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生活実感と乖離する日経平均5万円台

10月27日の東京市場で、寄り付き直後に日経平均株価は初の5万円台に乗せた。高市政権による積極財政、金融緩和継続への期待に加えて、今週の米連邦準備制度理事会(FRB)での利下げ観測、日本銀行の利上げ見送り観測、米中貿易摩擦緩和という地政学リスク低下観測、など様々な要因が日経平均5万円台乗せの最後の一押しとなった。
 
ただし、物価高と輸出環境の悪化を受けて、日本経済は低迷を続けている。また、米国でも雇用情勢の悪化が続いており、実体経済の良さが日本と世界の株高を支えている訳ではない。現在の株高は、金融緩和期待による「金融相場」の色彩が強いだろう。実際、国民の生活実感との乖離も大きい。
 
日本株市場の当面の大きな注目点は、28日の日米首脳会談だ(コラム「日米首脳会談の注目点:防衛費積み増し、ロシア産LNGの輸入停止、レアアース確保、円安修正が主な議題か」、2025年10月27日)。高市首相が防衛費増額の方向を打ち出すと見られ、それは景気浮揚効果を発揮すると株式市場で好感される可能性がある。
 
しかし、トランプ大統領が大幅な防衛費の増額を要求する場合には、財政の悪化懸念が高まり、長期金利の上昇が株式市場の悪材料となる可能性も考えられる。さらに、トランプ大統領が円安問題を取り上げ、日本銀行の利上げを通じて円安を修正するように要求すれば、日本銀行の利上げ観測が高まり長期金利が大きく上昇する一方円高が急速に進み、日本株には大きなダブルパンチとなる可能性もある。

高市首相の経済政策はやや長い目で見れば株安要因に

高市首相が掲げる積極財政、金融緩和継続は、アベノミクスの第1の矢、第2の矢を継承するものであり、株価を大きく押し上げたアベノミクスの復活に期待する機運が株式市場にはあるのだろう。
 
しかし、当時とは経済環境は大きく異なる。アベノミクスが主張した、物価上昇で個人消費は強くなる、という予想は外れ、物価高は現在、国民生活を圧迫している。高市首相が掲げる積極財政、金融緩和継続は円安、物価高を助長し、個人消費のさらなる逆風となってしまうだろう。
 
他方で、経済の潜在力を高め、中長期的に株式市場の大きな支えとなり得るのが、成長戦略、構造改革とそれを通じた民間投資の拡大を目指したアベノミクスの第3の矢である。しかし高市首相は、この第3の矢を継承していない。高市首相が成長戦略として打ち出している防衛費増額を含む政府の「危機管理型投資」の拡大は需要増加をもたらすが、その効果は一時的である一方、巨額の政府債務という負の遺産となってしまう可能性がある。
 
高市首相の経済政策は、やや長い目で見れば株式市場の逆風となると考えられる。この点が認識されれば、高市トレードの一環である株高現象も沈静化していくだろう。
 
もう少し短期的な日本株の逆風となり得るのは米国の情勢だ。米国で景気減速がより明らかになっていくことと、トランプ政権がFRBへの政治介入を強めることで、ドルの信認が低下し、ドル安、株安、債券安のトリプル安が生じることである。それは、日本市場では円高、株安、債券安を生じさせることになるだろう(コラム「高市政権発足と日経平均5万円」、2025年10月21日)。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。