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政府は2月14日に正副総裁人事を国会に提示する予定だ。それに先立つ10日日本経済新聞が、日本銀行総裁に経済学者で元日銀審議委員の植田和男氏を起用する人事を固めたと報じた。日経新聞は6日に、政府が雨宮現副総裁に総裁を打診と報じたが、同氏が固辞したために植田和男氏を起用する人事になったとしている。他のメディアも同様に報じており、同報道の信ぴょう性は高そうだ。さらに、副総裁には内田現理事、氷見野元金融庁長官を充てるとされる。

同報道を受けて、為替市場ではやや円高が進んだが、決して大きな反応とは言えない。金融市場は植田氏が緩和にやや慎重な姿勢と考えているが、極端にタカ派とは考えていないのである。

植田氏は日本銀行が90年代末にゼロ金利政策を導入していた際に審議員を務めており、その際には長期金利の低下を促すことで政策効果を出す「時間軸効果」政策を主導し、その理論的支柱となった人物である。従って、本来、金融緩和に否定的とは言えない。

しかし、現在の黒田総裁が進める金融緩和とは距離を置く姿勢であり、それと比較すれば慎重派と位置付けられる。植田氏は、審議委員を退任した後も、日本銀行の金融研究所の顧問、コンファレンスの参加などを通じて日本銀行に対して貢献を続けており、日本銀行に極めて近い学者と言える。

総裁候補としては伊藤隆俊教授の名前も出ていたが、同氏の場合には黒田総裁の理論を支えてきた人物であり、同氏が総裁となれば黒田路線が維持されることになるが、植田氏の場合には、伝統的な日本銀行の考え方に近く、黒田路線は修正されていく流れとなるだろう。

日本で学者が総裁に選ばれるのは初めてのことだと思われるが、植田氏は日本銀行との関係が極めて強いことから、実質的には日本銀行から選ばれたようなものだろう。そして、日本銀行がそれを強く推したことが推察される。

植田氏の下で黒田路線は修正され、金融政策の柔軟化、正常化が進むだろうが、金融市場や金融機関への悪影響に配慮して、事務方と一体となって慎重に進められる可能性が高いとみる。

一方、氷見野氏は財務省・金融庁の推薦によるものと推察される。次期総裁候補なのだろう。

岸田政権が黒田総裁とは距離を置く植田氏を総裁にするのであれば、それは黒田政策の修正を意図したものと言えるだろう。さらに、日本銀行との連携を今まで以上に強化していく考えではないか。

植田氏が新総裁になれば、黒田路線は修正され、政策の柔軟化、正常化が緩やかに進むだろう。ただし、植田新総裁が抱える課題はあまりにも多い(コラム「 日銀新体制の課題①:金融政策の柔軟化・正常化が最優先 」、「 日銀新体制の課題②:財政規律低下への対応 」、「 日銀新体制の課題③:共同声明と政府との政策協調の見直し 」、2023年2月10日)。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。