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日本株は予想以上の下落幅に

週明けの7日の東京市場では、前週の米国市場での米国株価の大幅下落の流れを受けて、日経平均株価は前場で一時2,900円超の大幅下落となり、3万1千円を下回った。近い将来、3万円台を割り込むことも視野に入ってきた。
 
日本株の下落幅が予想よりも大きくなったのは、金融市場でリスク回避の傾向が強まり、円高が進んだ結果だ。先週末の米国市場では一時1ドル144円台をつけたが、米国市場の終値では1ドル147円程度までドルは戻していた。ところが7日のオセアニア市場では1ドル145円と、値を飛ばして円高水準で寄り付いたことが、予想以上に日経平均株価の下落を大きくした。
 
世界の株式市場が安定を取り戻すきっかけとなるのは、トランプ政権が世界経済の大きなリスクとなっている関税策を見直す考えを示唆することであるが、それは当面は期待できないだろう(コラム「トランプ関税による株価大幅下落の連鎖が続く:中国が34%の報復関税を発表」、2025年4月5日)。そうしたなか、過去に金融市場の混乱時にも同様であったが、金融市場は中央銀行の金融緩和策による市場の安定回復効果への期待を強めることになる。
 
先週末時点では、利下げを求めるトランプ大統領への反発も含め、パウエル議長は、関税策は景気減速懸念を高めると同時にインフレ率リスクも高めることから、すぐには利下げを行わないという方針を打ち出している(コラム「トランプ関税策の修正を催促する株価急落とFRBの早期金融緩和の可能性」、2025年4月7日)。しかし、金融市場の混乱が深まれば、利下げ再開の方針を市場に伝えることになるだろう。これが世界の金融市場にとって当面の大きな注目点となる。

日本銀行は利上げの一時停止のメッセージを市場に送るか

トランプ関税が予想以上の規模であり、日本経済にも大きな打撃を与える可能性が高まっていることに加えて、金融市場が動揺していることから、日本銀行の追加利上げの時期は見えなくなっている。
 
昨年夏には、日本銀行の7月の追加利上げの実施直後に株式市場は過去最大の下落幅を8月に記録し、それを受けて日本銀行は、「金融市場が混乱している中では日本銀行は利上げをしない」、つまり利上げを一時停止するとの考えを示した。この時と同様に、日本銀行は、金融市場を注視するとともに、金融市場の安定回復の効果に期待して、現状では追加利上げを実施する考えがないことを市場に伝える可能性が出てきた。その場合、4・5月の決定会合のみならず、6月の決定会合でも利上げを実施しないとの観測が強まるだろう。

株式の調整は昨年夏よりも長引く

昨年8月の株価暴落時には、米国経済減速への不安と日本銀行の利上げによる円高進行が背景にあった。しかし、米国経済は実際には安定を維持していたことから、株式市場の混乱は比較的短期間で終息した。
 
しかし今回については、米国経済及び世界経済の減速は潜在的なリスクではなく実現可能性の高いリスクである。しかもそれを見極めるまでには数か月の時間を要する。株価の調整は昨年8月よりも長期化しやすい。

他の中央銀行とは異なる日本銀行の対応が円高・日本株安のリスクを増幅する

さらに、金融市場の混乱が強まり、金融危機の様相を強める場合には、関税が実体経済に与える影響を見極める前に、主要国の中央銀行は前倒しで利下げを実施するだろう。場合によっては、2008年のリーマンショック(グローバル金融危機)時のように主要国が緊急の協調利下げを実施する可能性も出てくる。
 
ところで、当時、量的緩和の解除を行い、利上げを進めていた日本銀行は、この協調利下げには加わらなかった。しかし、結局は、遅れて利下げに追い込まれることになる。今回も環境は当時と似てきているのではないか。
 
他の主要国が利下げを実施しても、日本銀行は金融政策正常化、追加利上げの道を簡単には諦められないことから、最終的に金融緩和実施に追い込まれるとしても、他の中央銀行と比べてその対応は遅れる可能性が高い。そうした内外の金融政策対応の姿勢が円高傾向を助長し、その分、日本株の相対的な下落幅を大きくするだろう。
 
このように、株式市場は中央銀行の対応に期待する傾向を強めていくだろうが、日本銀行の対応が他の中央銀行に比べて遅れることから、日本株の下落幅はその分増幅されやすい。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。