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カナダ西部バンフで開かれていた主要7か国(G7)財務相・中央銀行総裁会議は22日に、共同声明を採択して閉幕した。今回のG7では、トランプ政権が打ち出した関税政策に対して各国から強い批判が出され、共同声明が採択されない可能性も想定された。しかし実際には、両者の対立は大きく表面化せず、金融市場にとっての目だったかく乱要因ともならなかった。
 
議長国であるカナダのシャンパーニュ財務相は会議閉幕後の記者会見で、共同声明がベッセント米財務長官に配慮して弱められたわけではないと、言い訳とも捉えられる説明をした。米国の関税政策も含め「率直かつ建設的」な議論が交わされ、一部では合意に至ったと指摘した。また、「関税を巡っては常に緊張が生じるが、共通点を見いだせる分野もある」と述べた。
 
共同声明では、トランプ関税が生む不確実性の高まりが、「経済と金融安定に影響を及ぼし得る」との認識を共有したことが記された。しかし、米国を名指ししての批判や、関税措置の見直しを要請する表現は盛り込まれなかった。さらに、G7が長らく訴え続けてきた保護主義への対抗や、自由貿易の推進に関する文言も入らなかった。
 
第1次トランプ政権には、「保護主義に反対する」などの文言を盛り込むかどうかで米国と他国との間で意見が対立し、共同声明が出されない事態も生じた。その結果、主要20か国・地域(G20)もG7からも米国が距離を置き、両者ともに機能不全に陥る事態となった。
 
今回は、関税を巡る米国との協議への影響を踏まえて、他国が米国への強い批判を回避した結果、共同声明の合意になったとみられる。しかし、トランプ関税という一方的で不当な措置に対して先進各国が連携してその撤回を求めるという重要な機会を活かせなかったという点で、G7の機能は事実上一段と低下してしまったと言えるだろう。G7では、米国以外の国からトランプ関税への強い批判と自由貿易堅持に向けた強いメッセージが欲しかった。
 
声明では、米国が抱える巨額の貿易赤字を念頭に、「過度な不均衡に対処」すると明記した。各国における内需の拡大や、米国の財政赤字の削減などの取り組みを示唆したものだ。米国の貿易赤字の拡大の原因が海外にも一部あるとしても、それによってトランプ関税を正当化してはならないだろう。
 
第2回の日米為替協議では、「為替は市場で決定されるべき」といったG7での過去の合意を踏まえた認識が示された(コラム「第2回日米為替協議と米国の財政環境悪化に警鐘を鳴らす米国債市場」、2025年5月22日)。米国以外の国からは、トランプ政権が貿易赤字の削減を狙って、関税に加えて、あるいは関税策の次にドル安政策を採用するとの懸念がある。ドル安政策を牽制する狙いから、今回のG7の声明文には、為替政策に関するG7の合意を確認するとの文言が加えられることを筆者は予想していたが、実際にはそうはならなかった(コラム「G7財務相・中央銀行総裁会議と日米為替・関税協議の注目点:トランプ関税反対と自由貿易推進で米国以外の国が連携できるか:トランプ関税の次はドル安政策か」、2025年5月15日)。
 
どのような議論の結果そうなったのかは明らかではないが、仮に為替政策の自由度を奪われることを懸念する米国がそうした文言を加えることに反対した結果なのであれば、今後もドル安政策に対する各国及び金融市場の懸念は続くことになるだろう。
 
今回のG7財務相・中央銀行総裁会議は思いのほか成果が乏しかった。それは、G7の機能不全が、第2次トランプ政権誕生によってさらに加速されたことを裏付けているのではないか。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。