウイ基準の暗号資産への適用という規制手法を始動させたのは、2017年5月に当時のトランプ大統領による指名を受けて就任した共和党のジェイ・クレイトン前委員長である。

同氏は、2020年の大統領選挙で民主党のバイデン候補が当選したことを受けて辞任したが、退任直前の同年12月には、リップル社の暗号資産XRPが無登録の証券だとする訴訟の提起を主導し、リップル社のCEOが「SECは暗号資産業界に対する全面的攻撃を仕掛けた」と当局の姿勢を強く非難するなど、暗号資産業界の激しい反発を招いたのである(注3)。

態度を一変させたトランプ氏

今回の大統領選挙で返り咲くこととなったトランプ氏も、もともとは暗号資産そのものに対して懐疑的な姿勢を示していた。大統領在任中の2019年には「自分はビットコインやその他の暗号通貨のファンではない。貨幣ではないし、価値は非常に変動が激しく、薄い空気のような根拠しかない。規制を受けない暗号資産は、麻薬の密輸やその他の違法な活動などの犯罪を助けるだけだ。」と主張していたほどである(注4)。

ところが、そのトランプ氏が豹変した。ビットコインなどの暗号資産による選挙資金寄附を受け入れ、暗号資産業界に好意的な態度を明確にしたのである。2024年7月の共和党全国大会で採択された選挙公約には、「民主党の違法で非アメリカ的な暗号資産抑圧(crackdown)を終わらせる。」とか「ビットコインのマイニングを行う権利を擁護する」といった文言が盛り込まれた(注5)。この大会で副大統領候補に指名されたJ.D. ヴァンス上院議員は、多額のビットコインを保有する著名な暗号資産支持者として知られている。

ゲンスラー委員長解任?

トランプ氏は、大統領候補への正式指名直後の2024年7月27日、テネシー州ナッシュビルで開催された「ビットコイン2024」カンファレンスで演説し、暗号資産業界に対する民主党の「十字軍」と「弾圧」を終わらせ、「大統領就任初日にゲンスラーSEC委員長を解任する」と高らかに宣言した(注6)。この約束は実現されるのだろうか。

歴代SEC委員長のほとんどは、時の大統領と同じ政党に所属する者から指名されてきた。委員長を含めSEC委員の任期は5年とされており、大統領の交代とは必ずしも連動しないが、クレイトン前委員長が政権交代に伴って辞任したように、政権与党所属でない委員長は任期満了を待たずに自ら職を辞するのが通例である。ゲンスラー氏も、トランプ氏による「解任」を待つことなく、年内に辞任する可能性が大きいだろう。

しかし、ゲンスラー氏の任期は法律上は2026年4月までとされ、その時点で後任者が決まらない場合は更に延長される。仮に同氏がトランプ氏の大統領就任までに辞職しなかった場合、トランプ氏は本当にその就任初日にゲンスラー氏を合法的に解任できるのだろうか。

実は、この問いに対する答えは、それほど明確ではない(注7)。証券取引所法の文言からは直ちに明らかではないが、就任に議会の承認が必要とされるSEC委員には、一定の身分保障が及ぼされ、その解任には例えば心身の故障といった正当な理由(good cause)が必要だという解釈を示した連邦最高裁判所の判例が存在するからである(注8)。

この判例は、法律の明文で正当な理由がある場合にSECの決定によって解任されることとなっていた公開会社会計監督委員会(PCAOB)の委員に及ぼされる身分保障が、SEC委員に対する身分保障と重複していることで、憲法の保障する大統領の行政権を侵害しているという原告の主張を認めたものである。したがって、SEC委員に対する身分保障自体について直接判断した先例だとは言い切れないようにも思われる。

他方、この判決では、大統領が意のままに(at will)SEC委員を解任できるという解釈も少数意見として示されていた。それはスティーブン・ブライヤー裁判官が述べた反対意見である。証券取引所法にSEC委員の身分保障に関する文言がないことや立法時の経緯が論拠とされた。リベラル派を代表する判事として名を馳せたブライヤー裁判官の意見が、リベラル派を嫌う保守派とされるトランプ氏によるSEC委員長解任を正当化することになるとすれば、誠に皮肉なことである。

修正を余儀なくされるSECのエンフォースメント

いずれにせよ、ゲンスラー氏がSECを去り、共和党所属の新委員長が任命されれば、これまで少数派だったピアース、ウエダ両委員の主張が多数派に転じる可能性は高い。個々のエンフォースメント事案の始動にはSECの決定が必要であり、従来のSECによる強硬とも言うべきエンフォースメントによる暗号資産規制は、修正を余儀なくされるだろう。既に提訴された訴訟の進行が停止されることまではないとしても、悪質な詐欺的事案を別にすれば、ハウイ基準を適用した新たな違反摘発には、これまでよりも慎重な姿勢がとられることになるだろう。

暗号資産規制の将来

もっとも、その後の米国における暗号資産規制の姿がどのようなものになるのかは容易に見通せない。暗号資産業界を過度に刺激するような事案の摘発が控えられたとしても、ハウイ基準を暗号資産に適用するという考え方そのものが放棄されるわけではない。SECによる暗号資産業界への介入が全面的に排除されるわけではなく、特定の「発行者」が新たな暗号資産を組成して資金調達を行うようなプロジェクトは、引き続き証券の募集として規制されることとなろう。

これまでもSECは、特定の発行者を観念することができないような分権化されたブロックチェーン上で機能する暗号資産は証券に該当しないという考え方を示してきた(注9)。SECの暗号資産規制への批判者からは、SECが何らかの規則やガイドラインを制定することやSECの所管事項を明確にする立法を行うことなどが提案されてきたが、それらの提案でも十分に分権化しているとは言えないような暗号資産は証券法の規制対象とされることが前提となっていた。

例えば、SEC内の批判者ピアース委員は、2020年以降、ICOに関して、分権化したブロックチェーンの構築を進める期間として3年間の証券登録猶予期間を与えることなどを盛り込んだセーフハーバー規則を制定することを提案していた(注10)。また同委員は、NFTが証券に当たり得るとした事案に関する決定をめぐって、ウエダ委員と共同で発表した声明において、どのような場合にNFTが証券に該当するのかについてガイドラインを示すべきだとの意見を公表している(注11)。

また、2024年5月には、共和党のグレン・トンプソン下院議員が提出した、分権化したブロックチェーン上で機能する暗号資産の現物取引等の規制を商品先物取引委員会(CFTC)の所管とし、既に稼働しているが十分に分権化していないブロックチェーン上で機能する証券とされる暗号資産の規制をSECの所管とするといった内容を盛り込んだ「21世紀のための金融イノベーションとテクノロジー法案」(H.R.4763)が、民主党議員の一部の支持も得て下院を通過した。議会が新たな会期に入ることで、同法案は不成立となったが、今回の選挙で共和党が上院の多数派を奪還しただけに、2025年以降議会で同じような趣旨の法案が成立する可能性は決して低くない。

暗号資産規制をめぐる何らかの立法が行われ、SECの規制権限がある程度明確になったとしても、それだけでは規制の不明確さという問題は解消されない。一定の暗号資産の組成が証券の発行だとすれば、その発行者が開示すべき情報はどのようなものか、そうした暗号資産の取引の場を提供する暗号資産交換業者はどのような規制を受けるのか、そうした暗号資産交換業者がビットコインやイーサリアムなど恐らくは十分に分権化したとされてSECの規制対象から外されるであろう暗号資産の取引も行う場合にはSECとCFTCの二つの機関による規制に服するのか等々、規制のあり方をめぐる疑問は尽きないのである。

(注1)当コラム「イーサ現物ETFの上場と変化を迫られる米国の暗号資産規制」(2024年7月25日)
(注2)SEC "2021 SEC Regulation Outside the United States - Scott Friestad Memorial Keynote Address", Nov. 8, 2021
(注3)当コラム「リップル社を提訴した米国SEC」(2020年12月24日)
(注4)"Donald Trump and Bitcoin: From 'Not a Fan' to Crypto Candidate", Decrypt, Nov 2, 2024
(注5)"2024 GOP PLATFORM MAKE AMERICA GREAT AGAIN!", The American Presidency Project, July 08, 2024
(注6)"Donald Trump vows to sack SEC boss and end ‘persecution’ of crypto industry", Financial Times, July 28 2024
(注7)William F. Johnson, “Can the President Fire the SEC Chair or Other Commissioners?” New York Law Journal, September 4, 2024
(注8)Free Enterprise Fund v. Public Company Accounting Oversight Board, 130 S. Ct. 3138 (2010)
(注9)当コラム「現在のイーサリアムは「有価証券」ではない~米国SECの仮想通貨規制~」(2018年6月28日)
(注10)SEC, "Token Safe Harbor Proposal 2.0", April 13, 2021
(注11)当コラム「米国SECによるNFT販売への証券法の適用」(2023年9月1日)

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

新着コンテンツ