&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

米国とカナダとの貿易を巡る対立は、制裁関税の応酬へと発展

トランプ米政権は8月22日に、カナダからの輸入品約276億カナダドル相当に対して、最大50%の追加関税を発動した。これは、1930年関税法第338条に基づく措置としては初めての発動となる。
 
トランプ大統領は7月20日の大統領布告で、カナダが自動車・同部品、乳製品、アルコールの輸入において米国を他国よりも不利に扱っていると主張して、関税発動の根拠とした。
 
これに対してカナダ政府は8月25日に、米国産品に対する対抗関税を発表した。対象は米国の第338条・第232条関税の対象品目で、15%、25%、50%の3段階の税率を設定し、規模も米国の措置と同水準の276億カナダドル相当とした。対象品目には鉄鋼、乳製品、家電製品、農業機械、パルプ・紙、電子機器などが含まれる。発効は9月8日としている。
 
隣国である米国とカナダとの貿易を巡る対立は、激しい制裁関税の応酬へと発展してきた。これを受けてトランプ大統領は8月27日に、米国とカナダの国境に位置するオンタリオ湖の名称を「アメリカ湖」に変更するよう指示する大統領令に署名した。カナダ政府はそれを認めないとしている。

背景にはUSMCAの見直し問題

貿易を巡る両国間での一連の対立の背景には、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)がある。同協定には、発効から6年目にあたる2026年7月1日までに3か国が協定の運用を共同で見直し、延長に合意すれば2042年まで16年間延長するという「サンセット条項」が盛り込まれている。
 
合意が得られない場合でも、協定は即時に失効しないものの、以後は毎年の見直し協議に移行し、最終的には当初発効から16年後の2036年に失効しうる仕組みとなっている(コラム「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)を巡り米国とメキシコの2国間交渉が開始」、2026年5月29日、「USMCA見直しでトランプ政権は自動車の米国部材調達比率を50%にするように要求」、2026年6月2日)。
 
米国通商代表部(USTR)は期限となった7月1日に、USMCAを現行のまま更新しないと表明した。カナダと米国の間では、今後は毎年、USMCAの見直し協議を行うことになる。そうした中で打ち出されたのが、今回の関税措置だ。

最大の焦点は自動車分野か

USMCAについて最大の焦点は自動車分野である。自動車分野では、域内調達比率の引き上げや米国調達比率の導入などが焦点となっているとみられる。
 
トランプ政権はメキシコとのUSMCA見直し交渉において、自動車の米国内調達比率を50%とする案を提示した、と報じられた。USMCAで、域内貿易の関税免除の基準は、従来は域内(米国、メキシコ、カナダ)での調達比率だった。米国内調達比率の基準を新たに導入することで、米国は国内自動車生産の拡大とメキシコ、カナダからの輸入抑制を通じた貿易赤字の縮小を目指す。
 
また、USMCAの前身である北米自由貿易協定(NAFTA)で、自動車関連の域内調達比率の基準は62.5%だった。USMCAではこれが75%に引き上げられた。米国はUSMCAでの同比率をさらに82%にまで引き上げることも求めているとされる。
 
仮に、自動車分野で域内調達比率が82%に引き上げられ、加えて50%の米国内調達比率が新たに導入されれば、メキシコやカナダから部品を調達して米国内で自動車を生産する企業に適用される輸入関税免除は相当程度縮小し、収益に大きな打撃となる可能性が考えられる。サプライチェーンの大幅な見直しを迫られる可能性もあるだろう。

両国の貿易を巡る対立は恒常的に

また、乳製品の関税割当や、州単位で運用されている酒類の流通規制も、米国が長年「非関税障壁」としてカナダを批判してきた分野だ。
 
さらにトランプ政権は、メキシコを経由した中国製品・中国資本の米国市場への流入を警戒しており、経済安全保障上の観点からもUSMCAの原産地規則強化を求めているとされる。こうした考えは、カナダとの交渉に影響している可能性がある。加えて、2026年秋に予定される米国の中間選挙を控え、対外強硬姿勢が国内政治にも影響しているとの指摘もある。
 
USMCAの枠組み自体は維持されるが、今後、毎年見直しが行われる中で、米国からカナダに対するUSMCAの見直し圧力は恒常化していくだろう。そうした中で、貿易全体での両国間の対立も恒常化する可能性がある。
 
米国市場への依存度が高いカナダにとって、関税の応酬が長期化すれば自動車、農業、製造業のサプライチェーンへの影響は避けられない。カナダの報復関税発効が予定される9月8日を前に、両国の実務協議の行方が注目される。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。