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石油備蓄の放出は、国民の不安を緩和し投機的な動きを封じる効果を狙う

高市首相は11日夜の記者会見で、16日にも日本単独での石油備蓄放出を行う考えを打ち出した。それと同時に、ガソリン価格を1リットル当たり170円程度で安定させる措置を講じる考えを示した。
 
イラン情勢を受けて海外での原油価格が大幅に上昇し、国内でガソリンやその他の石油関連製品の価格が上昇することへの国民の不安を緩和し、経済活動に大きな支障が生じないように先手を打つ狙いがある。
 
石油備蓄放出については、16日にも民間備蓄15日分と国家備蓄1か月分を放出するとした。国際エネルギー機構(IEA)がアレンジする形で、G7での石油備蓄放出が既に検討されていたが、その時点では合意に至っていなかったことから、日本単独での石油備蓄放出の決定に踏み切った。
 
石油備蓄放出の背景には、原油や石油製品の輸入ができない状況が長期化するとの懸念から、エチレンの生産を抑制する動きが企業の間で出始めたことがあるだろう。さらに、ガソリン不足やガソリン価格高騰への懸念から、消費者がガソリン購入を急ぎ、それがガソリン不足への懸念を煽ることや、ガソリンスタンドでガソリン価格を大幅に引き上げる動きが局所的に見られ始めるなど、投機的な動きが目立ってきたことがある。
 
この点から、石油備蓄の放出は、原油やガソリン不足に対する企業や人々の不安を緩和するための心理的な効果を狙った施策と言える。

ガソリン補助金復活で財政悪化の問題も

しかし、国内のガソリン価格は、ガソリンの需給ではなく、基本的には海外の原油価格と為替レートで決まる。そのため、石油備蓄を放出しても、国内ガソリン価格を全体的に押し下げる効果は期待できない(コラム「原油価格上昇の国内ガソリン価格への波及メカニズム」、2026年3月11日)。
 
一方、ガソリン価格を1リットル当たり170円程度で安定させる施策とは、ガソリン価格170円を超える分に補助金を充てるガソリン補助金制度の復活を意味する。政府は、心理的な安定回復を狙うソフト面での政策と実際のガソリン価格の上昇を抑えるというハード面での政策を組み合わせ、合わせ技とて打ち出したのである。
 
ガソリン補助金制度は、昨年年末にガソリン暫定税率の廃止とセットで廃止を決めたばかりだ。同制度は2020年から実施されており、政府に十分なノウハウも蓄積されていることから、その実効性は高いだろう。石油元売り業者への補助金を通じてガソリンの小売価格を安定化させることは難しくない。
 
国民生活に不安と混乱が広まり始めたことを踏まえれば、今回の措置は必要だと言えるだろう。しかし、原油のほとんどを輸入に依存する日本にとっては、原油価格の上昇は海外への所得移転を意味し、経済的に打撃であることは免れない。国内でのガソリン価格の上昇を抑えても、その財源は国民の負担によるものであり、真の意味で国民は助けられることにならない。
 
経済産業省は、補助金基金の残り2,800億円をガソリン補助金の財源に充てると説明している(コラム「原油価格80ドルで、ガソリン価格180円台が視野に:ガソリン補助金が復活か」、2026年3月6日)。
 
ガソリンの小売価格を1リットル当たり10円引き下げるといった措置ではなく、ガソリンの小売価格を一定水準で安定させる今回の補助金制度のもとでは、海外の原油価格が上昇し続ける場合、補助金の額が際限なく膨らむことになる。基金の残りの2,800億円は短期間で使い果たしてしまう恐れもあるだろう。ガソリン補助金の財政負担は、想定以上に大きく膨らむ可能性がある。
 
補助金の拡大が財政の悪化懸念を強め、円安を促せば、その分物価高が助長されてしまうという問題も生じる。円安でガソリン価格が上昇すれば、その分ガソリン補助金の額が膨らみ財政の悪化懸念が強まる、といった財政悪化と円安・物価高の悪循環へと発展することも懸念される。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。