&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

為替水準の目標は議論されなかった

米国時間の21日に、加藤財務相とベッセント米財務長官との第2回目となる日米為替協議がカナダで行われた。加藤財務相は会談後に行われた記者会見で、米国のトランプ大統領は自国からの輸出が不利となる円安・ドル高を問題視しているが、前4月24日の協議に続いて今回も、為替水準の目標は議論しなかったことを明らかにした。
 
また米財務省は、為替政策を巡って両氏は、「為替レートは市場で決定されるべきで、現在のドル・円相場はファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)を反映している」との認識で一致したとしている。
 
為替市場に大きな影響を与え得ることから、日米ともに為替協議での具体的な議論の内容は明らかにしていない。ただし、トランプ政権が現時点で、日本に対して円安修正を求めることや、米国のドル安政策に協力を求めるようなことはしていないことは確かだろう。

トランプ政権が日本に対してのみ為替協議を続けていることの意味を考える必要

しかしそれは、トランプ政権が現時点では関税政策に注力しているからであり、既に行き詰まり感が見られる関税を本格的に見直した後に、トランプ政権は米国の赤字を削減する次の手段としてドル安政策を本格的に稼働させる可能性は残されている(コラム「トランプ関税の次はドル安政策か:トリフィンの流動性ジレンマとミランの『マールアラーゴ合意』」、2025年5月8日)。
 
トランプ政権が現時点で為替に関して日本に明確な圧力をかけていないとしても、時期が来ればそうなる可能性には引き続き注意が必要だろう。トランプ政権が日本に対してのみ、関税協議と並行して為替協議を続けていることは、決して意味のないことではないはずだ(コラム「G7財務相・中央銀行総裁会議と日米為替・関税協議の注目点:トランプ関税反対と自由貿易推進で米国以外の国が連携できるか:トランプ関税の次はドル安政策か」、2025年5月15日)。

米国財政悪化懸念でトリプル安に

為替市場が警戒していたドル高円安修正の話が第2回日米為替協議で出なかったことで、21日の米国為替市場は一時ドル高円安に振れた。しかし22日の東京市場でドル円レートはドル安円高方向に動き、1ドル143円程度となっている。
 
為替がドル安円高方向に動いた背景には、米国の財政環境悪化への懸念がある。米格付け大手のムーディーズ・レーティングスが16日に米国債の長期信用格付けを最上位の「Aaa」から「Aa1」へと1段階引き下げたと発表して以来、米国債券市場は財政環境の悪化に敏感になっている。
 
米国の30年債利回りは21日の取引で一時5.1%と、20年ぶりの高水準に達した。21日の20年債入札が低調な結果となったことも、利回り上昇を後押しした。同時に株価の下落とドル安が進み、トリプル安となっている。米国金融市場は潜在的に不安定な状況だ。
 
トランプ政権が成立を急ぐ所得減税の恒久化措置を含む関連法案について、債券市場は中長期的な財政赤字を拡大させ、それが米国債市場とドルの信認を低下させることに、警鐘を鳴らし始めたのである。

金融市場の自浄作用

トランプ大統領とジョンソン下院議長は21日に、現在の関連法案に反対する共和党の保守強硬派議員とホワイトハウスで会談したが、妥結するには至っていない。
 
また米下院共和党指導部は21日に、関連法案の修正案を公表した。州・地方税(SALT)控除の上限引き上げなどを盛り込んだもので、関連法案に反対する共和党保守強硬派を取り込む狙いがある。
 
また今回の修正法案には、共和党保守強硬派が求めていたメディケイド(低所得者向け医療保険)の削減加速や、バイデン前政権下で導入されたクリーンエネルギー関連の税額控除を早期に廃止する措置も盛り込まれた。
 
ジョンソン下院議長は、議員がメモリアルデーの祝日に伴う休会に入る前に、法案を下院本会議で可決するよう議会に働きかけている。しかし今回の修正法案が下院本会議で可決されるだけの共和党保守強硬派の支持を得られるかどうかは、依然として不透明だ。
 
共和党保守強硬派の反対と財政環境悪化を懸念する米国債券市場での利回り上昇の2つが、トランプ政権や共和党執行部に対して所得減税の恒久化措置を含む関連法案の見直しを促す構図となっている。金融市場が経済に問題を生じさせる政策に軌道修正を迫る、金融市場の一種の自浄作用である。
 
4月には、トランプ政権の相互関税によるドルへの信認低下を警戒して米国債の利回りが上昇し、それが相互関税の上乗せ部分を90日間停止させるという政策の見直しにつながった。今度は、米国債市場が、トランプ政権の減税政策に警鐘を鳴らし、それに軌道修正を迫る役割を果たしつつある(コラム「日米の減税議論と国民の良識」、2025年5月22日)。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。