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米国がイランの核施設を攻撃

米国は6月22日、イランの核開発を阻止する狙いで、イランの3つの核施設を攻撃した。米国がイラン本土を攻撃するのは初めてであり、中東情勢の緊迫化は新たなステージに入った。

イランとイスラエルが軍事衝突をして以降も、原油価格の大幅上昇は避けられ、WTIは70ドル台半ば程度で推移してきた。しかし、米国が対イラン攻撃に加わったことで、戦闘は拡大、長期化のリスクが高まっている。

この先、原油価格上昇の節目となるのはWTIで1バレル87ドルと1バレル120ドルだ。87ドルは昨年、イランとイスラエルが軍事衝突した際の、原油価格のピークの水準、120ドルはコロナ問題、ウクライナ問題を受けた原油価格のピークの水準だ。この先、原油価格は80ドル台に入っていくことが予想されるが、その中で、イランによるホルムズ海峡封鎖のリスクが高まれば、原油価格はさらに上昇するだろう。
 
原油価格が120ドルまで上昇すると、日本の実質GDPは1年間で0.60%低下する計算だ(図表)。これは、現在のトランプ関税が維持された場合の日本のGDPの押し下げ効果の推定値-0.47%を上回る。今後の原油価格の上昇次第では、トランプ関税を上回る下方リスクが日本経済に加わってくることになる。
 
また、世界経済、日本経済を占う際には、原油価格上昇が米国経済に与える影響が重要だ。米国経済がウィークポイントとなる。米国ではこれから関税による物価高が顕在化してくる。これに原油高の影響が加われば、物価高傾向は増幅されることが避けられない。そうなれば、国民からのトランプ政権に対する批判は強まり、政治的リスクが高まるだろう。さらに、4月の相互関税以降生じているドル資産離れ、米国売りの傾向が金融市場で強まり、長期金利上昇、株価下落の傾向が増幅される可能性がある。そして、リスク回避での円高ドル安傾向も強まるだろう。
 
日本経済は、原油価格上昇による上記の直接的な影響を受けることに加え、米国経済の下振れ、米国市場に連動した長期金利上昇、株価下落、そして円高ドル安の悪影響にも同時に見舞われる可能性がある。
 
図表 中東情勢の緊迫化と原油価格上昇の日本経済への影響のシナリオ別試算

ホルムズ海峡封鎖は世界経済・日本経済に大きな打撃

英シンクタンクの国際戦略研究所(IISS)によると、イランの兵員数は61万人、イスラエルは16万9,500人とイランが優位に立っている。
 
ところがイスラエル空軍は最新鋭のステルス戦闘機F35を所有するのに対して、イランの主力戦闘機は1970年代のF14や旧ソ連製のミグ29であり、軍事力全体ではイスラエルがかなり有利な状況だ。米国がイラン攻撃に加われば、イランの劣勢は決定的となる。
 
その場合、軍事力で劣るイランは、イラン沖のホルムズ海峡航行を遮断、ないし事実上封鎖することで、原油などの供給を妨げ、また原油価格の高騰を通じて米国に対抗することを試みる可能性がある。これは米国のみならず、世界経済全体に深刻な影響を及ぼす。
 
保守強硬派が多数を占めるイラン国会では、海上交通の要衝である、ホルムズ海峡の封鎖論が浮上している。元革命防衛隊幹部で最強硬派のコウサリ議員は、「封鎖は検討されている。イランは最善の決定を下すだろう」と警告した。
 
2024年にはサウジアラビア、イラク、クウェート、UAE、イランから、日量約1,650万バレルの原油とコンデンセートがタンカーでこのホルムズ海峡を通過した。それは、世界の原油供給の約2割にあたるとされ、その多くはアジア向けだ。日本は原油輸入の実に95.1%を中東地域に依存しており(2024年貿易統計)、それに用いられるタンカーの8割がホルムズ海峡を通るとされる。ホルムズ海峡が事実上封鎖されれば、日本経済に深刻な打撃となることは避けられない(コラム「中東情勢の緊迫化と金融市場の動揺:シナリオ別日本経済への影響試算」、2025年6月13日、「中東情勢の一段の緊迫化を受けて石破首相がガソリン価格安定化策の実施を表明」、2025年6月19日)。

ホルムズ海峡封鎖はイラン経済に大きな打撃

ホルムズ海峡はペルシャ湾とインド洋を結んでおり、北岸にイラン、南岸にアラブ首長国連邦(UAE)、オマーンが位置している。全長約100マイル(161キロメートル)で、最も狭い部分の幅は21マイルである。また水深が浅いことから、機雷の攻撃を受けやすい。イランの沿岸からの地対艦ミサイル攻撃や、巡視船、ヘリコプターによる妨害を受けるリスクが高い。イランは、小型の高速巡視艇でホルムズ海峡を航行する船舶を妨害したり、沿岸や内陸の拠点からドローン(無人機)を飛ばし船舶に向けてミサイルを発射したりする可能性もある。
 
サウジアラビアはホルムズ海峡経由で最も多くの石油を輸出している国だ。しかし、パイプラインを利用して紅海沿岸のターミナルに輸送することで、ホルムズ海峡と紅海南部を回避した輸出も可能だ。UAEは、ホルムズ海峡の南にあるオマーン湾のフジャイラ港まで、自国の油田からパイプラインで日量150万バレルの原油を輸送している。
 
他方で、イラクの石油輸出は地中海への石油パイプラインが閉鎖されているため、全てバスラ港からホルムズ海峡を通過して海上輸送されている。また、クウェート、カタール、バーレーンは、ホルムズ海峡を経由する以外、原油を輸出する手段を持たない。
 
イラン自身も、石油輸出をホルムズ海峡の通過に大きく依存している。イランは海峡の東端にあるジャースク港に輸出ターミナルを2021年7月に正式に開設した。この施設は、同国が海路を使用せずに少量の石油を世界に出荷することを可能にしているが、その量は限られる。ホルムズ海峡を封鎖すれば、イラン自身を経済的に苦境に陥れることになってしまう。

「抜かずの宝刀」の怖さ

また、イラン産石油の最大の買い手であり、また近年は、国連安全保障理事会で拒否権を行使して西側主導の制裁や決議からイランを保護してきた重要なパートナーである中国に打撃を与えてしまうことにもなる。
 
この点からイランは、ホルムズ海峡を封鎖する可能性を米国に対して示唆して脅しをかけても、実際にそれを実施することのハードルは高いと考えられている。それゆえ、原油価格も比較的安定した状況を足もとで維持している。
 
イランは今までホルムズ海峡を封鎖したことはない。2011年にイランに制裁が課せられた際、イランはホルムズ海峡を封鎖すると脅したが、最終的には撤回した。ホルムズ海峡封鎖はイランにとっていわば「抜かずの宝刀」だ。しかし、米国に対抗する手段がそれしかないと考えれば、イランがホルムズ海峡を封鎖する可能性は否定できない。前例がないために、それが実施された場合の原油市場の反応、世界経済・金融市場への影響については予想が難しいという面がある。それが大きな脅威でもある。
 
(参考資料)
“What If Iran Tries to Close the Strait of Hormuz?(イランがホルムズ海峡を封鎖した場合の影響は),” 2025年6月20日、ブルームバーグ
「ホルムズ海峡封鎖なら 日本のGDP 3%下げも タンカー8割通過」、2025年6月20日、産経新聞
「空軍力に差 イラン劣勢 原油輸送の大動脈 ホルムズ海峡封鎖論も」、2025年6月17日、神戸新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。