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日本時間5月29日夜に日米首脳電話会談が行われた。ちょうど1週間前に行われたばかりであり、この頻度で行われることは異例だ。共通しているのは日米関税協議の直前に行われたことだ。
 
なかなか合意に至らない日米関税協議に業を煮やしたトランプ米大統領が、日本側に譲歩を働きかけていると推測される。会談の具体的な中身については、両国ともに明らかにしていないが、先週の会談では、トランプ大統領が次世代戦闘機「F47」の開発に言及したとされ、トランプ大統領が日本の米国防衛装備品購入を促した可能性がある。
 
現在の日米関税協議は、為替政策、安全保障政策と切り離された形で両国の閣僚によって進められているが、トランプ大統領が協議への関与を強めれば、関税協議に円安修正を迫る為替政策や安全保障上の負担増加の要求を絡めてくる可能性が出てくる。それはもう始まっているのかもしれない(コラム「第3回日米関税協議は大きな進展がなかった模様:トランプ大統領は合意の遅れにいつしびれを切らすのか」、2025年5月26日)。
 
米国時間30日に開かれる第4回の日米関税協議では、米国の防衛装備品の購入拡大が、日本側の提案に新たに加わる見通しだ。これは、トランプ大統領の要請に応えたものである可能性があるだろう。
 
また今回の協議で日本側は、レアアース(希土類)などの重要鉱物や半導体のサプライチェーン(供給網)の強化に向けた協力策を米国側に提案するとみられる。こうした考えは、29日の電話会談で石破首相がトランプ大統領に伝えたとの観測もある。中国を念頭に経済安全保障分野で日米が連携を強めるものであり、日米関税協議で米国側から求められていたものだ。
 
さらに、米国の半導体製造能力の拡大に日本が協力することも検討しているとされる。既に日本が米国に提案してきた造船技術の協力と合わせて、中国を念頭に置いた日米の経済安全保障の連携強化が、日米関税協議の新たな焦点になってきたようだ。
 
ただし、日米関税協議が合意に至るまでにはなお距離がある。日本側が要求しているすべての関税の見直しや撤廃については、米国側が受け入れる様子は今のところはない。最終的にはトランプ大統領の判断に任されるだろうが、それが明らかになるのは、6月の日米首脳会談となるだろう。
 
トランプ政権の相互関税などについて、米国際貿易裁判所は大統領の権限を逸脱した違法な措置との判断を下した(コラム「相互関税に違法判決:トランプ関税に司法の壁」、2025年5月29日)。しかし29日に連邦高裁は、その効力を一時的に停止する判断を下している。そのため、相互関税は効力を失わず、当面の日米関税協議には直接影響しないとみられる。
 
最終的にはトランプ政権は最高裁に上訴し、相互関税の正当性を争う可能性もあるが、その場合、裁判には数年の時間を要し、さらに最高裁はトランプ政権に有利な判断を下す可能性も考えられる。いずれにせよ、司法の判断がトランプ関税を停止させる可能性は低いと考えられるだろう。ただしトランプ関税を巡っては、今後も多くの提訴がなされ、司法によってその正当性が判断される可能性がある。それは、トランプ関税に対する世論の反発の高まりと結びついているとみられる。そのため、そうした動きは、トランプ政権にいずれ関税策の見直しを迫る圧力とはなるだろう。
 
(参考資料)
「トランプ氏に新たな提案、レアアースと半導体で経済安保協力…関税交渉の前進へ調整」、2025年5月30日、読売新聞速報ニュース

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。