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トランプ政権は小粒な暫定合意を目指すか

4月に打ち出された一連のトランプ関税は、金融市場に大きな動揺をもたらした。さらに、経済への悪影響も次第に顕在化してきており、4月30日に発表された1-3月の米国実質GDPは、前期比年率-0.3%と2年ぶりのマイナス成長となった(コラム「1-3月期米国GDPは3年ぶりのマイナス成長:年後半に景気後退入りの可能性も」、2025年5月1日)。
 
トランプ政権は、関税策を縮小させて、金融市場の安定回復と経済の下方リスクの軽減を図りたいところではあるが、一方的に関税策を縮小させれば、それは政策ミスを認めることになり、政治的に大きな失点となってしまう。
 
そこでトランプ政権は、相互関税の上乗せ分を90日間停止している間に、貿易相手国との間に合意を成立させ、相手国が譲歩したことで関税率の引き下げが実現できた、という形を演出したいところだろう。
 
ただし、主要国との間で目指すのは、当面のところは比較的小粒な暫定合意だろう。トランプ政権が最終的に達成しようとしているのは米国の貿易赤字の解消と考えられる。それを達成するには相手国から大幅譲歩を引き出すことが必要だが、それは短期間では難しい。

トランプ政権は数週間以内に一部の米貿易相手国と合意する見込みとの認識

米通商代表部(USTR)のグリア代表は4月30日に、トランプ政権は数週間以内に一部の米貿易相手国と関税を巡って合意する見込みだ、との認識を示した。合意が近いとする国を明らかにしなかったが、中国とは協議していないと明言している。米中間では145%、125%という極めて高い関税率が設定されている。これらが引き下げられなければ、他国との間の関税率を小幅に引き下げても、米国経済への悪影響を軽減する効果は限られるだろう。
 
グリア代表は、インドとの交渉についてはまだ「ゴールに近づいていない」としている。他方、5月1日に日本、ガイアナ、サウジアラビア、2日にはフィリピンと会談するとした。また、韓国や英国とも緊密に連携していると指摘している。これらの国の中から、数週間以内に米国と暫定合意に達する国が出てくるのだろう。
 
昨年の貿易赤字が1兆2,000億ドルと過去最高を記録する中、グリア代表は、米国は「その解決まで」ある程度の高関税を維持したいとし、大幅に関税率を引き下げる考えがないことを示唆している。

日本側は強いカードを持っていない

2回目となる日米関税協議は、当初予定の米国時間4月30日、日本時間5月1日から1日後ずれし、米国時間5月1日、日本時間5月2日に開かれることとなった。関税率の撤廃や大幅引き下げなどをトランプ政権から引き出すカードは日本側には乏しく、米国産大豆、トウモロコシの輸入拡大と輸入自動車特別取扱制度の適用条件緩和、など比較的小粒なものにとどまるのではないか(コラム「第2回日米関税協議では暫定合意に近づくか」、2025年4月30日)。
 
ベッセント財務長官は、日本と韓国はそれぞれ選挙を控えており、政府は米国との関税協議をまとめて国民からの支持を得たいと考えていると指摘したが、少なくとも日本については、それは正しくないのではないか。
 
与党・政府が最も警戒するのは、 農産物の大幅な輸入拡大で日本が大幅に譲歩させられる形で合意がまとまれば、国内からは批判が高まり、選挙には逆風になってしまうことだろう。このため日本側は、7月の参院選挙後まで時間を稼いで、合意を先送りしたいと考えているだろう。トランプ政権側がこうした日本の状況を読み誤っているのであれば、日本との暫定合意はまだ近くないだろう。
 
ただし、非常に小粒な暫定合意に達することで、両国の利害が一致する面がある。日本側は農産物の大幅な輸入拡大などの政治的打撃を回避しつつ、トランプ政権との交渉の成功を有権者にアピールできる。他方、トランプ政権としては金融市場の安定化効果を期待できる一方、日本との合意は他国との合意を促す効果も期待できるからだ。
 
そのため、日米が早期に暫定合意に達する可能性も、サブシナリオとしては想定しておく必要があるだろう。それ自体は実効性を欠く、シンボリックなものであるが、トランプ政権が、金融市場や経済に悪影響を与え、国民からの批判を受ける関税策を、先行き大幅に見直す意図の表れと金融市場が解釈すれば、金融市場の楽観論を強め、ドル高、株高傾向を後押しすることも考えられる。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。