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CBDCとステーブルコインとの間での選択

米議会では、ドルなどの法定通貨や商品(コモディティ)と価値が連動するように設計された暗号資産(仮想通貨)「ステーブルコイン」の規制整備に関するGENIUS法案が上下両院で可決され、7月18日にトランプ大統領が署名して成立した(コラム「米国で進むステーブルコインの規制整備(3):GENIUS法が成立:ドル覇権の維持を狙うトランプ政権」、2025年7月23日)。
 
一方米議会では、米連邦準備制度理事会(FRB)による中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行を制限する反CBDC監視国家法案が審議されている。デジタル通貨での資金決済は、迅速さとコストの低さから、利用者の利便性を高めることになる。その際に、民間のデジタル通貨を推進するのか、公的な、つまり法定デジタル通貨を発行するのか、という選択が生まれる。トランプ政権は、CBDCではなく民間発行のステーブルコインによるデジタル通貨決済の推進を選択したことになる。

ステーブルコインのメリット・デメリット

CBDCと比べてステーブルコインには、新たに巨額の公的資金を投じてシステムを構築する必要がなく、また、民間のイノベーションを阻害せずにそれを引き出すことができるというメリットがある。
 
他方で、CBDCのように中央で管理する仕組みがないことが、システムの頑健性が十分に高くなく、さらにマネーロンダリングなど犯罪に利用されるリスクを相対的に高める、というデメリットがあると考えられる。

各国がCBDC構想を見直す動きに発展も

中国、欧州、日本などは、こうした民間デジタル通貨のデメリットに配慮して、法定デジタル通貨のCBDCを発行する方向にある。しかし、米国がCBDCではなくステーブルコインを選択したことは、こうした国でのCBDC発行計画を見直すきっかけになる可能性がある。
 
各国は、CBDCを国内で利用することを主に想定しているが、将来的には各国のCBDCを用いて国際決済を行うことも視野に入れてきた。しかし、国際決済で、ドル建てのステーブルコインが標準になっていけば、そうした計画も修正が必要になる。

中国はデジタル人民元構想を維持しつつも人民元建てステーブルコインを発行か

主要国の中でCBDCの正式発行に最も近いのは中国だ。中国は中国のCBDCであるデジタル人民元を国内だけなく国際決済にも利用することで、人民元の国際化を進め、ドル覇権に挑戦することを狙っていると考えられる。米国によるステーブルコインの推進は、そうした構想にとって脅威となりえる。
 
そこで、CBDCは維持しつつも、香港を舞台にして人民元建てステーブルコインの発行を進め、ドル建てステーブルコインに対抗する狙いがあるのではないか(コラム「米国で進むステーブルコインの規制整備(6):香港もステーブルコイン解禁でドルに対抗」、2025年8月13日)。

ナイジェリアのCBDC計画の失敗

日本を含め、CBDC構想を進めている国にとって、米国がCBDCではなくステーブルコインの利用に舵を切ったことで想起されるのは、ナイジェリアのCBDC計画の失敗だ。
 
ナイジェリアは2021年にCBDC「e-naira (イーナイラ)」を発行したが、国民には受け入れられなかった。その代わりに国民が利用したのはドル連動の民間発行のステーブルコインだった。これは、通貨の信頼性が極めて低い国で起こった特殊な事例であり、同様なことが日本や欧州、中国などの国内で起こることは考えられない。
 
しかし、国内での利用ではなく国際決済については、ドルのステーブルコインの利用が広がるなか、各国のCBDCを利用した決済の仕組みが上手くいかない可能性を意識させるものとなったのではないか。
 
米国が国際決済での利用拡大を視野に入れて、ドル建てのステーブルコインの推進に舵を切ったことは、日本を含め、CBDC構想に影を投げかけている。
 
(参考資料)
「中国、香港ステーブルコイン解禁で富裕層繫ぎ止め」、2025年8月1日、NIKKEI Financial
「ステーブルコイン容認か別技術導入か 悩む各国中銀」、2025年7月22日、NIKKEI FT the World

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。