&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

進むSECの暗号資産規制の緩和

米証券取引委員会(SEC)は2月27日、「ミームコイン」について、連邦証券法で規定される有価証券の定義には該当せず、また、1946年の最高裁判例を基に有価証券か否かを判断する基準「ハウェイテスト」に照らしても有価証券に当たらない、との判断を示した。これは、トランプ米政権の下でSECが進めている暗号資産への規制強化の転換の一環だ。
 
ミームコインは、インターネット上で広く知られるジョークやキャラクター等を、ユーモアを込めて開発された暗号資産(仮想通貨)だ。イーロン・マスク氏のお気に入りとされる柴犬をモチーフにした「ドージコイン」やトランプ大統領の就任前に発行された公式コイン「$トランプ」などが知られている。
 
米国では連邦政府レベルで暗号資産を規制する包括的な法律はないが、SECのゲンスラー前委員長は、「ハウェイテスト」に照らして有価証券に該当するとの認識のもと、連邦証券法を援用して暗号資産取引所の摘発などの規制強化を進めてきた。
 
SECは2月10日に、暗号資産取引業者で世界最大手のバイナンス・ホールディングスに対する訴訟の一時停止を申請した。SECは2023年に、バイナンスと共同創業者の趙長鵬氏を証券規則に違反したとして提訴していた。2月27日にはコインベース・グローバルに対する訴訟を取り下げることを正式に決定した。さらに、米仮想通貨関連事業者のジェミニやロビンフッド・マーケッツに対して続けていた提訴を前提とする調査を終了したと通告した(コラム「金融庁は暗号資産(仮想通貨)の規制強化を検討:米国では反対に規制緩和の方向に舵が切られる」、2025年2月18日)。

トランプ関税への懸念から市場はリスク回避傾向に

トランプ政権下で進むこうした暗号資産への規制緩和は、暗号資産価格には強い追い風であるはずだ。しかし実際には、暗号資産の価格は足もとで大幅に下落している。
 
トランプ大統領は選挙期間中に、「米国を暗号資産の首都にする」として、暗号資産業界を強く支援する姿勢を示していた。そのため、トランプ氏の勝利を受けてビットコインも急騰し、同氏の大統領就任直前の1月中旬に一時10万9,000ドルの史上最高値水準を突破した。ところが、2月28日には一時8万ドルを割り込み、2024年11月の米大統領選直後以来、約3か月半ぶりの安値を付けている。
 
選挙期間中にはビットコインの国家備蓄を行う可能性などを示唆していたトランプ大統領は、政権発足以降、具体的な暗号資産の支援策を実施していないことが、価格下落の一因となった。
 
しかしそれ以上に市場の逆風となっているのは、トランプ政権が打ち出す追加関税策が米国経済に打撃となり、金融市場のリスクテイクムードを一気に冷やしていることだろう。実際、2月の経済指標で、追加関税による物価高などへの懸念から企業や個人の景況感は予想外の大幅下振れとなり、景気後退観測も浮上してきている(コラム「トランプ関税への不安から米国で景況感が下振れ:米景気不安、日銀利上げ観測、円高と昨年夏の日本株急落時と似る環境に」、2025年2月26日)。

ビットコインの大幅下落はトランプ政権の経済政策に対する警戒と失望の表れ

ビットコインなどの暗号資産はその価値が明確でないため、ボラティリティ(価格変動率)は高くなりやすい。暗号資産の価格に直接影響を与える明確な経済ファンダメンタルズは、金利以外はないが、暗号資産への支援策や規制と金融市場全体のリスク許容度の2つの要因に大きく左右されやすい。
 
SECによる暗号資産への規制強化の姿勢が転換されることは暗号資産市場に追い風となっているはずだが、それを凌駕するマイナスの効果が、金融市場のリスク回避傾向によって生じているのが現状だろう。トランプ政権による政策がもたらす影響を予想して、大統領選挙以降は、長期金利上昇、ドル高、株価上昇などの「トランプ・トレード」が進んできたが、年明け後は、トランプ・トレードは巻き戻される流れにある。その中で、市場のリスク回避傾向が強まり、リスク資産の極みとも言える暗号資産が敬遠される方向にある。ビットコインの大幅下落は、トランプ政権の経済政策に対する警戒と失望の表れと言えるだろう。
 
トランプ大統領は3月2日に、「作業部会にXRPやソラナ、カルダノを含む暗号資産(仮想通貨)の備蓄について議論を進めるよう指示した」とSNSに投稿した。具体的な政府備蓄の検討プロセスが示されたとして、ビットコインを含め暗号資産の価格は大きく戻した。しかし、トランプ大統領が暗号資産支援の具体策に動き始めたとはまだ言えないだろう。暗号資産の政府備蓄については、法的な問題や議会の理解が得られるかなどといった問題もまだ残されている。
 
(参考資料)
「ビットコイン、3カ月半ぶり8万ドル割れ 強まる不安心理」、2025年3月1日、日本経済新聞電子版
「ミームコイン「証券でない」、SEC 仮想通貨の規制緩和」、2025年3月2日、日本経済新聞
「SECの仮想通貨戦争が終結 投機コイン「証券該当せず」」、2025年2月28日、日本経済新聞電子版
「仮想通貨、1日で時価36兆円増 トランプ氏が備蓄に言及」、2025年3月3日、日本経済新聞電子版

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。