&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

米中は経済・貿易を協議する枠組みを設けることで合意

米国と中国は貿易問題に関する閣僚級協議を、スイスのジュネーブで5月10・11日実施した。中国国営中央テレビによると、中国の代表団が会見を開き、米国と中国が「重要な合意に達した」と発表した。具体的には、米中が経済・貿易を協議する枠組みを設けることで一致し、双方が懸念する問題についてさらに協議を行う方針を確認したという。事前に考えられていたよりも前向きな議論が進んだ印象だ。
 
ただし重要な合意に達したと言っても、両国が関税率引き下げに近づいたとは言えず、まずは継続的な協議を行うことで合意したに過ぎず、歩み寄りの第一歩といったところである。両国間の溝はなお深いと見るべきだろう。
 
トランプ大統領は協議前日の9日に、「中国に80%の関税をかけるのは正しいようだ」「それは(交渉に当たる)ベッセント財務長官次第だ」と関税率引き下げの合意を期待するかのような投稿を行った。しかしその後、ホワイトハウスは、「米国が中国側の譲歩なしに一方的に関税を引き下げるつもりはないという考えをトランプ大統領が維持している」と説明した。
 
中国共産党機関紙の人民日報は10日に、米国の「無謀な関税の乱用」が世界経済の秩序を不安定にしたと批判する一方、今回の米中協議は「意見の相違を解決し、さらなるエスカレートを回避するための前向きで必要な一歩」と一定の評価をした。しかし、「今後の行程が交渉であろうと対立であろうと、唯一明確なのは、自国の発展利益を守るという中国の決意、世界経済と貿易の秩序を維持するという中国の姿勢は揺るぎないということだ」と述べ、米国に譲歩する考えがないことを示している。
 
中国は一貫して、米国の関税策は不当なものであり、米国側がそれを撤廃しない限り、中国は関税協議に応じる考えはない、と強気な主張を続けてきた。
 
恐らく米国が歩み寄る形で、関税を巡る両国間の対話は始まったが、米国、中国ともに相手国が譲歩することを要求するという睨み合いの構図はなお続いているだろう。

米中間の極めて高い関税率の引き上げはトランプ政権にとって大きな誤算

4月にトランプ政権は中国に対して34%の相互関税を課すことを発表した。それ以前に課されていた20%の一律関税と合わせれば54%だ。これに、自動車、鉄鋼・アルミニウムの分野別関税の影響を加えると、トランプ大統領が大統領選挙の際に主張していた60%程度の水準となるだろう。この程度の水準が、トランプ政権が中国に課す関税率の当初の目標値だったと言える。
 
ところがトランプ政権には大きな誤算が生じたのである。それは、トランプ政権の関税策に対する中国政府の姿勢が予想外に強硬だったことだ。中国政府はトランプ政権の相互関税に対して報復関税で応じた。それに対するトランプ政権の追加制裁関税にも報復関税で応じ、そうした応酬の末に両国間の関税率は145%、125%と信じられないほどの水準にまで達してしまった。これはトランプ政権にとっては全くの誤算であり、事故のようなものだ。

高い関税率に対して中国の方がより持ちこたえることができる

この極めて高い米中間の関税率のもとで、米国の輸出、輸入の環境は大きな打撃を受けており、その結果、トランプ政権に対する国民の批判も高まっている。経済的な打撃については中国も同様であるが、米国と比べると中国の方がより持ちこたえることができるだろう(コラム「米中貿易戦争のチキンレースは中国が有利か」、2025年5月2日、「米中間で貿易協議開始も米中チキンレースは容易には終わらない」、2025年5月7日)。
 
トランプ政権としては、中国に対する関税率を半分程度にまで引き下げ、当初の目標値に近づけることを目指すのではないか。それが、トランプ大統領が述べた「中国に80%の関税をかけるのは正しいようだ」との発言の意味ではないか。

米中間の関税率引き下げ協議が1~2か月で急展開を見せる可能性も

ベッセント財務長官は米中協議の前に、「大きな貿易協定を議論するのではなく、緊張の緩和が目的だ」と述べて、協議がすぐに進展する訳ではない、との見通しを示していた。また、ラトニック商務長官も9日に、「中国とは何十回もの交渉が待っている」と発言している。この点から、両国が関税率の引き下げで数週間といった短期間で合意する可能性は高くない。
 
ただし、トランプ政権が両国間の関税率引き下げを望んでいることは確かであり、それが、両国が合意に至る最大の原動力となるのではないか。他国との関税協議とは異なり、トランプ政権は中国に対して、対米貿易赤字を削減する具体策を、時間をかけて協議する必要は必ずしもないだろう。両国が互いに掛け合っている関税率を同時に引き下げるだけで、合意は成立するのである。そのため、米中間の関税率引き下げは、予想外の急展開を見せる可能性もあるだろう。最短では1~2か月のうちに、関税率引き下げで合意に達する可能性もあるのではないか。
 
ただし、トランプ政権による関税の撤廃を求める中国側が、部分的な関税率の同時引き下げに応じるかどうかに不確実性は残る。

中国への関税率の引き下げは2段階で進むか

他方、トランプ政権は、関税策による国内経済への悪影響、金融市場への悪影響、国民からの批判の高まりを受けて、中国だけでなくすべての国に対する関税率の大幅引き下げにいずれ追い込まれると見ておきたい。それは、今秋頃までには実現するのではないか(コラム「トランプ関税は今秋までに本格的な見直しか:注目されるトランプ減税の恒久化」、2025年5月9日)。
 
中国への関税率については、1~2か月のうちに60%~80%など、現状の145%の関税率を概ね半減させる合意が成立した後、今秋頃までにトランプ政権が自ら、中国を含むすべての国に対して関税率を大幅に引き下げるという形が想定される。その場合、対中関税率の引き下げは、2段階で進むことになる。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。