日米ともに為替を巡るG7の合意を確認
米国時間の4月24日に、加藤財務大臣はベッセント米財務長官と協議を行った。これは、日米関税協議と並行して走る日米為替協議と位置づけられるだろう。協議後に記者の質問に答えた加藤大臣は、「米国から為替水準の目標や管理の枠組みの話は全くなかった」と説明した。為替市場では、同協議で日本が為替介入などを通じた円安の是正を求められるとの観測もあったが、そうした懸念はひとまず緩和された形だ。
ベッセント財務長官は協議の前日に、「為替レートの具体的な目標を(日本側に)求めるつもりは一切ない」とし、具体的な目標水準を想定していないことを説明した。また、協議内容については、「関税、非関税障壁、為替操作、政府補助金など複数の要素について検討している」と述べた。
一方で、「為替レートは市場において決定されるべきこと」などとした先進7か国(G7)の合意を、「日本が順守すると期待している」とも語った。この発言は、為替介入などを通じた円安誘導は認めないという考えを示したものだろう。
ところで加藤大臣は協議後に、為替レートは市場で決定され、過度な変動や無秩序な動きは経済・金融に悪影響というG7の合意を再確認したとし、「引き続き緊密かつ建設的に協議を続けていくことで一致した」と述べている。日本側がG7の合意を再確認したというのは、トランプ政権が日本に対して、為替介入などを通じた円安の修正を求めてくることを牽制する意図があるだろう。
つまり、日米ともにG7の合意を守る姿勢をアピールしながらも、その中身は全く逆である。加藤大臣が、ベッセント財務長官が言及したG7の合意を逆手に取る形で敢えて記者会見で語り、トランプ政権をけん制したのは、やはり、トランプ政権が日本に対してドル高円安の是正を要求する意図があることを感じ取ったからではないか。
加藤大臣は協議の具体的な内容の説明を避けたが、不用意な発言が為替市場を大きく動かす可能性があることを踏まれれば当然のことである。しかし、今後、メディアの取材や加藤大臣の国会答弁などの中で、協議の内容の一部は明らかになってくるだろう。
ベッセント財務長官は協議の前日に、「為替レートの具体的な目標を(日本側に)求めるつもりは一切ない」とし、具体的な目標水準を想定していないことを説明した。また、協議内容については、「関税、非関税障壁、為替操作、政府補助金など複数の要素について検討している」と述べた。
一方で、「為替レートは市場において決定されるべきこと」などとした先進7か国(G7)の合意を、「日本が順守すると期待している」とも語った。この発言は、為替介入などを通じた円安誘導は認めないという考えを示したものだろう。
ところで加藤大臣は協議後に、為替レートは市場で決定され、過度な変動や無秩序な動きは経済・金融に悪影響というG7の合意を再確認したとし、「引き続き緊密かつ建設的に協議を続けていくことで一致した」と述べている。日本側がG7の合意を再確認したというのは、トランプ政権が日本に対して、為替介入などを通じた円安の修正を求めてくることを牽制する意図があるだろう。
つまり、日米ともにG7の合意を守る姿勢をアピールしながらも、その中身は全く逆である。加藤大臣が、ベッセント財務長官が言及したG7の合意を逆手に取る形で敢えて記者会見で語り、トランプ政権をけん制したのは、やはり、トランプ政権が日本に対してドル高円安の是正を要求する意図があることを感じ取ったからではないか。
加藤大臣は協議の具体的な内容の説明を避けたが、不用意な発言が為替市場を大きく動かす可能性があることを踏まれれば当然のことである。しかし、今後、メディアの取材や加藤大臣の国会答弁などの中で、協議の内容の一部は明らかになってくるだろう。
ドル安政策は関税策に次ぐトランプ政権の「第2の矢」か
日米為替協議の前日にトランプ大統領は、「日本はいつも円安を求めてきた」とし、それが現在のドル高の一因になっているとの趣旨の発言をしている。トランプ大統領は、これまで何度も日本が円安政策をとっていると批判してきたが、協議の前日に敢えて言及したことは、日米為替協議の狙いにドル高円安の修正があり、この点で日本側に圧力をかける意図があるからではないか。
日米為替協議で加藤大臣は、「日本は円安政策をとっていない」ことを改めて説明したであろうが、ベッセント財務長官はともかく、トランプ大統領はそれを受け入れないだろう。トランプ大統領にとっては実際の為替レートの数字こそが重要であり、ドル高は相手国が不当な為替操作を行っているため、との考えを容易には修正しないだろう。これは、米国の巨額の貿易赤字は、相手国の関税、非関税障壁によって生じたものと主張しているのと同様だ。
トランプ政権は「第2のプラザ合意」あるいは「マールアラーゴ合意」でドル安誘導を目指している可能性がある(コラム「日米為替協議の展望:為替協議が関税協議と結びつけられる可能性:日本はトランプ政権のドル安政策に安易に協力すべきでない」、2025年4月24日)。米国の貿易赤字削減を狙った相互関税は、米国での物価高、景気悪化懸念を強め、米国金融市場でトリプル安を生んでしまった。しかし、ドル安政策であれば、早期に米国の物価高を生じさせることなく、輸出拡大を通じて米国経済の浮揚と貿易赤字の削減の双方に貢献することが期待される。
関税政策は金融市場の混乱を生じさせ、早くも行き詰まりを見せている。そこでトランプ政権としては、関税政策に次ぐ、いわば「第2の矢」として、ドル安政策を進めてくる可能性があるだろう。
日米為替協議で加藤大臣は、「日本は円安政策をとっていない」ことを改めて説明したであろうが、ベッセント財務長官はともかく、トランプ大統領はそれを受け入れないだろう。トランプ大統領にとっては実際の為替レートの数字こそが重要であり、ドル高は相手国が不当な為替操作を行っているため、との考えを容易には修正しないだろう。これは、米国の巨額の貿易赤字は、相手国の関税、非関税障壁によって生じたものと主張しているのと同様だ。
トランプ政権は「第2のプラザ合意」あるいは「マールアラーゴ合意」でドル安誘導を目指している可能性がある(コラム「日米為替協議の展望:為替協議が関税協議と結びつけられる可能性:日本はトランプ政権のドル安政策に安易に協力すべきでない」、2025年4月24日)。米国の貿易赤字削減を狙った相互関税は、米国での物価高、景気悪化懸念を強め、米国金融市場でトリプル安を生んでしまった。しかし、ドル安政策であれば、早期に米国の物価高を生じさせることなく、輸出拡大を通じて米国経済の浮揚と貿易赤字の削減の双方に貢献することが期待される。
関税政策は金融市場の混乱を生じさせ、早くも行き詰まりを見せている。そこでトランプ政権としては、関税政策に次ぐ、いわば「第2の矢」として、ドル安政策を進めてくる可能性があるだろう。
最も与しやすい日本にドル安誘導策の協力を求めるか
しかし、1985年の「プラザ合意」の時のように、他国が為替市場での協調介入でドル安誘導を助けてくれる可能性は低い。当時は、ドルの暴落への強い警戒が、国際協調によるドルの秩序だった調整の合意につながった。しかし現在では、ドルの暴落を警戒する国はいない。「プラザ合意」は「国際協調」の枠組みの中で成立したものだが、トランプ政権が考える「第2のプラザ合意」あるいは「マールアラーゴ合意」は、「米国第一主義」に基づくものであり、それを国際的な合意とすることは難しい。
さらに、「プラザ合意」はドルの暴落を防ぎ、事実上の基軸通貨であるドルの価値の安定を狙った措置であるのに対して、トランプ政権が考える「第2のプラザ合意」あるいは「マールアラーゴ合意」は、ドルの価値の下落を狙った措置である点も、両者が似ているようで、実は大きく異なる点である。
ドル安調整で他国の協力は得られにくい。そこで、トランプ政権は安全保障政策などでいわば弱みを握っていることなどから、最も与しやすい日本にドル安誘導策の協力を求め、それをより広範囲な枠組みに広げていくことを狙っている可能性があるのではないか。
さらに、「プラザ合意」はドルの暴落を防ぎ、事実上の基軸通貨であるドルの価値の安定を狙った措置であるのに対して、トランプ政権が考える「第2のプラザ合意」あるいは「マールアラーゴ合意」は、ドルの価値の下落を狙った措置である点も、両者が似ているようで、実は大きく異なる点である。
ドル安調整で他国の協力は得られにくい。そこで、トランプ政権は安全保障政策などでいわば弱みを握っていることなどから、最も与しやすい日本にドル安誘導策の協力を求め、それをより広範囲な枠組みに広げていくことを狙っている可能性があるのではないか。
日米協調介入の可能性
今回の日米為替協議では議論にならなかったとされるが、トランプ政権が今後、日本に円安の修正とドル安誘導策への協力を求める場合、具体的な対応策としてはドル売り円買いの単独介入、あるいは日米協調介入を求める可能性があるだろう。
その際、日本が外貨準備で保有する米国債の売却が米国市場に悪影響を与えないよう、米国債ではなくドル預金などの削減を優先するように求める可能性や、短期の米国債を売却する一方で、長期の米国債を買い増すことを要求するかもしれない。
スティーブン・ミラン米大統領経済諮問委員会(CEA)委員長が掲げる「マールアラーゴ合意」構想では、各国が米国債を売却してドル安に誘導する一方、米国の長期金利の上昇を抑えるため、各国は保有する米国債を超長期債に切り替えさせる案が示されていた。
1985年の「プラザ合意」では日銀の利上げが封じられバブル経済につながった
また、トランプ政権は、為替介入だけでなく、日本銀行に対して追加利上げを求め、それを通じてドル安円高誘導を進めることを考える可能性もあるのではないか。ただし、日本銀行が海外政府の要請を受けて金融政策を決めるとは考えにくい。
1985年の「プラザ合意」の時にはむしろ逆だった。市場に介入して人為的にドル安誘導をすると、ドル安に歯止めがかからなくなるリスクがあり、実際当時はそのような状況に陥った。
その際、日本銀行は逆に利上げを封じられたのである。日本銀行が利上げをすると、ドルの暴落の引き金になってしまうと考えられたためだ。その結果、過度な金融緩和が長期化し、日本のバブル経済の形成と崩壊へとつながっていった。
その際、日本が外貨準備で保有する米国債の売却が米国市場に悪影響を与えないよう、米国債ではなくドル預金などの削減を優先するように求める可能性や、短期の米国債を売却する一方で、長期の米国債を買い増すことを要求するかもしれない。
スティーブン・ミラン米大統領経済諮問委員会(CEA)委員長が掲げる「マールアラーゴ合意」構想では、各国が米国債を売却してドル安に誘導する一方、米国の長期金利の上昇を抑えるため、各国は保有する米国債を超長期債に切り替えさせる案が示されていた。
1985年の「プラザ合意」では日銀の利上げが封じられバブル経済につながった
また、トランプ政権は、為替介入だけでなく、日本銀行に対して追加利上げを求め、それを通じてドル安円高誘導を進めることを考える可能性もあるのではないか。ただし、日本銀行が海外政府の要請を受けて金融政策を決めるとは考えにくい。
1985年の「プラザ合意」の時にはむしろ逆だった。市場に介入して人為的にドル安誘導をすると、ドル安に歯止めがかからなくなるリスクがあり、実際当時はそのような状況に陥った。
その際、日本銀行は逆に利上げを封じられたのである。日本銀行が利上げをすると、ドルの暴落の引き金になってしまうと考えられたためだ。その結果、過度な金融緩和が長期化し、日本のバブル経済の形成と崩壊へとつながっていった。
ドル安誘導には基軸通貨としてのドルの地位を低下させるリスク
ベッセント財務長官は、基軸通貨としてのドルの地位を維持しつつドル高を是正することは可能であり、「その二つは矛盾しない」としている。さらに、それを実現するために行うべきなのは、1980年代や1990年代にあった国際通貨間の調整」であるとする。やはり、1985年の各国の協調介入を通じたドル安調整、「プラザ合意」の第2弾を想定しているのだろう。
既に見たように、プラザ合意は、ドルの暴落を避けるため、いわばドルの価値の安定のために行われたものだ。それに対してトランプ政権が現在検討しているとみられるドル安誘導策は、ドルの価値を引き下げるために実施するものである点で大きく異なる。そのため、為替市場への介入が、コントロールできないドルの急落、いわゆるフリーフォールへの引き金となってしまうリスクは、より大きいかもしれない。
それがドルの価値に対する国際的な信頼性を低下させ、海外政府、企業、投資家がドルを保有するインセンティブを低下させ、いわゆるドル離れを引き起こせば、ドルの基軸通貨としての地位を低下させるリスクがあるだろう。
ベッセント財務長官は、ドルの価値を引き下げながらもドルの事実上の基軸通貨としての地位を維持できる、つまり「強いドルと安いドルは両立できる」と主張するが、それはかなり不確実だ。
既に見たように、プラザ合意は、ドルの暴落を避けるため、いわばドルの価値の安定のために行われたものだ。それに対してトランプ政権が現在検討しているとみられるドル安誘導策は、ドルの価値を引き下げるために実施するものである点で大きく異なる。そのため、為替市場への介入が、コントロールできないドルの急落、いわゆるフリーフォールへの引き金となってしまうリスクは、より大きいかもしれない。
それがドルの価値に対する国際的な信頼性を低下させ、海外政府、企業、投資家がドルを保有するインセンティブを低下させ、いわゆるドル離れを引き起こせば、ドルの基軸通貨としての地位を低下させるリスクがあるだろう。
ベッセント財務長官は、ドルの価値を引き下げながらもドルの事実上の基軸通貨としての地位を維持できる、つまり「強いドルと安いドルは両立できる」と主張するが、それはかなり不確実だ。
日本はトランプ政権のドル安政策に安易に協力すべきでない
いずれにせよ、トランプ政権は、日米関税協議と日米為替協議とを連動させ、円安修正、ドル安政策に協力することを日本への関税率の引き下げの条件とする可能性があるのではないか。
しかし、日本がそれに安易に協力すれば、急速なドル安・円高が生じて、日本経済に甚大な打撃となってしまいかねない(コラム「注目のマールアラーゴ合意:プラザ合意後の経験を踏まえると、本格的なドル安誘導策は1ドル101円までの円高、日本のGDP1.2%押し下げの可能性も」、2024年4月21日)。
プラザ合意後のドルの下落率である約28%をあてはめると、今後、本格的なドル安誘導策が講じられれば、1ドル101円までの円高を生じさせ、それは日本のGDP1.2%押し下げる計算となる。
ただし、プラザ合意後の他通貨全体に対するドル全体の下落率よりも円に対する下落率は大きかった。当時は、1ドル240円から120円までドル安円高が進んだのである。つまり対ドルで50%の円高が進んだ。仮に同様の幅で、現状からドル安円高が進むとすれば、ドル円レートは1ドル70円程度までの円高水準に達し、それは日本のGDPを2.2%も押し下げてしまう計算となる。
今後、トランプ政権は、関税(貿易)政策、為替政策、安全保障政策を連動させて、日本の揺さぶりをかけてくる可能性がある。例えば、ドル安誘導策への協力を関税率引き下げの条件として示してくる可能性も考えられるのではないか。過去には米国政府は、為替市場で円高圧力をかけることを脅しに、日本の市場開放を迫ったこともある。
国益を最優先に考えれば、日米関税協議での安易な大幅譲歩とともに、日米為替協議でのドル安誘導策への安易な協力についても、日本はすべきでない。関税策と同様に、トランプ政権のドル安誘導策も、米国からの資金の逃避を促し、米国金融市場を混乱させやすい。そのため、いずれはトランプ政権自らドル安誘導策を修正することが予想される。
日本は、トランプ政権に大幅に譲歩をすることなく、トランプ政権が金融市場の混乱という金融市場の力に押されて、関税策とドル安誘導策を自ら修正するまで待つのが得策だ。
しかし、日本がそれに安易に協力すれば、急速なドル安・円高が生じて、日本経済に甚大な打撃となってしまいかねない(コラム「注目のマールアラーゴ合意:プラザ合意後の経験を踏まえると、本格的なドル安誘導策は1ドル101円までの円高、日本のGDP1.2%押し下げの可能性も」、2024年4月21日)。
プラザ合意後のドルの下落率である約28%をあてはめると、今後、本格的なドル安誘導策が講じられれば、1ドル101円までの円高を生じさせ、それは日本のGDP1.2%押し下げる計算となる。
ただし、プラザ合意後の他通貨全体に対するドル全体の下落率よりも円に対する下落率は大きかった。当時は、1ドル240円から120円までドル安円高が進んだのである。つまり対ドルで50%の円高が進んだ。仮に同様の幅で、現状からドル安円高が進むとすれば、ドル円レートは1ドル70円程度までの円高水準に達し、それは日本のGDPを2.2%も押し下げてしまう計算となる。
今後、トランプ政権は、関税(貿易)政策、為替政策、安全保障政策を連動させて、日本の揺さぶりをかけてくる可能性がある。例えば、ドル安誘導策への協力を関税率引き下げの条件として示してくる可能性も考えられるのではないか。過去には米国政府は、為替市場で円高圧力をかけることを脅しに、日本の市場開放を迫ったこともある。
国益を最優先に考えれば、日米関税協議での安易な大幅譲歩とともに、日米為替協議でのドル安誘導策への安易な協力についても、日本はすべきでない。関税策と同様に、トランプ政権のドル安誘導策も、米国からの資金の逃避を促し、米国金融市場を混乱させやすい。そのため、いずれはトランプ政権自らドル安誘導策を修正することが予想される。
日本は、トランプ政権に大幅に譲歩をすることなく、トランプ政権が金融市場の混乱という金融市場の力に押されて、関税策とドル安誘導策を自ら修正するまで待つのが得策だ。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。