財務長官に金融界出身のベッセント氏を指名
トランプ次期米大統領は11月22日に、財務長官に投資家のスコット・ベッセント氏を指名した。ベッセント氏はキー・スクエア・キャピタル・マネジメントの創業者であり、2011年から2015年まではジョージ・ソロス氏のソロス・ファンド・マネジメントで最高投資責任者(CIO)を務めていた。
同氏は金融業界の中で最も声高にトランプ氏を支持してきた人物の1人だ。大統領選ではトランプ氏の経済政策の指南役も担った。
トランプ氏が掲げる一律追加関税策についてベッセント氏は、当初、物価上昇を高めるとして慎重な姿勢を見せたが、その後は支持する姿勢に転じた。規制緩和や減税を通じた経済成長を重視するサプライサイド重視の考えを持つ。
ウォール街では、トランプ氏が公約している大規模な関税導入が貿易戦争を引き起こす、あるいは国内物価を押し上げるとして懸念する向きも少なくないが、ベッセント氏には、トランプ政権とウォール街の橋渡しも期待されるだろう。
ベッセント氏は日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収計画を審査する対米外国投資委員会(CFIUS)のトップも兼ねる見込みとされる。そうなれば、買収の実現は一層難しくなるのではないか。
難航した財務長官人事と注目されるライトハイザー氏の役割
主要ポストの中で、財務長官人事は最も難航していた。イーロン・マスク氏が財務長官人事に口を出したことも、人事を難しくした可能性があるだろう(コラム「高まるマスク氏のトランプ次期政権での影響力と難航する財務長官人事」、2024年11月21日)。
マスク氏が支持していた財務長官人事でライバルのハワード・ラトニック氏が商務長官に指名されたことで、ベッセント氏が財務長官に指名される道が開かれた。
ラトニック氏は、米通商代表部(USTR)も所管するように商務長官の権限を拡大することで、商務長官の指名を最終的に受け入れたとされる。この結果、追加関税導入など貿易政策で大きな役割を果たすUSTRの代表に大物を配置することは難しくなったのではないか。主要経済ポストの中で唯一指名されていないのが、このUSTR代表だ。
トランプ氏は、トランプ政権第一期でUSTR代表を務めたロバート・ライトハイザー氏に再任を打診したが、ライトハイザー氏は財務長官などより格の高いポストを求め、それを辞退したとされる。
トランプ氏が掲げる追加関税等の保護貿易主義の政策は、ライトハイザー氏の主張をほぼ踏襲しているとされる。ライトハイザー氏がトランプ政権でどのような役割を果たすのかは、残された大きな注目点だ(コラム「保護貿易主義者のライトハイザー氏がトランプ次期政権で主要ポストに」、2024年11月14日)。
トランプ経済政策に大きなリスク
安全保障、外交、経済などの各分野で、トランプ氏は、「米国第一主義」を支持し、自身に強く忠誠心を誓うイエスマンのみを主要ポストにあてがった。トランプ氏の政策方針を修正し、暴走に歯止めをかける人物はいないことになる。
トランプ氏が掲げる一律追加関税、移民の規制強化は、公約通りに導入されれば、米国経済を後退に陥らせる打撃となるだろう。さらに、イーロン・マスク氏らが主導する政府効率化省(DOGE)は、政府支出を大幅に削減し、また連邦職員を大量に削減することで、短期的には米国経済に深刻な悪影響をもたらす可能性がある(コラム「マスク氏が主導する政府効率化省(DOGE)の課題」、2024年11月22日)。
トランプ氏の経済政策が抱えるこうしたリスクが理解されれば、金融市場で進むトランプトレードは逆回転をはじめ、ドル安、株安に転じる可能性がある。
(参考資料)
"Trump Picks Scott Bessent as Treasury Secretary(トランプ氏、スコット・ベッセント氏を財務長官に指名)", Wall Street
Journal, November 23, 2024
「米成長へ減税・規制緩和 高関税、世界にリスク 新政権人事固まる 財務長官にベッセント氏」、2024年11月24日、日本経済新聞
「米新政権、歯止め役不在 「米国第一」の忠臣、経済も外交・安保も」、2024年11月24日、日本経済新聞
「トランプ氏、米財務長官に投資家のベセント氏 減税・緩和を重視」、2024年11月24日、産経新聞
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。