ステーブルコイン市場は2028年末には2兆ドル規模に拡大との見方
米議会では、ドルなどの法定通貨や商品(コモディティ)と価値が連動するように設計された暗号資産(仮想通貨)「ステーブルコイン」の規制整備に関する法案GENIUS法案が上下院で可決され、7月18日にトランプ大統領が署名して成立した(コラム「米国で進むステーブルコインの規制整備(3):GENIUS法が成立:ドル覇権の維持を狙うトランプ政権」、2025年7月23日)。
ベッセント財務長官は「米国債に裏打ちされたステーブルコインが誕生することで、基軸通貨ドルの優位性を維持できる」と米下院の公聴会で明言した。ベッセント財務長官は、米国の貿易赤字の原因の一つともなっているドル高の是正、つまりドル安政策の実施を主張する一方、それをドルの基軸通貨としての地位の維持と両立させることが可能であるとしている。それを実現する施策として、国際決済でのドル建てのステーブルコインの利用拡大を位置付けているとみられる。
現在の世界のステーブルコイン市場は、ドル一強状態だ。米調査会社チェーンアナリシスの分析によると、ブロックチェーン上の暗号資産取引の3分の2はステーブルコインであり、その9割超がテザー(USDT)などのドル連動型だ。
ステーブルコインの規制整備に関する法案、いわゆる「GENIUS法案」を提出した共和党のビル・ハガティ上院議員は公聴会で、「ある投資銀行の試算では、同法案によりステーブルコイン市場は現在の2,400億ドルから2028年末には2兆ドル規模に達し、その大半の準備資産が米国債となる」と述べた。
ベッセント財務長官は「米国債に裏打ちされたステーブルコインが誕生することで、基軸通貨ドルの優位性を維持できる」と米下院の公聴会で明言した。ベッセント財務長官は、米国の貿易赤字の原因の一つともなっているドル高の是正、つまりドル安政策の実施を主張する一方、それをドルの基軸通貨としての地位の維持と両立させることが可能であるとしている。それを実現する施策として、国際決済でのドル建てのステーブルコインの利用拡大を位置付けているとみられる。
現在の世界のステーブルコイン市場は、ドル一強状態だ。米調査会社チェーンアナリシスの分析によると、ブロックチェーン上の暗号資産取引の3分の2はステーブルコインであり、その9割超がテザー(USDT)などのドル連動型だ。
ステーブルコインの規制整備に関する法案、いわゆる「GENIUS法案」を提出した共和党のビル・ハガティ上院議員は公聴会で、「ある投資銀行の試算では、同法案によりステーブルコイン市場は現在の2,400億ドルから2028年末には2兆ドル規模に達し、その大半の準備資産が米国債となる」と述べた。
米国債需要を高め国債市場を安定させる効果も
ベッセント財務長官は、この発言を受けて、「米国債やT-Billに裏付けられたステーブルコインによって、世界中で米ドルの利用が拡大する。2兆ドルという数字は現実的であり、それを大きく上回ることも想定できる」と語っている。
GENIUS法では、ステーブルコインの発行者は、その裏付けとなる現金(銀行預金)あるいは国債を準備資産として保有することが義務付けられる(コラム「米国で進むステーブルコインの規制整備(1):法案の概要とステーブルコインを巡る競争」、2025年6月27日)。
ドル建てのステーブルコインの発行が拡大すれば、それに応じて米国債への需要も高まることになる。トランプ政権下での財政赤字拡大懸念などから、足もとでは金利上昇傾向が見られているが、米国債への需要が高まれば、長期金利上昇リスクを低下させることができ、経済の安定にも寄与する。
GENIUS法では、ステーブルコインの発行者は、その裏付けとなる現金(銀行預金)あるいは国債を準備資産として保有することが義務付けられる(コラム「米国で進むステーブルコインの規制整備(1):法案の概要とステーブルコインを巡る競争」、2025年6月27日)。
ドル建てのステーブルコインの発行が拡大すれば、それに応じて米国債への需要も高まることになる。トランプ政権下での財政赤字拡大懸念などから、足もとでは金利上昇傾向が見られているが、米国債への需要が高まれば、長期金利上昇リスクを低下させることができ、経済の安定にも寄与する。
基軸通貨としてのドルの地位を維持し、世界のドル覇権を固定化させるための秘策
さらに、ドル建てのステーブルコインが海外で発行されれば、発行者はドル建ての銀行預金か米国債を購入し、準備資産として保有することになる。その結果、海外資金の米国への流入が後押しされ、ドルの安定や基軸通貨としてのドルの地位の維持に貢献することも考えられる。
ステーブルコインはトランプ政権にとっては、基軸通貨としてのドルの地位を維持し、世界のドル覇権を固定化させるための秘策でもある。迅速性やコストの面などで現在の銀行送金を通じた国際資金決済と比べてユーザーの利便性は高い。それゆえ、ドル建てステーブルコイン利用が国際決済で広がり、事実上の基軸通貨としてのドルの地位が支えられる可能性がある。
さらに、海外でドル建てステーブルコインの発行が拡大すれば、準備資産としての米国債やドル建て銀行預金の保有が増え、ドル需要の高まりがドルの価値の安定にも貢献するのである。
ステーブルコインはトランプ政権にとっては、基軸通貨としてのドルの地位を維持し、世界のドル覇権を固定化させるための秘策でもある。迅速性やコストの面などで現在の銀行送金を通じた国際資金決済と比べてユーザーの利便性は高い。それゆえ、ドル建てステーブルコイン利用が国際決済で広がり、事実上の基軸通貨としてのドルの地位が支えられる可能性がある。
さらに、海外でドル建てステーブルコインの発行が拡大すれば、準備資産としての米国債やドル建て銀行預金の保有が増え、ドル需要の高まりがドルの価値の安定にも貢献するのである。
リブラ計画の教訓は生かされるか
ただし、国際決済でのステーブルコインの利用拡大を目指すことは、2019年にフェイスブック(現メタ)などが発表した主要通貨に連動させたグローバルステーブルコイン「リブラ」計画と共通している点に注目する必要があるだろう。
米国を含め世界の金融当局は、フェイスブック(現メタ)などに圧力をかけ、事実上、同計画を潰したのである。その理由は、リブラが、マネーロンダリング(資金洗浄)などの犯罪に使われやすいことや、国際的な資金の流れを不安定にさせること、金融システムを不安定にさせること、金融政策の効果を低下させること等が懸念されたためだ。
そうした課題を解決しつつ、利便性の高い資金決済手段を提供することも視野に入れて、その後主要国では、中央銀行が発行するデジタル形式の法定通貨である中銀デジタル通貨(CBDC)の発行に向けた議論が進んだ。CBDCは、当初は各国国内で利用されて現金を代替することが想定されるが、その後には国際決済での利用も視野に入る。
ところが米国はCBDCの創設に否定的であり、それを代替するものとして民間が発行するドル建てのステーブルコインの発行拡大を目指しているのである。こうした姿勢は他国でのCBDCの発行議論にも影響を与えるだろう。
GENIUS法案では、マネーロンダリングなどの対策に関して、発行者は金融犯罪防止を目指した「銀行秘密法」の適用を受け、取引の記録保持や疑わしい活動の監視・報告を求められる。
しかし民間が発行するステーブルコインで、こうしたマネーロンダリングなどの問題を生じさせないように政府、金融当局が銀行決済以上に十分に監督できるかは不確実だろう。
米国を含め世界の金融当局は、フェイスブック(現メタ)などに圧力をかけ、事実上、同計画を潰したのである。その理由は、リブラが、マネーロンダリング(資金洗浄)などの犯罪に使われやすいことや、国際的な資金の流れを不安定にさせること、金融システムを不安定にさせること、金融政策の効果を低下させること等が懸念されたためだ。
そうした課題を解決しつつ、利便性の高い資金決済手段を提供することも視野に入れて、その後主要国では、中央銀行が発行するデジタル形式の法定通貨である中銀デジタル通貨(CBDC)の発行に向けた議論が進んだ。CBDCは、当初は各国国内で利用されて現金を代替することが想定されるが、その後には国際決済での利用も視野に入る。
ところが米国はCBDCの創設に否定的であり、それを代替するものとして民間が発行するドル建てのステーブルコインの発行拡大を目指しているのである。こうした姿勢は他国でのCBDCの発行議論にも影響を与えるだろう。
GENIUS法案では、マネーロンダリングなどの対策に関して、発行者は金融犯罪防止を目指した「銀行秘密法」の適用を受け、取引の記録保持や疑わしい活動の監視・報告を求められる。
しかし民間が発行するステーブルコインで、こうしたマネーロンダリングなどの問題を生じさせないように政府、金融当局が銀行決済以上に十分に監督できるかは不確実だろう。
ステーブルコインがドル覇権を弱める結果となる可能性はないか
現状では国際銀行間通信協会(SWIFT)とコルレス銀行の米銀を通じて行われているドル決済が国際資金決済の主流である。それらを通じて米国は世界の資金の流れを把握し、それを外交・安全保障政策にも利用している。
SWIFTから相手国の主要銀行を除外することで貿易決済をできなくし、経済制裁の実効性を高める、いわゆる「SWIFT制裁」も、米国の安全保障政策の重要な一部となっている。近年ではイランやロシアに対して、SWIFT制裁を行った。
このような米国主導の銀行決済システムが、より匿名性が高いステーブルコインによる決済に置き換わっていく場合、米国が入手できる世界の資金の流れに関する情報は減り、経済制裁の実効性が低下するなど、安全保障上の米国の優位を低下させることにならないだろうか。安全保障上の地位低下は、事実上の基軸通貨としてのドルの地位、ドル覇権の低下にもつながりかねない。
トランプ政権は、ステーブルコインを世界のドル覇権、事実上の基軸通貨としてのドルの地位を維持するための秘策として打ち出そうとしているように見える。しかし実際には、リブラ計画で指摘されたような様々な問題を自ら引き起こすことになってしまうリスクや、ドル覇権の維持に必ずしもつながらない可能性もあるのではないか。
(参考資料)
「米上院、暗号資産規制法案を可決=「ステーブルコイン」普及見据え」、2025年6月18日、時事通信ニュース
「ステーブルコイン法案は米国債・ドルの需要促進=ベセント財務長官」、2025年6月11日、ロイター通信ニュース
「仮想通貨もドル覇権狙う 米政権、ステーブルコインで新法 連動コイン2兆ドル創出へ」、2025年6月17日、日本経済新聞
「米上院、画期的なステーブルコイン規制法案を可決…すべての投資家が知っておくべき5つのこと」、2025年6月20日、Business Insider Japan
SWIFTから相手国の主要銀行を除外することで貿易決済をできなくし、経済制裁の実効性を高める、いわゆる「SWIFT制裁」も、米国の安全保障政策の重要な一部となっている。近年ではイランやロシアに対して、SWIFT制裁を行った。
このような米国主導の銀行決済システムが、より匿名性が高いステーブルコインによる決済に置き換わっていく場合、米国が入手できる世界の資金の流れに関する情報は減り、経済制裁の実効性が低下するなど、安全保障上の米国の優位を低下させることにならないだろうか。安全保障上の地位低下は、事実上の基軸通貨としてのドルの地位、ドル覇権の低下にもつながりかねない。
トランプ政権は、ステーブルコインを世界のドル覇権、事実上の基軸通貨としてのドルの地位を維持するための秘策として打ち出そうとしているように見える。しかし実際には、リブラ計画で指摘されたような様々な問題を自ら引き起こすことになってしまうリスクや、ドル覇権の維持に必ずしもつながらない可能性もあるのではないか。
(参考資料)
「米上院、暗号資産規制法案を可決=「ステーブルコイン」普及見据え」、2025年6月18日、時事通信ニュース
「ステーブルコイン法案は米国債・ドルの需要促進=ベセント財務長官」、2025年6月11日、ロイター通信ニュース
「仮想通貨もドル覇権狙う 米政権、ステーブルコインで新法 連動コイン2兆ドル創出へ」、2025年6月17日、日本経済新聞
「米上院、画期的なステーブルコイン規制法案を可決…すべての投資家が知っておくべき5つのこと」、2025年6月20日、Business Insider Japan
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。