執筆者プロフィール
システムコンサルティング事業本部 産業ITコンサルティング一部
土屋 明義:
主に製造業や物流業向けのサプライチェーンや基幹業務の業務・システム改革をご支援。近年は、デジタル技術やデータを活用した業務改革や、デジタル・IT化構想、PMO、データマネジメントなど、お客様企業のDX化に向けた幅広いコンサルティング業務に従事。
システムコンサルティング事業本部 産業ITコンサルティング一部
浜田 智也:
主に製造業におけるサプライチェーン改革や基幹システム刷新に伴う業務・システム改革プロジェクトに従事。近年は、デジタル技術を活用した業務改革・オペレーション最適化に関するプロジェクトの構想フェーズから実行フェーズまでをご支援。
物流優位時代の到来
現在、物流業界はドライバー不足や労働時間規制によりリソースが不足し、物流の停滞が懸念される「2024年問題」に直面しています。政府もこの問題に対処するため、荷主企業(製造メーカーや流通卸)、物流企業、一般消費者の協力を促す「物流政策パッケージ」を発表したり、物流企業に負担や不利益が生じてないかを調査・監視するトラックGメンを発足させるなどの施策を実施しています。
この問題から直接影響を受ける物流企業は、共同配送やルート最適化、委託先との連携強化などに取組んでおり、輸配送の効率化に力を入れています。しかし、荷主企業にとっては、ビジネス全体からみると物流はプロセスの一部に過ぎず、物流を外部企業や物流子会社に委託している企業も多いため、製造や販売業務に比べ、物流問題の深刻さを甘く見積もる傾向にあります。
この問題を物流の需給関係の長期トレンドとしてとらえると、これまでの物流の供給量が需要量を上回る「製造・販売優位」の時代から、物流の需要量が供給量を上回る「物流優位」の時代への大きな転換期を迎えていると言えます(図1)。このような時代の転換の影響は、物流だけでなく、調達、製造、販売にも及びます。したがって、各企業がビジネスを維持・成長させるためには、この問題を単に物流部門だけの問題として捉えるのではなく、サプライチェーン全体の問題と捉え、これまでのサプライチェーンに対する考え方を見直し、各部門によるプロセス変革が必要になります。
今回は、製造業や流通業などの荷主企業のサプライチェーン視点からこの問題や影響を整理し、サプライチェーンに関わる各部門によるプロセス改革の進め方について解説します。
図1 物流の需給関係の模式図
(出所)フィジカルインターネット・ロードマップ 報告書
サプライチェーン改革の必要性
これまでの「製造・販売優位」の時代では、荷主企業にとって重要なのは、需要(販売)と供給(製造・調達)の調整を行い、いかに調達・製造コストを抑えて、需要側のニーズ(短リードタイム、多頻度等)に応えて販売することでした。サプライチェーンプロセスを設計する際に、考慮すべきは調達、製造、販売の制約であり、物流の制約まではあまり必要とされていませんでした。
しかし、「物流優位」の時代になると、部材や商品を適切なタイミングで必要な量を運ぶことが難しくなります。つまり、物流に関する制約を考慮した上で、サプライチェーンプロセスを再設計する必要が出てきます。例えば、物流コストの上昇や配送リードタイムの長期化、配送できる頻度の減少などの物流制約の影響を踏まえて、販売価格の設定や、生産の平準化、適正な生産ロットの見直しなど、販売・生産戦略を再検討しなければならないでしょう。各企業はこの問題に対処するため、物流部門だけではなく、調達、製造、販売の各部門の業務や、サプライチェーンプロセス全体を見直すべき時期に来ていると言えます(図2)。
図2 物流問題による「物流への影響」と「サプライチェーンへの影響」
サプライチェーン(販売、製造、調達)への影響と検討課題
【販売部門】
これまでは、顧客のニーズを最大限に満たすよう出荷計画を設定し、急な変更や細かな要望にも柔軟に対応してきました。また、調達や・製造部門で想定外の計画変更が生じても、販売部門が臨機応変に対応することで、顧客への影響を最小限に抑えることが可能でした。
しかし、物流優位の時代では、このような柔軟な対応が難しくなる可能性があります。配送リードタイムや配送頻度の見直しにより物流のサービスレベルが低下する場合、顧客との調整が必要になります。さらに、物流制約により配車確定が前倒しされた場合、製造計画の早期確定が求められます。その結果、販売部門は、以前よりも早いタイミングで需要をより正確に予測し、製造部門に必要な生産量を伝えなくてはならなくなるでしょう。
これからは、調達・製造の制約だけでなく、物流の制約も考慮した調整が必要になります。販売部門としては、物流サービスレベルの低下を前提とした販売・商品戦略や受注・出荷プロセスの見直し、供給条件の緩和に向けた顧客への働きかけなどが必要になると考えられます。具体的には、以下のような課題の検討・解決が求められます。
- 販売・商品戦略の見直し:物流コスト上昇分の商品価格への転嫁、商品別出荷サービスレベルの見直し
- 出荷要求に対する顧客との調整:リードタイムの長期化、配送頻度・出荷ロットサイズ等の見直し
- 販売計画の早期確定:配車確定・受注締切の前倒し、生産部門への要求量の早期確定
【製造部門】
これまで製造部門では、製造コストや在庫を最小化することを重視し、最適なロットサイズや生産順序を決定して生産計画を立ててきました。多くの企業において、物流部門は生産部門が立案した計画に基づき、出荷手配を行ってきました。
しかし物流優位の時代では、従来以上に物流の制約を重視した生産計画の立案が必要になると考えます。
物流の制約が大きくなることで、配送頻度の低減や、積載率の最大化が求められ、結果として出荷まで一時保管しておく在庫量が増え、より大きな保管スペースが必要になります。また、一度に多くの製品の出荷に対応した場合、出荷ロットサイズや頻度が変わるため、生産ロットや生産順序、タイミングの最適化が不可欠になるでしょう。これまでコスト最適化を主眼に置いた製造計画や在庫計画が、物流制約よって、在庫増加に伴うキャッシュフローの悪化や製造コスト上昇につながる可能性があります。
製造部門は、物流の制約(出荷ロットや出荷頻度、積載率など)を考慮に入れた生産・在庫計画の見直しが求められます。具体的には、以下のような課題の検討・解決への取り組みが必要です。
- 生産確定の早期化:配車手配に伴う生産確定の早期化
- 生産計画立案方法の見直し:出荷頻度減少・1回当たりの配送量増加による、生産ロット・生産品目・順序の見直し
- 製品・中間品在庫管理:出荷頻度低下に伴う一時在庫の増加、保管スペース拡大
【調達部門】
多くの企業では、自社の生産計画に合わせてサプライヤーへの納入依頼を行っており、小ロット・短サイクル・多頻度の納入を通じて部品・原料在庫を最小化してきました。
しかし、物流優位の時代では、サプライヤーの納入遅延が増加することが想定され、部品・原料在庫の欠品や過剰在庫の増加、保管スペース不足を招く可能性があります。また、これらのリスクを分散させるために、物流能力を加味した代替サプライヤーの探索・評価プロセスの見直しが必要になるかもしれません。
調達部門としては、サプライヤー側の物流制約を踏まえた調達プロセスの見直しが必要になります。具体的には、以下のような課題の検討・解決が求められます。
- 調達計画立案方法の見直し:調達リードタイム長期化に伴う発注タイミング、頻度、数量の見直し
- 原料・部品在庫管理:納入頻度減少・納入遅延増加に備えた安全在庫水準の見直し、及びそれに伴う保管スペース拡大
- サプライヤー評価観点の見直し:代替サプライヤーの探索・複線化、物流能力も踏まえたサプライヤー評価
これまで述べてきた物流の制約がサプライチェーンに及ぼす影響と検討課題を図3に整理しています。
図3 物流制約のサプライチェーンへの影響と検討課題(例)
サプライチェーン改革の検討の進め方
物流優位の時代では、従来のサービスレベルやコストでサプライチェーンを運営することが難しくなります。
サプライチェーンを構成する調達・供給網は複雑に絡み合っている上、制約や課題は企業ごとに異なるため、物流の制約が及ぼす問題の規模や発生個所はさまざまです。
従って、各企業は、まず、
「ビジネス上、最優先で守らないといけない領域(商品、チャネル、顧客、バリューチェーン等)」と
「物流の制約が及ぼす自社にとっての問題とその発生箇所」
を明らかにした上で、必要な施策とその実行優先順位を検討する必要があります。
<検討の進め方>
①問題と事業環境・物流制約の棚卸し
②定量的・網羅的な影響の把握
③影響度の定量化と施策の策定
①~③の検討は、繰り返し行うことで検討内容の精度が上がります。サプライチェーンに関わる様々な関係者を巻き込み、議論を尽くすことが重要なポイントです。
図4 検討の進め方(例)
物流優位の時代を迎えるにあたっては、物流の制約を踏まえた上で、自社のサプライチェーンに潜む問題を棚卸し、現在および将来想定される問題を見極めが必要です。リスクを定量的に把握することで、企業が最優先で守るべき領域への悪影響を抑えることができます。実施すべき施策は多岐にわたりますが、全てを一度に進めることは現実的ではありません。問題・リスクの重大さや施策の関連性と効果を考慮して、中長期的なロードマップを描くことが重要です。
物流優位時代に向けて
本稿では、現在、物流優位の時代への転換期にあることと、製造業や流通業などの荷主企業によるサプライチェーン改革に焦点を当てました。そして、サプライチェーンの各領域でのビジネスプロセスの見直しとその検討方法についても解説しました。日本が直面している物流の問題は、多くの企業が物流部門や物流企業のみの対応事項と捉えがちです。しかし、企業が今後もビジネスを維持し、成長させていくためには、これを重要な経営課題として、全社的に取り組むことが重要になります。さらに、サプライヤーや顧客をも巻き込みながらサプライチェーン改革を進めることを提案します。
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