SCOは中国版のブレトンウッズ体制か
中国の天津市で上海協力機構(SCO)が開かれた。SCOは中国とロシアが中核となり、その他中央アジアの諸国など10か国からなる枠組みだ。大国のインドもこのSCOに加盟しており、今後グローバルサウスを取り込んで、米国が主導する政治・経済の世界秩序に対抗していく枠組みへと発展する潜在力がある。
中国の習近平国家主席は9月1日に、年内にSCO加盟国に対して20億元の無償支援を行い、また今後3年間でSCO銀行連合に100億元の融資を行うなど、加盟国への支援を約束した。これらの施策を通じて、さらなる加盟国の増加を狙っている面もあるのではないか。
さらに習近平国家主席は、SCO開発銀行を早期に創設するとした。これは、「米国第1主義」を掲げて新興国支援を後退させているトランプ政権に対抗して、新興国のインフラ投資を中国が主導して進め、さらに、人民元通貨圏を拡大させていく狙いがあるのではないか。
トランプ政権は、米国が主導する戦後の自由貿易制度や事実上のドルを基軸通貨とする通貨制度などの起点となったブレトンウッズ体制を、大きく見直す考えを示している。SCOは中国版のブレトンウッズ体制を模索する枠組みと言えるかもしれない。
国際通貨基金(IMF)の2025年見通しに基づいてSCOの10の加盟国の名目GDP(ドル建て)を合計すると24.5兆ドルとなる。これは世界全体の名目GDP(ドル建て)113.2兆ドルの21.6%である。
この世界のGDPの2割強の規模を持つ地域を起点に、中国は米国のドル覇権に対抗して、中国人民元通貨圏を発展させていく狙いがあるのではないか。人民元建て国際銀行決済システム(CIPS)の活用に加えて、デジタル人民元とも呼ばれる中国の中銀デジタル通貨(CBDC)を武器に、SCO加盟国など新興国との経済関係を強化し、ドルから人民元に国際決済を変えていくことを目指すだろう。
また、米国がドル建てステーブルコインでの国際決済拡大を目指し、ドル覇権を意識しようとしているのに対抗し、香港でステーブルコインの発行を認める法律を成立させた(コラム「米国で進むステーブルコインの規制整備(6):香港もステーブルコイン解禁でドルに対抗」、2025年8月13日、「米国で進むステーブルコインの規制整備(9):経済・金融市場、金融政策に与える影響に懸念」、2025年8月28日)。
中国の習近平国家主席は9月1日に、年内にSCO加盟国に対して20億元の無償支援を行い、また今後3年間でSCO銀行連合に100億元の融資を行うなど、加盟国への支援を約束した。これらの施策を通じて、さらなる加盟国の増加を狙っている面もあるのではないか。
さらに習近平国家主席は、SCO開発銀行を早期に創設するとした。これは、「米国第1主義」を掲げて新興国支援を後退させているトランプ政権に対抗して、新興国のインフラ投資を中国が主導して進め、さらに、人民元通貨圏を拡大させていく狙いがあるのではないか。
トランプ政権は、米国が主導する戦後の自由貿易制度や事実上のドルを基軸通貨とする通貨制度などの起点となったブレトンウッズ体制を、大きく見直す考えを示している。SCOは中国版のブレトンウッズ体制を模索する枠組みと言えるかもしれない。
国際通貨基金(IMF)の2025年見通しに基づいてSCOの10の加盟国の名目GDP(ドル建て)を合計すると24.5兆ドルとなる。これは世界全体の名目GDP(ドル建て)113.2兆ドルの21.6%である。
この世界のGDPの2割強の規模を持つ地域を起点に、中国は米国のドル覇権に対抗して、中国人民元通貨圏を発展させていく狙いがあるのではないか。人民元建て国際銀行決済システム(CIPS)の活用に加えて、デジタル人民元とも呼ばれる中国の中銀デジタル通貨(CBDC)を武器に、SCO加盟国など新興国との経済関係を強化し、ドルから人民元に国際決済を変えていくことを目指すだろう。
また、米国がドル建てステーブルコインでの国際決済拡大を目指し、ドル覇権を意識しようとしているのに対抗し、香港でステーブルコインの発行を認める法律を成立させた(コラム「米国で進むステーブルコインの規制整備(6):香港もステーブルコイン解禁でドルに対抗」、2025年8月13日、「米国で進むステーブルコインの規制整備(9):経済・金融市場、金融政策に与える影響に懸念」、2025年8月28日)。
遅れる人民元の国際化
中国は、世界で人民元の利用を拡大させる「人民元の国際化」を強く目指している。人民元建てで輸出入ができれば、中国企業は外貨を調達する必要がなくなる上、為替変動リスクも負わなくて済むようになる。さらに、米国のように事実上の基軸通貨国の地位を獲得できれば、海外への支払いの多くを自国通貨で済ますことができるため、借金返済に行き詰まってデフォルト(返済不能)に陥るリスクも相当低下する。
国際銀行間金融通信協会(SWIFT)が発表した2025年2月時点での世界の決済通貨ランキングによると、中国人民元の決済額構成比は4.3%で世界第4位だった。決済額構成比は1位のドルの49.0%の約10分の1であり、経済規模で世界第2位の中国が、決済通貨ではドルに大きく後れをとっている状況だ。
人民元の国際化を阻んでいる大きな要因の一つは、中国は、国際的な金融取引でなお多くの資本規制を残していることだ。為替レートは完全に市場で決まるのではなく、中央銀行の中国人民銀行が市場に介入する「管理変動相場制」が採用されている。政府の政策によって為替取引が制限され、また為替レートが操作されることが、人民元の信頼性を損ねている面がある。
国際銀行間金融通信協会(SWIFT)が発表した2025年2月時点での世界の決済通貨ランキングによると、中国人民元の決済額構成比は4.3%で世界第4位だった。決済額構成比は1位のドルの49.0%の約10分の1であり、経済規模で世界第2位の中国が、決済通貨ではドルに大きく後れをとっている状況だ。
人民元の国際化を阻んでいる大きな要因の一つは、中国は、国際的な金融取引でなお多くの資本規制を残していることだ。為替レートは完全に市場で決まるのではなく、中央銀行の中国人民銀行が市場に介入する「管理変動相場制」が採用されている。政府の政策によって為替取引が制限され、また為替レートが操作されることが、人民元の信頼性を損ねている面がある。
人民元の国際化を進める中国は異なる土俵で米国と戦う
近い将来、人民元がドルの地位を脅かし、世界の基軸通貨になると考える向きは、現時点ではかなり少数派だ。しかし、非常に使い勝手の良いCBDCの「デジタル人民元」が正式に発行されることで、それが起爆剤となって、人民元の利用が新興国の間で急速に広まっていくことが考えられるのではないか。
米中対立を契機に先進国市場から一部締め出されつつある中国は、SCOや一帯一路国との間で貿易関係を強めている。そうした地域や他のグローバルサウスの国々との間では、今後、輸出入の契約・決済に人民元の利用が広がっていくだろう。
さらに、そうした国々との間で政治上、安全保障上のブロックを形成していく場合には、人民元の利用を半ば強制していくことも考えられるのではないか。その場合、資本規制が存在しても、人民元の国際化を妨げないだろう。中国を盟主とした連合体として、中国経済圏、人民元通貨圏が形成されていくのである。
先進国市場で人民元がドルの地位を脅かすことはなくても、グローバルサウスを含む新興国を中心に人民元の利用は広まっていく結果、世界全体で見れば、人民元の利用が急速に拡大していく。
このように、中国は先進国市場ではなく、新興国市場で人民元の利用を拡大させ、人民元の国際化を進めていく狙いがあるのではないか。いわば、「米国とは異なる土俵」の上で、ドルと競争するのである。
米中対立を契機に先進国市場から一部締め出されつつある中国は、SCOや一帯一路国との間で貿易関係を強めている。そうした地域や他のグローバルサウスの国々との間では、今後、輸出入の契約・決済に人民元の利用が広がっていくだろう。
さらに、そうした国々との間で政治上、安全保障上のブロックを形成していく場合には、人民元の利用を半ば強制していくことも考えられるのではないか。その場合、資本規制が存在しても、人民元の国際化を妨げないだろう。中国を盟主とした連合体として、中国経済圏、人民元通貨圏が形成されていくのである。
先進国市場で人民元がドルの地位を脅かすことはなくても、グローバルサウスを含む新興国を中心に人民元の利用は広まっていく結果、世界全体で見れば、人民元の利用が急速に拡大していく。
このように、中国は先進国市場ではなく、新興国市場で人民元の利用を拡大させ、人民元の国際化を進めていく狙いがあるのではないか。いわば、「米国とは異なる土俵」の上で、ドルと競争するのである。
CIPSとデジタル人民元が両輪に
このように、人民元がドルに取って代わるのではなく、ドルと人民元がそれぞれ異なる地域で、主要な国際通貨として併存していく世界が、将来的には展望できる。
新たな経済圏・貿易圏の形成と一体となって、人民元の海外での利用を促し、中国のCIPSが人民元決済を担っていくというのが、中国が米国の国際金融覇権を脱するための第一歩だろう。CIPSを使った人民元建ての国際決済は、2022年のウクライナ侵攻を受けてロシアの主要銀行がSWIFTから排除された後、中ロ間貿易の資金決済を中心に大幅に増加したとみられる。2021年の年間決済総額が約70兆人民元と推定されたのに対して、2024年の年間決済総額は175兆人民元と約2.5倍に急拡大した。
自国に敵対する国に対して、米国はその国の銀行をSWIFTから排除することで経済制裁の実効性を高めてきた。イランもその一つであるが、今回米国から直接攻撃を受けたことで、国際資金決済の面では一段と中国のCIPSへの依存度を高め、ドル離れを進めるだろう。米国に敵対する他の国々も同調すれば、それはドル離れを加速させ、人民元の国際化を後押しすることになるだろう。
さらに人民元の国際化を進め、米国の国際金融覇権を本格的に脱するための重要な手段と中国が位置付ける、いわゆる奥の手がデジタル人民元を国際決済で使っていくことなのではないか。CIPSとデジタル人民元が両輪となって、中国が米国金融覇権に挑戦していくうえで重要な柱をなしていく。
新たな経済圏・貿易圏の形成と一体となって、人民元の海外での利用を促し、中国のCIPSが人民元決済を担っていくというのが、中国が米国の国際金融覇権を脱するための第一歩だろう。CIPSを使った人民元建ての国際決済は、2022年のウクライナ侵攻を受けてロシアの主要銀行がSWIFTから排除された後、中ロ間貿易の資金決済を中心に大幅に増加したとみられる。2021年の年間決済総額が約70兆人民元と推定されたのに対して、2024年の年間決済総額は175兆人民元と約2.5倍に急拡大した。
自国に敵対する国に対して、米国はその国の銀行をSWIFTから排除することで経済制裁の実効性を高めてきた。イランもその一つであるが、今回米国から直接攻撃を受けたことで、国際資金決済の面では一段と中国のCIPSへの依存度を高め、ドル離れを進めるだろう。米国に敵対する他の国々も同調すれば、それはドル離れを加速させ、人民元の国際化を後押しすることになるだろう。
さらに人民元の国際化を進め、米国の国際金融覇権を本格的に脱するための重要な手段と中国が位置付ける、いわゆる奥の手がデジタル人民元を国際決済で使っていくことなのではないか。CIPSとデジタル人民元が両輪となって、中国が米国金融覇権に挑戦していくうえで重要な柱をなしていく。
変わるドルと人民元の勢力図
IMFの推定では、2025年時点で米国の名目GDPは世界の26.9%を占めた。その米国の通貨ドルが、世界の中では事実上の基軸通貨となり、貿易その他の国際決済で支配的な役割を果たしているのが現状だ。2025年2月時点では、世界の決済通貨でドルの構成比は49.0%である。経済規模(GDP)では世界の26.9%を占める米国の通貨ドルが、外国為替市場ではその1.82倍の構成比となっている。
将来的に、SCO加盟国の国際決済が中国人民元にすべて変わると仮定すると、中国人民元による国際決済の比率は現時点での4%程度から20%程度にまで拡大することになる。実際には加盟国内でのすべての国際決済が人民元建てにはならないだろうが、SCO加盟国自体が今後増えていけば、中国人民元による国際決済の比率が、将来、2割程度にまで高まる可能性もあるのではないか。
実際に、このような大きな変化が起こるまでにはかなりの時間を要するだろうが、デジタル人民元がSCO加盟国を中心に新興国に広がることで、人民元の国際化が着実に進んでいけば、ドルと人民元の現在の勢力図には大きな変化が生じることになるだろう。
(参考資料)
「人民元経済圏、拡大狙う」、2025年9月2日、日本経済新聞
「非ドル決済網模索」、2025年9月2日、日本経済新聞
将来的に、SCO加盟国の国際決済が中国人民元にすべて変わると仮定すると、中国人民元による国際決済の比率は現時点での4%程度から20%程度にまで拡大することになる。実際には加盟国内でのすべての国際決済が人民元建てにはならないだろうが、SCO加盟国自体が今後増えていけば、中国人民元による国際決済の比率が、将来、2割程度にまで高まる可能性もあるのではないか。
実際に、このような大きな変化が起こるまでにはかなりの時間を要するだろうが、デジタル人民元がSCO加盟国を中心に新興国に広がることで、人民元の国際化が着実に進んでいけば、ドルと人民元の現在の勢力図には大きな変化が生じることになるだろう。
(参考資料)
「人民元経済圏、拡大狙う」、2025年9月2日、日本経済新聞
「非ドル決済網模索」、2025年9月2日、日本経済新聞
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。