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短観は日銀利上げ判断の最後の決め手に

日本銀行は、12月15日に日銀短観(12月調査)を発表した。大企業製造業の現状の業況判断DIは前回比1ポイントの改善と3期連続の改善となった。非製造業の業況判断DIは前回比横ばいとなり、ともに事前予想の範囲内の結果である。設備投資計画は安定を維持する一方、雇用の不足感は強まっている。さらに、企業の先行きの物価見通しは前回と同水準になるなど、総じて想定通りの結果となった。今回の結果は、12月19日に日本銀行が利上げを判断する最後の決め手になっただろう。

輸出環境は悪化もトランプ関税の悪影響はそれほど顕著でない

2025年の国内経済の最大の注目点は、トランプ関税の影響だった。7月の日米関税合意に基づく「自動車・自動車部品への15%関税+鋼・アルミへの50%関税+15%の相互関税」の影響は、実質GDPに対して1年間で-0.55%、海外での関税効果の1年間の影響-0.13%を加えると合計で-0.68%と推計される。
 
この関税の影響によるものだけではないが、日本の輸出環境は悪化傾向が続いている。日本銀行が公表している実質輸出では、10月の水準を7-9月期の平均と比較すると-1.8%の大幅減少であり、4-6月期の前期比-0.0%、7-9月期の同-1.4%に続いて3四半期連続での減少ペースとなり、減少幅は拡大傾向を見せている。輸出環境の悪化を主因に、2026年の日本経済は緩やかな減速傾向を辿ることが予想される。
 
ただし12月の短観で、輸出環境に大きな影響を受ける大企業製造業の業況判断DIは、前回比小幅上昇となった。先行き判断DIも横ばいと安定している。関税の影響を直接受けやすい「自動車」、「鉄鋼」についても、現状、先行きの景況判断DIは安定を維持している。
 
輸出環境が総じて悪化するなか、大企業製造業の景況感が安定を維持している背景には、国内消費の予想外の安定があるのではないか。

個人消費は予想外の安定

物価高騰の下で実質賃金は減少傾向が続いているが、貯蓄率の低下(消費性向の上昇)を通じて、個人は消費の水準を維持しているとみられる。こうした形での消費の安定は基本的に脆弱であり、外的ショックに弱いと考えられる。
 
しかしながら現状では、所得環境の悪化にも関わらず個人消費は予想外の安定を示していることが、大企業製造業の景況感を支えていると見られる。
 
さらに、GDP統計では輸出に計上されるインバウンド需要の拡大も、日本経済を支える要因となっている。2025年7-9月期のインバウンド需要(訪日外国人旅行消費額)は2兆1,310億円と、年率換算で年間名目GDPの1.40%にも達している。

中国の渡航自粛要請の影響に注目

しかし、11月に中国政府が中国国民に対して日本への渡航自粛を要請したことで、インバウンド需要の拡大には既に歯止めがかかっている可能性がある。筆者の計算では、2012年の尖閣問題の際と同様に渡航自粛が1年続く場合には、日本の名目GDPは1年間で1.79兆円失われ、名目及び実質GDPは0.29%押し下げられる(コラム「中国政府の日本への渡航自粛要請で日本の経済損失は1.79兆円、GDPを0.29%押し下げ」、2025年11月18日)。
 
その影響は、12月短観調査では、「宿泊・飲食サービス」と「小売」の景況感に顕著に表れることが予想された。実際には、「宿泊・飲食サービス」の現状の景況判断DIは前回比-1、「小売」は横ばいと懸念されたほど悪化していない。
 
ただし、今回の調査には渡航自粛の影響はまだ十分に反映されていない可能性が考えられる。他方で先行きの業況判断DIを見ると、「宿泊・飲食サービス」の変化幅は-6、「小売」は-2といずれも顕著に悪化する見通しとなっている。
 
これも影響して、大企業非製造業全体の先行きの業況判断DIの変化幅は-6とかなり悪化しており、先行きの景気情勢への不安を感じさせるものとなっている。

中国のレアアース輸出規制の影響と合計でGDPは2.45兆円押し下げられる計算

さらに、今後の日中関係次第では、やはり2010年の尖閣問題の際と同様に、中国が対日レアアース輸出規制の実施に踏み切る可能性があるだろう。
 
2010年の尖閣問題の際の経験を踏まえて、レアアース輸出規制が3か月続く場合には、筆者の試算では日本の名目GDPは額にして6,600億円押し下げられ、名目及び実質GDPは0.11%押し下げられる(コラム「中国が日本にレアアース輸出規制を導入した場合の経済損失」、2025年11月28日)。それを、上記の渡航自粛要請の影響と合計すると、日本の名目GDPは2.45兆円押し下げられ、名目及び実質GDPは0.40%押し下げられる計算となる。
 
仮に、レアアース輸出規制が1年続く場合には、両者の合計で日本の名目GDPは4.43兆円押し下げられ、名目及び実質GDPは0.73%押し下げられる計算となる。
 
現在の日本経済は、トランプ関税の影響を受けた輸出環境の悪化と、実質賃金の低下が続くもとでの脆弱な個人消費の安定という微妙なバランスの上にある。そうしたバランスを下方に崩してしまう可能性があるのが、この日中関係の一段の悪化だろう。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。