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大企業製造業の景況判断は6四半期ぶりに改善ストップ

日本銀行が13日に発表した短観(12月調査)で、最も注目を集める大企業製造業の業況判断DI「最近」は、「+18」と前回の「+18」と同じ水準となった。

今回の短観は、緊急事態宣言解除後の経済の持ち直しを確認する最初の調査であったが、製造業には明確な景気持ち直しは見られなかった。大企業製造業の業況判断DI「最近」は、コロナショック後の2020年9月調査以降は連続して改善を続けてきたが、ここにきて6四半期ぶりに改善傾向に歯止めがかかったのである。これは、景気局面の変化を兆すものと言えるだろう。

業種別にみると、前回調査でDIが大きく落ち込みマイナスとなった自動車には悪化に歯止めがかかった。半導体など部品不足による生産調整の影響が緩和されたためだ。先行きについては改善が見込まれている。

他方で、非鉄金属、鉄鋼、紙・パなど素材産業のDI悪化が目立っている。原材料価格が高騰する中、製品価格に十分に転嫁できず、収益環境が悪化していることを反映していよう。

原材料コスト増と輸出悪化の2つの逆風が収益を悪化させる

9月末の緊急事態宣言の解除を受けて、個人消費はようやく持ち直してきている。消費主導での景気回復に水を差しているのが、2つの逆風、すなわち輸出の減少と原油などエネルギー価格高騰による企業収益の悪化である。

7-9月期に前期比で下落に転じた実質輸出は、10-12月期にはさらに下落ペースを高めている模様だ。7-9月期に明確になった主力先の米国、中国向けの輸出減少から、10-12月期にはEUや他のアジア地域など、輸出減少の地域が広がってきている。

他方、製造業の中でも特に中間段階にある素材型業種は、円安傾向に増幅された原油など輸入物価上昇のコスト増加分を製品価格に転嫁できず、収益が大きく圧迫されている。こうしたマージンの悪化は、今回の短観では、仕入れ価格DIと販売価格DIの上昇幅(大企業でそれぞれ「+6」、「+12」)の差に表れている。

他方、2021年度の全規模全産業の設備投資計画(含む土地投資)は前年比+7.9%と、9月調査の+7.9%から横ばいとなったが、12月調査では上方修正されることが多いという調査結果の癖を踏まえると、実質的には下方修正されたと言えるだろう。これは、上記の輸出環境の悪化、コスト高による収益環境の悪化を背景にしたものだろう。

個人消費の回復ペースは緩やか

他方で、大企業非製造業の業況判断DI「最近」は「+9」と、前回調査の「+3」から改善した。ただし、緊急事態宣言解除による個人消費の持ち直し、という強い追い風を十分に反映しているようには見えない。

宣言解除の影響を最も大きく受ける、対個人サービス、宿泊・飲食サービスは大きく改善した。しかし、その他の業種では大きな改善は見られなかったのである。

これは、以下に見るように、個人消費の持ち直しが比較的緩やかにとどまっていることに加え、製造業と同様に、燃料費、食材費などのコスト増加が収益環境を損ねているためだろう。その影響が特に顕著なのは、DIが低下した運輸・郵便と建設である。前者は燃料費、後者は建設資材費の高騰が響いたのだろう。

8日に内閣府が発表した11月の景気ウォッチャー調査は、企業の先行きの景況感が急速に悪化していることを裏付けるものとなった。ここからは、感染リスク低下に伴う景気持ち直しの勢いは、非常に短命であったことがうかがえるのである(コラム「 オミクロン株で消費者心理は再び悪化か(景気ウォッチャー調査) 」、2021年12月8日)。

特に注目されたのが、先行き判断DIが、前月の57.5から53.4へと大きく低下したことだ。背景にあるのは、物価高と新型コロナウイルスの新たな変異型「オミクロン株」出現の2つの要因である。足もとでは、エネルギー関連や食品の価格上昇の影響で、消費者の節約志向が強まっている、との指摘が小売店などからある一方、変異株の影響で感染が再拡大することへの不安が、衣料品店やタクシー運転手から示されている。

ちなみに、今回の短観調査では、調査時期の関係から、「オミクロン株」の影響はあまり反映されていないと見られる。

「オミクロン株」の今後の影響がどちらに転んでも個人消費には逆風か

「オミクロン株」の出現によって、原油価格は大きく下落し、また物価高の一因となっている円安傾向には歯止めがかかった。これは個人消費にプラスである一方、「オミクロン株」が感染リスクを大きく高め、緊急事態宣言発令のように行動規制が求められるような事態となれば、個人消費は再び調整局面に陥る可能性が高い。

逆に、「オミクロン株」に対する警戒が早期に和らぐ場合には、世界では原油価格の高騰など、商品市況の上昇傾向が再び強まることになるだろう。それは、国内でもガソリン価格、電力料金、食料品などの一段の上昇をもたらす。またそのような局面では円安傾向が再び強まりやすく、それも物価高を後押しするだろう。それらは、個人消費の回復の頭を抑えることになるのである。

そのため、「オミクロン株」の今後の影響がどちらに転んでも、個人消費にはしばらく逆風が続くことになるのではないか。その結果、海外で一時見られたような、リベンジ消費と呼ばれるような強い消費の回復は、日本では起きないだろう。

感染リスクや物価高といった要因に加えて、コロナ問題をきっかけに個人の消費行動が構造変化を起こしたことも、回復ペースを抑えることになるだろう。旅行、外食など感染リスクがあるサービスへの支出を減らすという個人の消費行動が定着し、感染リスクが低下しても、コロナ問題前の水準まではそれらの消費が戻らないと考えられるからだ。

個人消費の本格回復によって、日本経済がコロナ問題前の状態に戻るまでには、まだ時間がかかるだろう。実質GDPの水準でみれば、それは来年後半にまでずれ込むと予想される。

先行き判断DIは大企業製造業、大企業非製造業ともに悪化

先行き判断DIについては、大企業製造業、大企業非製造業ともに悪化している。大企業製造業では、原材料価格上昇の見通しを受けて、素材業種の景況悪化が見込まれている。それに加えて、先行きは加工業種の景況感も悪化している。特に、業務用機械、はん用機械など資本財関連だ。米国、中国向けを中心とする輸出環境の悪化見通しを反映しているのだろう。

他方、大企業非製造業については、宿泊・飲食サービスで引き続き景況感の改善が見込まれる一方、小売を含むその他の業種でDIは悪化した。価格上昇への懸念を反映している面が大きいのではないか。中堅企業、中小企業のDI「先行き」の水準は、それぞれ「0」、「-6」とプラスの領域を外れた。

既に述べたように、今回の短観調査は「オミクロン株」の影響をあまり反映していない。それが十分に反映されていれば、先行き見通しは製造業、非製造業ともにもっと下振れていただろう。

先行きの物価見通しが大きく上方修正

今回の短観調査で一つの注目点となったのは、企業の物価見通しの上方修正だ。全規模全産業で、1年後の物価見通しは+0.4%、3年後は+0.2%、5年後は+0.2%と比較的大きく上方修正された。

これは足もとでの原材料、エネルギー関連価格の高騰を反映したものである。他方で、経済の潜在力の向上を背景にした物価見通しの上方修正とは言えないだろう。つまり、「良い物価上昇」ではなく「悪い物価上昇」の側面が強いと考えられる。

この「悪い物価上昇」観測は、持続的な物価上昇につながるものではないことから、この調査結果を受けて、日本銀行の金融政策の正常化が早まることも考えられない。いずれにせよ、上方修正後の5年後の物価見通しで見ても+1.3%と物価目標の+2%に遠く及ばないことは変わらない。

企業の資金繰りと日銀のコロナオペ延長

日本銀行のコロナオペ延長の判断との関係で注目されたのが、企業の資金繰り判断DIと金融機関貸出態度判断DIである。前者はコロナショックで大きく低下した水準から引き続き緩やかに改善幅を拡大している状況を示し、また後者は緩やかな改善傾向の縮小に今回歯止めがかかった。双方ともに、前回調査までの流れに大きな変化は見られなかった。

この統計から、日本銀行が16・17日の決定会合で、来年3月の期限がくるコロナオペの延長を決める決定的な判断材料は得られなかったと考えられる。ただし、中小企業の資金繰り判断DIが低下した点には多少注目した可能性がある。今回の調査結果いかんに関わらず、日本銀行は次回の決定会合で、枠組みを維持したままコロナオペの延長を決める可能性は高いとみたい(コラム「 日銀のコロナオペは延長へ 」、2021年12月10日)。

既にみたように、企業の物価見通しは引き上げられたものの、今回の短観調査は、日本銀行の金融政策に直接影響を与えるものではない。米連邦準備制度理事会(FRB)は、12月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、11月に開始したテーパリング(資産買い入れペースの段階的縮小)のペースを速めることを決める可能性が高まっている。他方、欧州中央銀行(ECB)は12月の理事会で、コロナ禍への対応として始めた緊急措置のパンデミック緊急資産買い入れプログラム(PEPP)を、来年3月で停止することを決める可能性がある。

この2つの主要中央銀行とは異なり、当面、本格的な政策変更の可能性がほぼ考えられないのが、日本銀行である。物価上昇率がほぼゼロ近傍にある日本では、日本銀行が金融政策の正常化を急いで進める必要性を欠いている、と広く考えられている。また、物価上昇率が2%の物価安定目標を大幅に下回っている状況では、物価目標政策を修正しない限り、金融政策の正常化は正当化されない。

2022年世界経済のリスクシナリオ

金融市場では、FRBは2022年半ば頃から利上げを開始し、その後は2024年末までに合計で1.5%ポイントの極めて緩やかなペースでの利上げが行われると見込まれている。ただし、2022年の春頃に物価の高騰が一巡する一方、中国経済の成長鈍化、物価高の悪影響、コロナ財政拡張策の効果の剥落などから、世界経済、そして米国経済の成長鈍化が顕著となれば、利上げ開始時期はさらに後ずれする可能性もあるだろう。この場合、FRBの利上げは2022年の世界経済、金融市場の強い逆風とはならず、成長率も年後半に持ち直していくことが見込まれる。

しかし、物価の高騰がさらに長引く一方、インフレ懸念の高まりから長期金利が大きく上昇するなど、金融市場が動揺する場合には、FRBは金融市場の安定確保のために、景気を犠牲にしても利上げを前倒しに実施し、さらに急速なペースで利上げを進めていくことを強いられるだろう。それは、世界経済には強い逆風となり、世界は物価高騰と景気悪化とが共存するスタグフレーションの様相を強めていく可能性も出てくる。これは日本経済にも大きな逆風となろう。

これはあくまでもリスクシナリオだが、そうした可能性も念頭に置いておく必要があるのではないか。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。