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トランプ関税強化の姿勢が金融市場の楽観論に修正を迫る

2月28日の東京市場で、日経平均株価は後場に一時前日比1,400円を超える大幅下落となった。大きなきっかけとなったのは、トランプ大統領が、関税政策を一段と強化する姿勢を示したことだ。

トランプ大統領は就任以来立て続けに追加関税計画を打ち出しているが、実施までに時間的猶予を設けているため、現時点で実行されたのは中国への10%の一律関税だけだ。それもあり、ディールを好むトランプ大統領は、相手国からの一定の譲歩を得れば関税計画を見直す、との楽観的な期待が金融市場に広がっていた。トランプ大統領の27日の発言は、そうした金融市場の楽観論に修正を迫るものとなったのである。

トランプ大統領は、1か月延期されていたメキシコ、カナダ向けの25%の一律関税(カナダからのエネルギー製品には10%の追加関税)を、予定通りに3月4日に発動するとした。さらに、同時に2月4日から発動されている中国の輸入品に対する10%の一律関税措置について、関税率を同日に20%へと引き上げる予定であるとした。

トランプ大統領は、これら3か国が米国への合成麻薬フェンタニル流入、不法移民の流入をしっかりと取り締まっていないことを、理由に挙げている。ただしそれは、半分は口実であり、米国の輸入額の上位3か国に追加関税を課し、輸入を抑制することで米国の貿易赤字を減らすことに大きな狙いがあると考えられる。

日本にも迫るトランプ関税

他方、トランプ大統領は26日に、EU(欧州連合)からの輸入品に対する25%の一律関税を近く発表すると述べた。この際、EUについて、「率直に言って、EUは米国への嫌がらせのため設立された」とも発言している。

トランプ大統領の関税の対象は、大国を中心に米州、欧州、アジアへと世界的な広がりを見せており、世界経済への悪影響がより懸念される状況になってきた。また、米国の輸入額の第4位はドイツであり、それを含むEUまで追加関税の対象となってきた点が見逃せない。

第5位は日本であり、いよいよ日本にも関税が及びかねない状況に至っている。これら3か国とEUは、トランプ政権一期目に米国からの関税の対象となったことを受けて、報復措置を講じた国・地域である。これに対して日本は、報復措置を講じなかった。トランプ政権下に限らず、日本は米国からの関税措置に対して報復措置を講じたことがない。こうした日本の姿勢が、トランプ大統領の日本への関税政策になにがしか影響するのかどうかは、今後の注目点である。特に主力輸出品である自動車が関税の対象になるかどうかは、日本経済にとってまさに死活問題だ(コラム「自動車関税回避で2019年トランプ・安倍合意に望みをつなぐ自動車業界」、2025年2月27日)。

昨年8月の歴史的な日本株下落時に似てきた面も

しかしいずれにしても、トランプ大統領の関税強化の姿勢が改めて示され、金融市場の楽観論が修正されたことは、日本の輸出環境の下方リスクを高めるものとなっている。さらに、2月の米国経済指標で、企業・消費者の景況感はにわかに下振れた。トランプ関税が物価高などを通じて米国経済にも悪影響を与えることが本格的に懸念され始めたのである(コラム「トランプ関税への不安から米国で景況感が下振れ:米景気不安、日銀利上げ観測、円高と昨年夏の日本株急落時と似る環境に」、2025年2月26日)。

1月24日の日本銀行の利上げ以降、金融市場は日本銀行が追加利上げに前向きであるとの見方を強めており、それが日本の長期金利の上昇を促してきた。他方、それが米国の長期金利低下傾向と相まって、為替市場で円高傾向を生じさせ、日本株を下落させている面もある。

こうした米国景気への不安、日銀利上げ観測の高まり、円高進行は、まさに昨年8月に日本株が歴史的な下落を演じた際に事前に見られた3条件でもある。現状もこの3条件が揃ってきている点が見逃せない。

日米金融政策が逆方向に動くなか、国際資金フローには不規則な動きが生じやすい環境だ。今回は、それにトランプ関税への不安も加わってきた。こうしたなか、日本の株式市場は、一段の下方リスクに注意が必要な局面にあるのではないか。他方で、円高・株安リスクの高まりは、日本銀行の早期の追加利上げを制約することになるだろう。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。