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歴代政権はアベノミクスの総括を避けてきた

高市総裁は、安倍前政権が掲げた経済政策「アベノミクス」の継承者とされている。ただし、アベノミクスが打ち出された当時はデフレ傾向にあったことなど、経済環境は今や当時から大きく変化している。さらにアベノミクスは、当初想定された効果を生まず、多くの弊害を生じさせたと考えられる。そうした政策を単純に継承することには問題があるだろう。
 
安倍政権以降の3つの政権は、アベノミクスをそのまま継承することはなかった。日本銀行に対する介入は控え、積極財政色も後退した。しかし、それらの政権は、アベノミクスの総括を行うことを避けてきた。総括し、その問題点を指摘すれば、アベノミクスを支持する自民党内の保守派から強い反発が起こり、政策運営に支障が生じることを懸念したためだろう。
 
石破首相は2024年の自民党総裁選で、「アベノミクスからの軌道修正を図らなければならない」「経済危機時には有効だったアベノミクスには弊害が大きいと考えている」などと発言し、アベノミクスを見直す考えを表明した。しかし石破政権は、実際にはアベノミクスの見直しや、その前段階である総括を実施しないまま、終わりを迎えようとしている。
 
今後の適切な経済政策を考える上では、アベノミクスの功罪を整理し、総括することが欠かせないのではないか。保守派の代表格の一人である高市氏なら、保守派の強い反発を抑えつつ、アベノミクスの総括を行うことが、むしろ可能だと考えられる。また、それは保守派の責任でもあるだろう。

アベノミクスが見誤った物価高の効果

例えば、安倍元首相が主張した、「日本銀行の積極的な金融緩和でデフレ克服を図る」、という考え方は、現状では大きな弊害をもたらしているように思える。異例な金融緩和が長く続く中、それは経済に好影響よりも悪影響を及ぼしている。異例な金融緩和は急速な円安をもたらし、物価高騰を生じさせ、国民生活を圧迫している。
 
当時は「物価上昇率が高まれば、個人が消費を前倒しで行うため、経済成長率は高まる」との主張が広く支持されていたが、現在、物価高が生じているが、個人消費は改善するどころか、むしろ低迷している。
 
日本銀行の異例の金融緩和で物価上昇率さえ高めれば、日本経済は容易にデフレから脱却し、国民生活は大きく改善する、とのアベノミクスの主張は誤りだったのである。そうした主張は俗説でしかなかった。

アベノミクスが残した負の遺産

この点をまず総括しないと、より適切な経済政策が選択されるようにはならないのではないか。
 
また、アベノミクスの主張のもとで、政府が日本銀行の金融政策に関与することを容認する風潮や、財政健全化をおろそかにし、積極財政政策を支持する風潮が強まったことも大きな弊害だろう。
 
現在、国民生活を圧迫する物価高の大きな原因は円安進行であり、それは、異例の金融緩和と積極財政による財政環境の大幅悪化というアベノミクスがもたらした大きな負の遺産と考えられる(コラム「日本銀行への政治介入は強まるか:高市トレードで進む円安は物価高を助長し国民生活を圧迫」、2025年10月8日)。
 
こうした点を踏まえると、高市氏が「アベノミクスの総括」をしっかりと行うことは非常に重要なことだ。

供給力を強化する成長戦略の推進を

高市総裁には、大きな弊害を生んでいるアベノミクスの第1の矢である積極金融緩和、第2の矢である積極財政を継承することなく、当初から本丸と位置付けられていた第3の矢である構造改革、成長戦略を強く推進して欲しい(コラム、「高市氏が自民党新総裁に選出:予想される経済政策、野党との連携、金融市場の反応と望まれる経済政策」、2025年10月6日)。
 
石破政権はその発足時に、岸田政権の経済政策を引き継ぐと宣言した。実際、物価上昇を上回る賃上げの定着を目指す方針などは、岸田政権の政策を引き継いだものと言える。しかし、岸田政権が着手した成長戦略のほとんどについては、石破政権は引き継いだとは言えないだろう。ライフワークとも言える地方創生策について、石破首相は「地方創生2.0」を打ち出したものの、目立った成果を上げているとは言い難い。
 
日本経済の再生を目指す経済政策は、常に安易な方向に流れやすい。近年では、日本銀行の異例の金融緩和、積極財政政策、消費税減税などがその代表だろう。このような短期的に需要に働きかける政策では、日本経済が成長軌道に復し、国民生活が持続的に改善して、国民が将来に明るい展望を持てるようにはならない。
 
実質賃金の持続的な上昇には労働生産性向上が必要であり、それは金融緩和、財政出動、減税といった一時的に需要を押し上げるような政策では実現できない。
 
労働生産性向上には、企業の設備投資の拡大が必要であり、またそのためには、将来に向けた成長期待の上昇が欠かせない。それに寄与するのが、少子化対策、外国人材活用、東京一極集中是正、インバウンド戦略などの政府の経済政策だ。さらに、労働市場改革を通じて成長産業に労働力を移動させることも、生産性及び成長率を向上させる。
 
これらの施策が本格的に効果を発揮するまでには時間を要するが、政府が信頼される有効な成長戦略を打ち出すことができれば、企業の先行きの成長期待は高まり、設備投資を積極化させるだろう。その結果、生産性、成長率向上の効果が前倒しで得られることも期待される。
 
アベノミクスで謳われた金融緩和、積極財政は比較的容易に実施できるが、持続的に日本経済の供給力を高めることにはならない。需要側の経済政策に偏る傾向がある高市総裁には、供給側の経済政策にもっと目を向けてほしい。高市総裁は、アベノミクスをしっかりと総括したうえで、今度こそ成長戦略の推進に注力すべきだ。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。