植田総裁は円安リスクに配慮した発言をするか
ドル円レートは1ドル160円と、政府の防衛ラインと考えられる水準に達している。今年の1月23日には、日本銀行が金融政策決定会合で政策金利の据え置きを決め、その後の記者会見で植田総裁が先行きの利上げを示唆する発言をしなかったことを受けて、ドル円レートは1ドル159円まで円安が進み、その後は日本銀行と米当局が銀行に為替の水準を問い合わせる「レートチェック」を実施し、円安ドル高の進行をけん制した。
19日の金融政策決定会合後の記者会見で植田総裁は、自身の発言が円安に拍車をかけないように、円安をけん制する発言を意図的にする可能性があるだろう。その結果、金融市場では4月の利上げ観測がより強まる可能性も考えられるが、それでも明確に利上げの意志を示さない限り、4月も利上げは見送られると思われる。
一方、今週の決定会合の時に、原油価格の上昇で株価が大きく下落していれば、金融市場の安定のために、植田総裁は円安進行のリスクに目をつぶって、利上げに慎重な発言をする可能性もあるだろう。
日本銀行は利上げを急がない
2024年3月のマイナス金利解除以降の日本銀行の利上げの間隔は、平均7か月程度だ(図表1)。政策金利は極端に低い水準から、経済に対して中立的な水準近くに次第に接近してきた。中立水準は厳密には分からないが、日本銀行は、これまで以上に経済への影響を注視する必要がある。
この点から、利上げの間隔は今までよりも開くと考えるのが自然だろう。そうであれば、追加利上げの時期は年後半までずれ込んでもおかしくない。

一方、消費者物価(生鮮食品を除くコア)の前年同月比上昇率は、低下傾向を示しており、2月分は2022年9月以来の1%台まで下がる見込みだ。また日本銀行が発表している3つの基調的な物価指標は、いずれも1月時点で日本銀行の物価安定目標である2%を下回っており、刈込平均、加重平均は急速に低下している(図表2)。

このような状況では、日本銀行は利上げが遅れることで物価上昇率や物価上昇期待が目標よりも上振れてしまう「ビハインドザカーブ」を心配していないと思われる。
サプライショックによる物価上振れ時には中央銀行は様子見姿勢
原油供給に支障が生じ、原油価格が高騰するといったサプライショックの物価上昇時には、中央銀行の金融政策は様子見となるのが通例だ。そうしたサプライショックは、物価上昇率を高めると同時に、景気を悪化させるため、経済と物価の安定の双方に責任を持つ中央銀行は、どちらのリスクが高くなるかをしばらく見極める必要があるからだ。その結果、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げは後ずれしやすい。
過去数年の日本での物価上昇率の上振れは、国内景気の強さではなく円安による輸入物価の上昇から生じたコストプッシュ型の「悪い物価上昇」だ。原油価格の高騰も同様に、コストプッシュ型の「悪い物価上昇」である。他国と比べても、個人消費を中心に足腰が弱い日本経済にとって、原油価格高騰は経済への悪影響は大きくなりやすい。
WTI原油先物価格が、向こう半年から1年の平均値で1バレル140ドルになる悲観ケースでは、日本は景気後退に陥る可能性があり、スタグフレーションの傾向が強まることが予想される(コラム「原油価格100ドル超を受けて日本株は4,000円超の歴史的急落:日本の抱える弱点が浮き彫りとなり、金融市場はトリプル安の日本売り」、2026年3月9日)。
経済の悪化リスクと高市政権による利上げけん制
このような点を踏まえれば、日本銀行はしばらく事態を見守る必要があり、利上げは一時停止に追い込まれつつあるのではないか。日本銀行は原油価格の上昇は一時的な現象であっても、それがインフレ期待の上昇や賃金上昇につながれば、日本銀行が重視する基調的な物価上昇につながるリスクがあることを強調し、引き続き利上げ姿勢を維持するだろう。しかし、そのようなリスクを見極めるまでにも、一定の時間をかける必要がある。
また、2月16日に高市首相が日本銀行の植田総裁と会談した際に、追加利上げに難色を示していた、と報じられた(コラム「高市首相が日銀・植田総裁との会談で追加利上げに難色との報道:水面下での利上げけん制は続く」、2026年2月25日)。円安リスクを高めることや、トランプ政権から批判されたことを受けて、高市首相は公開の場で日本銀行の利上げをけん制することは控えるようになった。
しかしこのように、水面下では引き続き日本銀行の利上げをけん制しているとみられる。そして、原油価格の上昇を受けて、より日本銀行の利上げには否定的になっている可能性が高い。
このような点を踏まえると、日本銀行の利上げは年後半となる可能性が高まっていると考えたい。
プロフィール
-
木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。