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少数与党の下で高市色は薄れるか

10月4日に実施された自民党総裁選で、高市氏が小泉氏を決戦投票で破り、新総裁に選出された。女性として初めての総裁となる。
 
党内ではリベラル色(左派色)の強い石破氏のもとで与党が衆参両院選挙で大敗し、ともに少数与党に陥ったことを受けて、それとは対照的な、女性で保守色の強い高市氏のもとで自民党は再生を目指すことを決めた。
 
高市氏は、外交・安全保障政策、外国人政策などを含む社会政策で、保守色が強い一方、経済政策では政府による投資拡大、減税などの積極財政、金融緩和持続を志向している。
 
ただし、少数与党のもとでは、高市新総裁が首班指名で総理に選出されても、同氏の思う通りの政策が実現できない可能性があることから、高市氏の政策運営には不確実性が高い。政策が行き詰り、立ち往生してしまう可能性もあるだろう。
 
しかし、そうした厳しい環境であるがゆえに、高市氏のやや極端な政策は薄められ、棘が抜かれて穏当なものになるとの期待も、高市氏選出の背景にはあったのではないか。
 
野党との協調が求められることから、総裁選で高市氏は、野党から反発を受けやすい外交・安全保障政策等での保守色をやや緩める戦略をとる一方、野党が主張する物価高対策の多くを取り入れるなど、野党との接近を進めてきた。多くの野党の意見を受け入れてガソリン暫定税率廃止、国民民主党の意見を受け入れて所得税の課税最低限の一段の引き上げ、立憲民主党の意見を受け入れて給付付き税額控除をそれぞれ高市氏は公約に掲げた。全方位的な戦略だ。

連立交渉の相手は国民民主党が有力か

高市氏は臨時国会での首班指名選挙までに、野党との連立協議を進める考えを明らかにしている。本格的な連立交渉ができる相手としては、保守色のある国民民主党が有力なのではないか(コラム「自民党総裁選(16):総裁選後の野党との連携・連立の可能性」、2025年10月2日)。
 
仮に国民民主党との連立が成立する場合には、高市氏が掲げる積極財政、金融緩和はより増幅される可能性があり、これは金融市場では大きなリスクとなり得るだろう。
 
高市氏が進める、危機管理型政府投資や減税策、金融緩和維持は、財政リスクを高め国債市場で長期・超長期の金利上昇を招く可能性がある。また、財政リスクの拡大や金融緩和継続の志向は、円安を促すだろう。長期金利の上昇や円安による物価高は、経済及び国民生活に逆風となってしまう。
 
国民生活を支援するための積極財政策が、金融市場の反応を通じて国民生活に悪影響を与えてしまう恐れもある。こうした点に配慮して、慎重な財政政策の運営と、日本銀行の独立性尊重を高市新総裁には期待したい。

日本銀行の10月の利上げの可能性は低下か

金融緩和継続を望む高市氏が新総裁に選出されたことで、日本銀行が10月29・30日の次回金融政策決定会合で利上げに踏み切る可能性は低下したと考えられる。
 
高市氏が日本銀行の金融政策に直接介入する姿勢を見せるかどうかわからないが、日本銀行も新政権の出方をしばらく見極める必要があるためだ。さらに、石破政権の当初と同様に「政府と日本銀行の共同声明」の精神に則り、政府と日本銀行が経済再生の目標は共有しつつも、それぞれできることを実施することや、日本銀行の目標が2%の物価目標達成であることなどを日本銀行が新政権に納得させるまでに時間がかかるだろう。現時点では、日本銀行の利上げは今年12月の可能性が高いと見る。

金融市場は株高、円安、債券安の反応か

高市新総裁の誕生は、短期的には株式市場に追い風となるだろう。同氏が掲げる政府による投資拡大や各種減税策が短期的な経済にはプラスになる、と市場は考えるためだ。さらに、予想される円安進行も株式市場に追い風となる。
 
低金利持続への期待から、為替市場では円安が進みやすい。さらに、積極財政による財政環境悪化が通貨価値を損ねるとの懸念から、「悪い円安」が進む可能性がある。
 
積極財政を志向する高市氏の勝利を受けて、債券価格は低下し、長期金利は上昇するだろう。特に超長期ゾーンの金利には上昇圧力がかかりやすい。
 
高市氏の勝利を受け、1か月程度の間に、日経平均株価は最大で4万9000円までの株高、ドル円レートは最大で155円程度までの円安、10年国債利回りは最大で1.9%までの上昇を見込んでおきたい(コラム「自民党総裁選(15):候補者の財政・金融政策スタンスと選挙後の金融市場の見通し」、2025年10月2日)。

高市新総裁に期待したい4つの経済政策:財政健全化の堅持

最後に、高市新総裁に対して4つの経済政策を期待したい。いずれも高市氏は掲げていない政策であるが、先行きの経済、金融市場の安定のためには重要な政策である(コラム「新政権への8つの経済政策提言」、2025年10月1日)。
 
第1は、財政健全化の堅持である。高市氏が掲げる政府の投資拡大や所得税制の見直しなどはコストがかかるが、それを恒久的な財源で賄うべきだ。立憲民主党は給付付き税額控除の財源に、大企業への優遇措置を是正し、応分の負担を求める「法人税制の見直し」、高額所得層に対する所得税の最高税率引き上げなど「富裕層への課税強化」などを検討している。また、日本維新の会は大企業に恩恵が行きやすい租税優遇措置の見直しを主張するが、実際、それらは選択肢とすべきだろう。
 
さらに、所得税や社会保障制度の見直しの財源とするのみならず、財政や社会保障制度の持続性を高めるために、国民の資産を把握し、資産額に応じた社会保障給付や課税なども将来的には選択肢とすべきではないか。
 
自民党総裁選では、こうした財源についての議論が極めて希薄であったことが問題だ。政府が投資を拡大して成長率を高めれば税収が増えるため、財源の確保は可能との意見が高市氏も含めて多く聞かれた。しかし、これは全く根拠のない、無責任な議論なのではないか。
 
高市氏は「危機管理型投資」として、災害対策、防衛力強化、経済安全保障強化、食・エネルギーの自給率向上などのための政府の投資を主張しているが、こうした投資は成長率には直接貢献しない、波及効果の小さいタイプの投資と言えるだろう。また、必要であれば赤字国債発行で賄う形で政府投資を拡大し、成長率が高まれば、それは将来世代に恩恵をもたらす、との高市氏の主張は、根拠を欠くだけでなく危険性がある。
 
国債発行による政府債務の一段の悪化がすぐに財政危機を生じさせるものではないとしても、国債発行は将来の需要を前借りするものであり、その分、将来世代に負担を転嫁し、将来の需要を奪ってしまう。これは、将来の成長期待を低下させ、経済活動を委縮させてしまう恐れがある。
 
また、日本銀行が政策金利の引き上げ、保有国債残高の削減など金融政策の正常化を進めるなか、国債市場の機能も回復してきており、財政悪化リスクを反映しやすくなってきた。国債発行による積極財政を行えば、長期金利が顕著に上昇し、経済を悪化させる可能性がある。また財政環境の一段の悪化は通貨価値の低下をもたらすことで、円安進行を促す可能性がある。それは物価高を通じて国民生活を圧迫してしまう。こうした経路で、財源の裏付けのない積極財政政策は、経済、国民生活にむしろ逆風となりかねないのである。
 
特に、新政権が消費税減税議論を進める場合には、それは国債の格付け引き下げ懸念を誘発し、金融市場を混乱させる可能性が生じるのではないか。
 
内閣府の最新試算(2024年7月)では、2025年度の国と地方を合わせたプライマリーバランスが約8,000億円の黒字になると見込まれている。しかし、それが実現する可能性は高いとは言えないだろう。プライマリーバランスの定義がやや異なっている可能性はあるが、国際通貨基金(IMF)の見通しによれば、2025年の日本のプライマリーバランスの名目GDP比率は-2.4%であり、2023年には-3.2%と、先行き赤字額は拡大していく見通しとなっている。
 
プライマリーバランスの黒字化は、財政健全化の「一里塚」、つまり第一歩だ。新政権は引き続き、プライマリーバランス黒字化目標の達成に真摯に取り組む必要がある。その後には、政府債務のGDP比率を新たな目標とし、それを相応に引き下げることを目指す必要があるだろう。さらに、財政赤字全体の解消に取り組む必要もある。
 
そのうえで、選挙や政権交代などに左右されずに、中長期的に財政健全化路線を確保するために、政治から中立な組織体など新たな枠組みの構築を考える必要があるのではないか。

アベノミクスの総括

第2は、「アベノミクスの総括」だ。石破首相は2024年の自民党総裁選で、「アベノミクスからの軌道修正を図らなければならない」「経済危機時には有効だったアベノミクスには弊害が大きいと考えている」などと発言し、アベノミクスを見直す考えを表明した。
 
石破政権は、実際にはアベノミクスの見直しを実施していない。しかし、今後の適切な経済政策を考える上では、アベノミクスの功罪を整理し、総括することが欠かせないのではないか。
 
安倍元首相が主張した、「日本銀行の積極的な金融緩和でデフレ克服を図る」という考え方は、現状では大きな弊害をもたらしているように思える。異例な金融緩和が長く続く中、それは経済に好影響を与えるよりも悪影響を与えている。異例な金融緩和は急速な円安をもたらし、物価高騰を生じさせている。
 
当時は「物価上昇率が高まれば、個人が消費を前倒しで行うため、経済成長率は高まる」との主張が広く支持されていたが、現在、実際に生じているのは、物価高騰下での個人消費低迷である。
 
日本銀行の異例の金融緩和で物価上昇率を高めれば、日本経済はデフレから脱却し、国民生活は大きく改善する、とのアベノミクスの主張は誤りだった。この点を総括しないと、より適切な経済政策が選択されるようにはならないのではないか。
 
また、アベノミクスの主張のもとで、政府が日本銀行の金融政策に関与することを容認する風潮や、財政健全化を疎かにし、積極財政政策を支持する風潮が強まったことも大きな弊害だろう。
 
こうした点を踏まえると、高市氏が「アベノミクスの総括」をしっかりと行うことは非常に重要だ。アベノミクスの継承を謳う高市氏には、「アベノミクスの総括」は難しいことだとは思うが、今後の適切な経済政策運営を行う点からは欠かせないことである。

日本銀行の中立性尊重

第3は、日本銀行の中立性尊重だ。トランプ米大統領は、人事を通じて米連邦準備制度理事会(FRB)に介入し、事実上の支配を進めている。FRBの独立性低下は、世界の中央銀行や金融市場に大きな懸念を生じさせている。
 
そうした中、日本銀行の独立性の維持はより重要性を増している。自民党総裁選で高市氏は、「政策の方針は政府が決め、政策手段は日本銀行が決める」という考え方を明確に提唱している。政策手段は日本銀行が決める、としている点で、日本銀行の独立性に一定程度配慮しているとも言えるが、政策の方針を政府が決めるのであれば、やはり日本銀行の独立性は大きく制限される、と言わざるを得ない。現在の日本銀行法が示すのは、日本銀行は政府と意志疎通をしつつ独自に金融政策を判断し、その具体的手段を決定するというものだ。
 
2024年3月に金融政策の正常化に着手した日本銀行は、政策金利をさらに引き上げるなど、正常化を進めていく方針だ。そうした中、新政権が日本銀行の独立性を尊重せず、金融緩和継続などを求めて事実上の政治介入を行えば、財源の裏付けのない積極財政政策と同様に、それは円安の進行を助長し、物価高を通じて国民生活を圧迫してしまう可能性があるだろう。
 
新政権は「アベノミクスの総括」を行い、その中で日本銀行の独立性を尊重する姿勢を明確に示すべきだ。

供給力を強化する成長戦略の推進を

第4は、供給力を強化する成長戦略の推進だ。石破政権はその発足時に、岸田政権の経済政策を引き継ぐと宣言した。実際、物価上昇を上回る賃上げの定着を目指す方針などは、岸田政権の政策を引き継いだものと言える。しかし、岸田政権が着手した成長戦略のほとんどについては、石破政権は引き継いだとは言えないだろう。ライフワークとも言える地方創生策について、石破首相は「地方創生2.0」を打ち出したものの、目立った成果を上げないように見える。
 
日本経済の再生を目指す経済政策は、常に安易な方向に流れやすい。近年では、日本銀行の異例の金融緩和、積極財政政策、消費税減税などがその代表だろう。このような短期的に需要に働きかける政策では、日本経済が成長軌道に復し、国民生活が持続的に改善して、国民が将来に明るい展望を持てるようにはならない。
 
実質賃金の持続的な上昇には労働生産性向上が必要であり、それは金融緩和、財政出動、減税といった一時的に需要を押し上げるような政策では実現できない。
 
労働生産性向上には、企業の設備投資の拡大が必要であり、そのためには、将来に向けた成長期待の上昇が欠かせない。それに寄与するのが、少子化対策、外国人材活用、東京一極集中是正、インバウンド戦略などの政府の経済政策だ。さらに、労働市場改革を通じて成長産業に労働力を移動させることも、生産性及び成長率を向上させる。
 
これらの施策が本格的に効果を発揮するまでには時間を要するが、政府が信頼される有効な成長戦略を打ち出すことができれば、企業の先行きの成長期待は高まり、設備投資を積極化させるだろう。その結果、生産性、成長率向上の効果が前倒しで得られることも期待される。
 
アベノミクスで謳われた金融緩和、積極財政は比較的容易に実施できるが、持続的に日本経済の供給力を高めることにはならない。需要側の経済政策に偏る傾向がある高市氏には、供給側の経済政策にもっと目を向けてほしい。アベノミクスをしっかりと総括したうえで、今度こそ成長戦略を強く推進することに注力すべきだ。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。