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7-9月期GDPは6期ぶりのマイナス成長の見通し

内閣府は11月17日に、7-9月期GDP一次速報を発表する。今年4月に開始されたトランプ関税の影響が本格的に表れる実質GDPは、10月末時点で日本経済新聞社が調査した予測平均値によれば前期比年率-2.4%と、6四半期ぶりにマイナス成長が予想されている。
 
物価高の影響から、実質個人消費の増加率が前期の前期比+0.4%から大きく鈍化することが見込まれる。さらに、前期に同+2.0%と大幅に増加した輸出がマイナスに転じる見通しだ。これは、関税導入前の駆け込みの反動と関税導入による米国での販売鈍化の影響が表れたもの、と考えられる。

経済対策の規模拡大を促すか

政府は現在、総合経済対策の策定を進めているが、7-9月期GDP統計・一次速報が6四半期ぶりのマイナス成長となれば、経済対策の規模を大きくすべきとの主張がより高まる可能性があるだろう。
 
高市首相は、デフレはまだ完全に克服されていないとしており、積極財政と金融緩和継続でデフレからの完全脱却を目指す姿勢だ。内閣府が従来示してきた「デフレ脱却4条件」というものがある。4条件とは、第1に、消費者物価上昇率が2%を超えていること、第2に、GDPデフレーターがプラスであること、 第3に、需給ギャップ(GDPギャップ)がプラスであること、第4に、単位労働コストがプラスであることだ(コラム「需給ギャップのプラス化と満たされたデフレ脱却4条件:政府はデフレ脱却宣言に慎重、日銀金融政策には影響せず」、2023年9月6日)。
 
第3の条件である需給ギャップ(GDPギャップ)は今年4-6月期には内閣府の推計でGDP比率+0.3%と小幅プラスの状態にあった。しかし、7-9月期の実質GDPが仮に予測平均値である前期比年率-2.4%となる場合には、7-9月期の需給ギャップはGDP比で-0.5%となる計算だ。
 
今までも経済対策の規模の妥当性を議論する際に、マイナスの需給ギャップを穴埋めする規模の経済対策とすべき、との主張がしばしば聞かれてきた。その主張は正しくはないが、7-9月期の需給ギャップがGDP比で-0.5%となる場合、その規模は2.7兆円となる計算だ。

経済対策実施でも日本経済の低調な状況は変わらない

実際には、経済対策の規模が2.7兆円で収まることはないと考えられる。マイナスの需給ギャップのみが、大規模な経済対策を正当化する理由に使われることはないだろう。
 
昨年の経済対策は一般会計予算で測る「真水」で13.9兆円だった。これによって、向こう3年間の成長率は各年1.3%押し上げられると政府は説明した。積極財政を掲げる高市政権の下、今回の経済対策の真水の規模はこれを大きく上回るとみられる。
 
ただし、経済対策は毎年実施されていることから、経済対策の効果の分だけ、成長率が押し上げられるわけではない。
 
国内では実質賃金の低下が続く中、個人消費の弱さが続く一方、輸出には下振れリスクが残ることから、経済対策の効果を考慮に入れても、日本経済の低調な状況は変わらないだろう。

積極財政・金融緩和継続による円安が経済対策の効果を相殺するか

高市氏が自民党総裁に就任して以来、為替市場では円安の流れが強まっている。積極財政で財政環境が悪化するとの懸念は、財政と通貨の価値を下落させ、円安を後押しする。そうなれば、円安が物価高を助長し、国民生活を圧迫してしまう。物価高対策としての積極財政が、円安を通じて物価高対策の効果を削ぎ、結果として悪影響をもたらしてしまうリスクがあるということは、高市政権の積極財政政策が抱える大きな矛盾であり弱点だ。
 
日本銀行の利上げをけん制することも、同様に円安リスクを高め、物価高による経済への悪影響を強めてしまう。高市政権の積極財政、金融緩和継続姿勢がさらに円安を後押しする場合には、国民から批判も出てくることになるだろう。
 
こうした点から、円安進行が、経済対策の規模を制約する要因となる可能性も考えておく必要があるだろう(コラム「高市政権の積極財政・金融緩和姿勢で勢いづく円安:経済対策の規模を制約も」、2025年11月13日)。

トランプ関税の影響はなお残る

トランプ関税の日本経済、世界経済への影響は、当初懸念されたほどには大きくないように見受けられる。しかしその影響は、今後次第に顕在化していくだろう。
 
関税が1年間の実質GDPに与える影響は、以下の通りと試算される。全体で実質GDPを1年間で0.55%押し下げ、海外での関税の影響を加えると1年間で0.99%押し下げる計算だ。
 
  • 自動車・自動車部品15%関税の影響:-0.14%
  • 鉄鋼・アルミへの50%関税の影響: -0.03%
  • 15%の相互関税の影響:-0.375%
  • 自動車・自動車部品への15%関税+鋼・アルミへの50%関税+15%の相互関税の影響:-0.55%
  • 海外での関税効果の影響: -0.44% ⇒ 合計で-0.99%
 
相応規模の関税の効果は、今後の日本の成長率を下振れさせるとみられる。さらに、関税による米国経済の動向が不確実な状況も続いている。米国では労働市場の弱さが際立っており、個人消費も概して低調だ。米国経済が明確に下振れる場合、また、トランプ政権が米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ圧力を通じてドル安政策を明確にとる場合、日本の輸出環境は一段と悪化する。日本経済にとって、米国の経済や経済政策が最大のリスク要因である状況は変わらない。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。