ステーブルコインを巡って米中間で通貨の覇権争い
ドル建てのステーブルコインの内外での普及を目指した米国のジーニアス法が今年7月に成立したことに対して、海外の金融当局は様々な反応を示している。
最も迅速に対応したのは香港であり、ステーブルコインを解禁する条例が8月1日に施行された。同条例では、香港金融管理局(HKMA)から免許を受けた業者がステーブルコインを発行できると定められたが、2026年初旬にも業者が選定される(コラム「米国で進むステーブルコインの規制整備(6):香港もステーブルコイン解禁でドルに対抗」、2025年08月13日)。
香港でステーブルコインを解禁する条例が施行された背景には、香港の金融センターとしての競争力を高め、また、中国がドルの覇権に対抗する狙いがある。中国人民銀行(中央銀行)の元総裁の周小川氏は今年6月に、ステーブルコインの普及は「『ドル化』を促進するリスクがある」「様々な副作用が出かねない」と指摘していた。中国は、資金の海外流出などを警戒して、本土での暗号資産の取引を禁止しているが、「一国二制度」の香港では暗号資産の振興策を進め、香港を「暗号資産の実験場」として利用してきた経緯がある。中国は香港を利用して、米国のステーブルコインに対抗する狙いがあるのだろう。
ステーブルコインに関する香港の条例では、裏付けとなる法定通貨を特定していない。当面はドル建てと香港ドル建てになるだろうが、いずれはオフショア人民元建てのステーブルコインが発行されるとみられている。ステーブルコインを舞台に米中間で通貨覇権を巡る争いが本格化することが予想される。
最も迅速に対応したのは香港であり、ステーブルコインを解禁する条例が8月1日に施行された。同条例では、香港金融管理局(HKMA)から免許を受けた業者がステーブルコインを発行できると定められたが、2026年初旬にも業者が選定される(コラム「米国で進むステーブルコインの規制整備(6):香港もステーブルコイン解禁でドルに対抗」、2025年08月13日)。
香港でステーブルコインを解禁する条例が施行された背景には、香港の金融センターとしての競争力を高め、また、中国がドルの覇権に対抗する狙いがある。中国人民銀行(中央銀行)の元総裁の周小川氏は今年6月に、ステーブルコインの普及は「『ドル化』を促進するリスクがある」「様々な副作用が出かねない」と指摘していた。中国は、資金の海外流出などを警戒して、本土での暗号資産の取引を禁止しているが、「一国二制度」の香港では暗号資産の振興策を進め、香港を「暗号資産の実験場」として利用してきた経緯がある。中国は香港を利用して、米国のステーブルコインに対抗する狙いがあるのだろう。
ステーブルコインに関する香港の条例では、裏付けとなる法定通貨を特定していない。当面はドル建てと香港ドル建てになるだろうが、いずれはオフショア人民元建てのステーブルコインが発行されるとみられている。ステーブルコインを舞台に米中間で通貨覇権を巡る争いが本格化することが予想される。
カナダ、韓国でもステーブルコインに前向きな動き
カナダ中銀の決済部門の幹部を務めるロン・モロウ氏は9月18日に、送金・決済サービスが「他国と比べて遅れている」と指摘したうえで、より速く、安く送金・決済する手段としてステーブルコインの有効性を強調した。
韓国でも李在明(イ・ジェミョン)大統領率いる新政権が、ウォンに連動するステーブルコインの発行に意欲を示している。
韓国でも李在明(イ・ジェミョン)大統領率いる新政権が、ウォンに連動するステーブルコインの発行に意欲を示している。
イングランド銀行は慎重姿勢
英国中央銀行のイングランド銀行のベイリー総裁は10月1日に英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)に寄稿し、ステーブルコインの利用拡大に慎重な姿勢を見せた。総裁は、「法定通貨に価値が連動する暗号資産のステーブルコインが英国で決済手段として広く使われるには、預金者保護制度や英中銀の準備制度へのアクセスなど、標準的な銀行のように規制される必要がある」と指摘している。
さらに同総裁は、今後数か月内に英中銀がステーブルコインに関する諮問書を発表するとし、「その際、英国で広く利用されるステーブルコインは、貨幣としての地位を強化するためイングランド銀行の口座にアクセスすべきと提言する予定だ」と述べている。ステーブルコインが決済手段として広く利用されるのであれば、その発行者には銀行と同程度の規制が適用されるべきとの考えだ。
他方でベイリー総裁は、ステーブルコインよりもトークン化技術を優先するよう訴えている。トークン化とは通常、預金、株式、債券などのデジタル版資産をブロックチェーン上に創設することを指す。
これを受けて、英国の大手銀行は、顧客の預金をトークン化した「預金トークン」を来年導入するための準備を進めている。英銀行業界団体UKファイナンスは9月26日に、HSBC、ナットウエスト、ロイズ、バークレイズなどの大手銀が預金トークンをオンラインのマーケットプレース経由で決済に利用するためのパイロット版を立ち上げたと発表した。
さらに同総裁は、今後数か月内に英中銀がステーブルコインに関する諮問書を発表するとし、「その際、英国で広く利用されるステーブルコインは、貨幣としての地位を強化するためイングランド銀行の口座にアクセスすべきと提言する予定だ」と述べている。ステーブルコインが決済手段として広く利用されるのであれば、その発行者には銀行と同程度の規制が適用されるべきとの考えだ。
他方でベイリー総裁は、ステーブルコインよりもトークン化技術を優先するよう訴えている。トークン化とは通常、預金、株式、債券などのデジタル版資産をブロックチェーン上に創設することを指す。
これを受けて、英国の大手銀行は、顧客の預金をトークン化した「預金トークン」を来年導入するための準備を進めている。英銀行業界団体UKファイナンスは9月26日に、HSBC、ナットウエスト、ロイズ、バークレイズなどの大手銀が預金トークンをオンラインのマーケットプレース経由で決済に利用するためのパイロット版を立ち上げたと発表した。
中銀デジタル通貨(CBDC)の発行計画、預金トークンとも関連して対応は分かれる
世界の中央銀行の銀行とも呼ばれる国際決済銀行(BIS)は今年6月の年報で、民間発行のステーブルコインでは価値の安定が確保されない点や、資金洗浄(マネーロンダリング)に利用されるリスクもあり、通貨としては当面は補助的な役割にとどまるとの慎重な見方を示している。
ステーブルコインへの対応は、法定のデジタル通貨である中銀デジタル通貨(CBDC)の発行計画、あるいは預金トークンなどとも関連して、各中央銀行でまちまちとなっている(コラム「米国で進むステーブルコインの規制整備(7):世界のCBDC(中銀デジタル通貨)構想に影響」、2025年8月14日)。
(参考資料)
「ステーブルコイン、決済手段となるには当局の監督必要 英中銀総裁」、2025年10月1日、ロイター通信ニュース
「ステーブルコイン環境整備 カナダ中銀、出遅れに危機感(MarketSCOPE)」、2025年9月20日、日本経済新聞
「英大手銀、預金トークンの試験運用に着手、中銀総裁の呼びかけ受け」、2025年9月29日、ロイター通信ニュース
ステーブルコインへの対応は、法定のデジタル通貨である中銀デジタル通貨(CBDC)の発行計画、あるいは預金トークンなどとも関連して、各中央銀行でまちまちとなっている(コラム「米国で進むステーブルコインの規制整備(7):世界のCBDC(中銀デジタル通貨)構想に影響」、2025年8月14日)。
(参考資料)
「ステーブルコイン、決済手段となるには当局の監督必要 英中銀総裁」、2025年10月1日、ロイター通信ニュース
「ステーブルコイン環境整備 カナダ中銀、出遅れに危機感(MarketSCOPE)」、2025年9月20日、日本経済新聞
「英大手銀、預金トークンの試験運用に着手、中銀総裁の呼びかけ受け」、2025年9月29日、ロイター通信ニュース
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。