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日米首脳会談の具体的な内容は依然明らかではない

10月28日に日米首脳会談が行われた。通常は会談当日に両首脳が共同記者会見を行い、共同声明を発表するのが通例であるが、現時点ではそのような予定は聞かれていない。首脳会談で実際に何が話し合われ、何が合意されたのか、多くは明らかでない。

同日午後6時頃に、高市首相が単独で記者団の質問に短く答えた。高市首相は、首脳会談では大きな成果を挙げたとした。日米同盟を更なる高みに押し上げ、新たな歴史を作ることで合意したこと、日米だけではなく日米韓などの同志国連携を推進していくことを確認したことを説明した。また、台湾の重要性を確認し合ったとの説明もあった。

また、中国を念頭に置いた経済安全保障政策での協調についても議論し、レアアースやその他重要な物資について、日米ともに特定国に過度に依存する状況は良くないとの話をしたという。レアアースについては、調達の多様化を進め、南鳥島やハワイ沖合で、日米共同で開発を進めることを確認した。

防衛費増額では具体的な数値を念頭に置いた議論はなかった

最も注目されていた防衛費増額については、高市首相はトランプ大統領に対して、防衛力の抜本的強化を行う考えを説明した(コラム「日米首脳会談の注目点:防衛費積み増し、ロシア産LNGの輸入停止、レアアース確保、円安修正が主な議題か」、2025年10月27日)。ただし、防衛費のGDP比2%の前倒し実現など、具体的な説明はしなかったという。また、トランプ大統領からも防衛費増額の具体的な数字を念頭に置いた議論はされなかったという。

仮に防衛費をGDP3%にまで引き上げられるような要求が出れば、10兆円規模と考えられるその追加財源を賄うことは難しい。その結果、国債発行が大幅に増えるとの観測が広がれば、長期金利の上昇や円安が進み物価上昇リスクを高めるなど、経済にも打撃となり得る。高市首相の説明が正しいとすれば、とりあえずそうした波乱は回避されたことになる。

他方、トランプ政権が求めるロシア産LNGの輸入停止について、どのような議論がなされ、どのような合意がされたのかは明らかではない。

ベッセント財務長官が為替と金融政策に言及:アベノミクス継承の弊害を指摘か

波乱があったとすれば、27日に行われた日米財務相会談での為替、金融政策の議論についてだ。片山大臣は28日に、「日本銀行の金融政策や為替市場への直接的な言及はなかった」と説明した(コラム「日米財務相会談は為替・金融政策は議題に上らず」、2025年10月28日)。

ところがその後、米財務省が声明を発表した。それによると「ベッセント氏は会談で、健全な金融政策の策定とコミュニケーションがインフレ期待の安定維持と為替レートの過剰な変動を防ぐ上で重要な役割を果たすことを強調した」。その上で、「アベノミクス導入から12年が経過し、状況が大きく変化する中で、健全な金融政策の策定とコミュニケーションが、インフレ期待の安定維持と為替レートの過度な変動防止に重要な役割を果たす」と述べた、としている。

これは、物価高が続くなか、日本銀行の利上げがインフレ期待の安定を通じて為替の安定に資するとの考えだ。また、アベノミクスを継承して金融緩和を継続させることの弊害に言及したとも言える。ベッセント財務長官は、日本銀行が利上げを進めることで過度な円安を修正して欲しいという考えなのだろう。実際、ベッセント財務長官は、そうした趣旨の発言を何度も行ってきている。

これは、金融緩和の継続を期待し、日本銀行の利上げを牽制している高市政権にとっては懸念である一方、高市政権に追加利上げを阻まれることを警戒する日本銀行にとっては助けとなる。今後日本は、日本銀行の利上げ通じた円安是正をトランプ政権から求められる可能性がある。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。