トランプ政権は黄金株保有を背景にUSスチールの工場閉鎖阻止に動く
計画を知ったラトニック米商務長官は、トランプ政権は工場の稼働停止を許さず、大統領が黄金株の権限を発動する準備がある、と伝えたという。
黄金株を一株保有するだけで、株主は経営の重要事項について拒否権を持つことができる。日本製鉄がUSスチールを買収する際に、買収に慎重な姿勢であったトランプ政権は、それを承認する条件として日本製鉄と「国家安全保障協定」を締結した。その中に、トランプ政権が黄金株を保有することが盛り込まれていた。社名変更や生産・雇用の米国外への移転、既存の製造拠点の閉鎖・休止について、米政府は拒否権を行使できる取り決めとされた。
黄金株は、USスチール買収によって雇用が失われるとの労働者の懸念や、日本企業に米国の老舗企業を買収されることへの国民の抵抗感を和らげるための形式的な枠組みとの見方も、当時はあった。
しかし今回の措置は、トランプ政権による黄金株保有が、形式的なものにとどまらず、実効性を持つことを早くも示すものとなった。
対米投資の妨げに
このような、トランプ政権の強権的な企業活動への介入は、海外から米国企業買収の障害になる。買収後の経営の自由度が制限されるのであれば、買収のメリットは低下し、リスクが高まるはずだ。
日本は日米関税合意の一環で、5500億ドルの対米投資を決めたが、トランプ政権による今回のUSスチールの工場の稼働停止阻止は、政権の介入のリスクを警戒して、日本企業の対米投資もより慎重にさせるだろう。
トランプ政権は国家資本主義的傾向を強める
足もとでは、今回の件以外にも、トランプ政権による企業活動への介入が目立っている。関税による保護貿易主義、政府によるインテル株の10%取得、エヌビディアの半導体の対中輸出額の15%取得、トランプ政権が主導する日本の5500億ドルの対米投資スキームなどが挙げられる。トランプ政権が中国などの国家資本主義に近づいているとの指摘もある(コラム「トランプ政権が企業への介入を進め国家資本主義の色彩を強める」、2025年8月15日、「トランプ政権のインテル株10%取得と国家資本主義への接近」、2025年9月2日)。しかしそれは、市場メカニズムを支持する伝統的な共和党の考え方と相容れないものであり、今後、共和党議員からの反発が強まる可能性もあるだろう。
政府による企業への過剰な介入や保護主義政策は、米国ビジネスのリスクを高めることになり、世界的に米国市場を敬遠する動きを高めやすい。さらに、米国の製造業の競争力向上の妨げとなり、その凋落傾向に一層拍車をかける恐れがあるのではないか。
(参考資料)
「USスチール工場停止、阻止 米政権が介入、「黄金株」背景に」、2025年9月21日、朝日新聞
「日鉄の出ばなくじく黄金株 米政府、USスチール工場停止阻止 現地と意思疎通が課題」、2025年9月21日、日本経済新聞
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。