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悪い物価上昇と一時的なインバウンド需要鈍化の影響(年率-0.4%程度)

内閣府は8月15日に、2025年4-6月期GDP統計(1次速報値)を発表した。4-6月期の実質GDPは前期比+0.3%(前期比年率+1.0%)と1-3月期の+0.1%を上回った。またこれは、事前予想の平均値の前期比+0.1%(前期比年率+0.3%)程度を上回っている。
 
しかし、前期と均してみると経済活動は引き続き低調、と判断できる。実質個人消費は前期比+0.2%と低めの成長率が続く。需要側ではなく供給側の要因によって引き起こされた、いわゆる「悪い物価上昇」が、実質賃金の減少を通じて個人消費を圧迫する状況が続く。また、物価高の影響で実質雇用者報酬は前年同期比+1.3%と鈍化傾向が続いている(持ち家帰属家賃を除く個人消費デフレータで算出すると同+0.6%)。
 
4-6月期は在庫投資のマイナス寄与の影響などから実質内需は前期比—0.1%と減少するなか、実質GDPがプラス成長となったのは、実質外需(輸出-輸入)の上振れによる。実質輸出が前期比+2.0%と高めの増加率となり、関税の影響がまだ大きく顕在化していないことを示唆した。
 
他方、輸出には外国人旅行者の国内消費、いわゆるインバウンド消費も含まれる。4-6月期には、自然災害への警戒から訪日を控える動きが香港を中心に見られていることが、一時的にインバウンド需要を鈍化させている。秋にかけて、その影響から名目GDPは5,600億円減少すると見込む(コラム「堅調なインバウンド需要に水を差す科学的根拠のない7月の大規模自然災害の憶測:5,600億円規模の経済損失試算も」、2025年5月29日)。
 
その影響から、4-6月期の実質GDPは前期比年率-0.4%程度押し下げられたと試算する。押し下げ幅は7-9月期には同-0.5%程度に拡大すると予想される。

関税の影響は中小・零細企業を起点に広がりつつある

今後の国内経済を左右する最大の要因は、関税がもたらす直接的、間接的な影響だ。現時点で、関税が輸出に与える直接的な影響はまだ顕著にはみられないが、大手輸出企業のサプライヤーである中小・零細企業では、大手輸出企業がこの先国内での生産調整を行うことを見越した動きが既にみられている。
 
日本銀行が7月に公表した6月短観では、自動車、鉄鋼、非鉄など関税の影響を受けやすい業種で、大企業よりも中堅・中小企業での景況感の下振れが目立った。また、労働市場の逼迫傾向が一巡している。大手輸出企業のサプライヤーである中小・零細企業で、新規雇用を見合わせる動きが広がっていることが予想される。
 
また、春闘のべースアップが前年を上回る中、毎月勤労統計で所定内賃金の前年同月比上昇率は5月、6月と前年水準を下回っている。これは、春闘の対象とはならない中小・零細企業が関税の影響を予想して賃金の抑制に動いている可能性を示唆しているのではないか。
 
このように、関税の影響は大手輸出企業のサプライヤーである中小・零細企業の雇用・賃金の抑制から始まり、それが個人消費への悪影響を通じて経済全体へと徐々に波及するという経路を辿っていることが見込まれる。
 
その後に、関税の影響で輸出が下振れ、本格的な経済への影響が生じるだろう。関税の影響は、7-9月期から本格化していくとみたい。

関税による2025年度成長率への影響は直接効果で-0.53%、間接効果も含め-0.66%

トランプ関税が日本の実質GDPに1年間程度で与える影響は、4月以降は-0.47%(相互関税10%、自動車関税25%など)、8月7日の新たな相互関税15%の適用後は-0.60%と試算される。今後、日米合意に基づいて自動車関税が25%から15%に引き下げられれば影響は-0.55%となる。
 
自動車関税率の引き下げが9月中旬になるとの前提で計算すると、関税が2025年度の実質GDP(成長率)に与える押し下げ効果は-0.53%となる。
 
さらに、関税による海外経済の悪化を通じた間接的効果で、日本の実質GDPは-0.40%押し下げられると試算されるが(コラム「トランプ大統領が新相互関税の大統領令に署名:日本への15%の相互関税は8月7日に発効も15%の自動車関税の発効時期は不明」、2025年8月1日)、これは3年間の効果であり、1年間ではその3分の1である-0.13%と考える。これら関税の直接効果と間接効果を合計すると、2025年度の日本の実質GDP(成長率)の押し下げ効果は-0.66%となる。

2025年度の成長率はゼロ近傍か:米国経済に注目

関税の影響を考慮しない場合、2025年度の実質GDP成長率は前年度の+0.8%をやや下回る+0.6%程度と予想されるが、これに上記の関税の影響を反映させると、2025年度の実質GDP成長率は-0.1%と小幅なマイナス成長になる。これが現時点での筆者のGDP成長率の予想値となる。また、関税の影響により、来年にかけて日本経済が緩やかな景気後退に陥る可能性は50%程度とみる。
 
以上は、米国経済が今後減速するが景気後退には陥らず、グロースリセッションにとどまることを前提にした日本経済の見通しだ。仮に米国経済が景気後退に陥れば、日本もより本格的な景気後退に陥る可能性が高まるだろう。日本経済の先行きを大きく左右するのは、関税の日本経済への直接的な影響よりも、米国民の負担となるトランプ関税を契機に、米国経済がどの程度減速するかであろう。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。