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1~2か月のうちに米国の対中関税率が145%から80%などへ半減される可能性

5月10・11日にスイスで開かれた米国と中国の貿易を巡る閣僚会議では、協議の枠組みでの合意がなされ、今後も協議を継続することになった(コラム「米中は経済・貿易協議の枠組み設置で合意:関税率の引き下げは2段階で進むか」、2025年5月12日)。
 
トランプ政権にとっては、報復関税の応酬によって米中間の関税率が145%、125%と極めて高い水準まで切り上がってしまったことは誤算だったはずだ。中国側の強硬姿勢を読み誤ったのである。
 
トランプ政権は、現時点で関税策全体を撤回する考えはなく、さらに、米国にとって最大の貿易赤字国である中国には最も高い関税率を課す、という基本的な考えも変わっていないだろう。
 
トランプ大統領は大統領選挙中には中国に60%、他の国に10%の一律関税を課すことを公約に掲げていた。そこで、両国の対立で意図せぬ形で大幅に切り上がってしまった米中間の関税率を当初予定程度の水準にまで引き下げ、米国経済への打撃を緩和することを模索している。そこで今回、中国側に協議を呼び掛けたのだろう。
 
米中間の協議が進展するかどうかはまだ分からないが、トランプ政権側が関税率を当初に想定していた半分程度の水準にまで下げたいと考えているのであれば、そのような合意がなされる可能性はある。向こう1~2か月でそうした合意がなされる可能性があるのではないか。トランプ大統領は協議前日の9日に、「中国に80%の関税をかけるのは正しいようだ」と発言していた。そこで、米国の中国への関税率が80%程度に下がることをシナリオに組み入れる必要が生じたと考えられる。
 
米国と中国は日本にとって最大の輸出先であることから、その両国が高い関税による消耗戦を繰り広げることは、日本経済にも大きな打撃である。両国の関税率が引き下げられることは、日本経済へも好影響を与える。そこで、4月に筆者が実施したトランプ関税が日本、米国、世界のGDPに与える効果のシミュレーションを、今回改定した(コラム「中国への追加関税率は145%:シナリオ別試算を修正:米国債売却は中国のワイルドカードか?」、2025年4月11日)。

対中関税率80%への引き下げで日本のGDPへの影響は-1.0%から-0.6%に縮小

現在の25%の自動車・自動車部品、25%の鉄鋼・アルミニウムの分野別関税と10%の一律関税は、日本のGDPを直接0.46%押し下げると試算される【標準シナリオ】。90日間の一時停止後に24%の上乗せの相互関税率が課される場合には、関税全体の効果で日本のGDPを直接0.81%押し下げると試算される【悲観シナリオ】。
 
この2つのシナリオは、米国による中国への145%の関税と中国から米国への報復関税が前提となっている。そのため、高い関税によって打撃を受ける両国向けの輸出の悪化によって、日本経済への打撃は増幅される。こうした間接効果も含めると、日本のGDPはそれぞれ-1.01%、-1.36%となる。GDPの押し下げ効果は、間接効果によって概ね倍になる(図表)。
 
他方、米国の中国への関税率が125%から80%へ引き下げられ、同様の幅で中国による米国への関税率が引き下げられる場合には、日本のGDP押し下げ効果は—0.64%とかなり縮小されることになる【楽観シナリオ】。
 
日米関税協議は合意に至るまでにはなおかなりの時間を要しそうだが(コラム「第2回日米関税協議:両国間の隔たりはなお大きく早期の合意は見通せない」、2025年5月2日)、その前に米中間で関税率を半分程度まで引き下げる合意が実現する可能性が出てきた。仮にそうなれば、日本経済にも恩恵が及ぶことから、米中協議の行方は日本にとっても目を離すことができない重要イベントだ。
 
図表 3つのシナリオに基づく相互関税の経済効果試算(改定)

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。