トレジャリー・ツイストとステーブルコイン
米財務省は8月19日に、10年~30年の米長期国債を買い戻す際の1回当たりの上限額を、20億ドルから40億ドル以上へ引き上げると発表した(コラム「米トランプ政権が国債の買い戻し額を拡大:日米協調介入に続く市場介入、日本の政策への介入も強めるか」、2026年8月21日、「ベッセント財務長官の国債市場介入の次は日本の財政政策への介入か」、2026年8月26日)。
それに要する資金は短期国債の発行増で賄う計画であり、ベッセント財務長官はこの措置を「トレジャリー・ツイスト(Treasury Twist)」と表現している。
問題は、長期国債の買い入れ拡大によって長期ゾーンの金利の上昇がある程度抑えられるとしても、短期国債の発行増加によって短期ゾーンの金利が上振れれば、それは経済や金融市場の安定を損ね、また、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策の妨げとなってしまう恐れがあるという点だ。
そこで、ベッセント財務長官が期待しているのは、ドル建てステーブルコインの発行増加に伴う短期国債需要の拡大とその金利押し下げ効果だろう。
昨年成立したステーブルコインの規制について定めたジーニアス(GENIUS)法の下では、米国発行のステーブルコインは、発行残高に相当する規模の特定の安全資産を、裏付け資産として保有することを義務付けられている。それには、米ドル現金とともに米国財務省証券(主に短期国債、T-Bills)が含まれている。
ベッセント財務長官は昨年、ステーブルコインが4兆ドル近い市場に成長する可能性があるという予測を引用して、「ステーブルコインは政府の借り入れコストを引き下げる可能性がある」との見方を示していた。
ドル建てのステーブルコインの発行増加は、ドルの需要と米国短期国債の需要増加をもたらし、米国での金利の安定と基軸通貨としてのドルの地位の安定に貢献する、とベッセント財務長官は考える。
それに要する資金は短期国債の発行増で賄う計画であり、ベッセント財務長官はこの措置を「トレジャリー・ツイスト(Treasury Twist)」と表現している。
問題は、長期国債の買い入れ拡大によって長期ゾーンの金利の上昇がある程度抑えられるとしても、短期国債の発行増加によって短期ゾーンの金利が上振れれば、それは経済や金融市場の安定を損ね、また、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策の妨げとなってしまう恐れがあるという点だ。
そこで、ベッセント財務長官が期待しているのは、ドル建てステーブルコインの発行増加に伴う短期国債需要の拡大とその金利押し下げ効果だろう。
昨年成立したステーブルコインの規制について定めたジーニアス(GENIUS)法の下では、米国発行のステーブルコインは、発行残高に相当する規模の特定の安全資産を、裏付け資産として保有することを義務付けられている。それには、米ドル現金とともに米国財務省証券(主に短期国債、T-Bills)が含まれている。
ベッセント財務長官は昨年、ステーブルコインが4兆ドル近い市場に成長する可能性があるという予測を引用して、「ステーブルコインは政府の借り入れコストを引き下げる可能性がある」との見方を示していた。
ドル建てのステーブルコインの発行増加は、ドルの需要と米国短期国債の需要増加をもたらし、米国での金利の安定と基軸通貨としてのドルの地位の安定に貢献する、とベッセント財務長官は考える。
ジーニアス法とクラリティ法
さらに、現在議会で審議されている暗号資産市場全体を規制するクラリティ(CLARITY)法が成立すれば、ステーブルコインの発行が後押しされ、短期国債の需要が増加する可能性がある。
ジーニアス法は主にステーブルコインの発行・準備資産・監督ルールを定める法律であるのに対して、クラリティ法はステーブルコインに限らず、ビットコインやイーサリアムなどを含む暗号資産市場全体の規制枠組みを定める法案だ。
また、クラリティ法が成立すれば、暗号資産の規制を巡って証券取引委員会(SEC)と商品先物取引委員会(CFTC)との間で長らく続けられてきた縄張り争いが大きく緩和される。それは、ステーブルコインを含む暗号資産全体の成長を後押しするだろう。
クラリティ法が成立すれば、SECは、投資契約に近く「証券」とみなされるトークンを監督する。ICO(新規トークン発行)や資金調達型のトークンが主な規制対象となる。一方、CFTCはビットコインやイーサリアムのような、「商品(コモディティ)」に近い暗号資産を監督する。また、取引所やデジタル商品市場の監視を担うことになる。
ジーニアス法は主にステーブルコインの発行・準備資産・監督ルールを定める法律であるのに対して、クラリティ法はステーブルコインに限らず、ビットコインやイーサリアムなどを含む暗号資産市場全体の規制枠組みを定める法案だ。
また、クラリティ法が成立すれば、暗号資産の規制を巡って証券取引委員会(SEC)と商品先物取引委員会(CFTC)との間で長らく続けられてきた縄張り争いが大きく緩和される。それは、ステーブルコインを含む暗号資産全体の成長を後押しするだろう。
クラリティ法が成立すれば、SECは、投資契約に近く「証券」とみなされるトークンを監督する。ICO(新規トークン発行)や資金調達型のトークンが主な規制対象となる。一方、CFTCはビットコインやイーサリアムのような、「商品(コモディティ)」に近い暗号資産を監督する。また、取引所やデジタル商品市場の監視を担うことになる。
クラリティ法は年内に成立するか
クラリティ法は、2025年7月に294対134の大差で下院を通過し、上院銀行委員会でも2026年5月に15対9で可決された。しかしその後の議会審議は、難航している。
成立に向けて大きな障害となっているのは、トランプ大統領を含む政府高官が暗号資産事業から利益を得ることを禁じる倫理規定の扱いだ。
民主党は、政府高官の暗号資産事業からの利益取得を禁じる倫理条項を法案に盛り込むよう主導してきた。しかし、共和党・ホワイトハウスが合意した現行案での条項の中身が不十分であるとして反発している。この対立が法案成立の最大の障害となっている。
もう一つの争点が、ステーブルコインの利回り・報酬の扱いである。ジーニアス法では、ステーブルコインの発行体が保有者に利子・利回りを支払うことを禁じたが、取引所やプラットフォームについては何も規定していない。これが抜け穴となり、ステーブルコインの保有者に事実上の利子が支払われれば、銀行預金からステーブルコインに急速な資金の流出が起きることを、銀行業界は懸念している。銀行業界は、暗号資産サービス業者がステーブルコイン保有者に利子相当の便益を提供することの抜け穴を塞ぐよう求めている。
上院が休会明けとなる2026年9月15日に審議入りの手続きについて採決が行われる予定で、それが最初の関門となる。そこを乗り越えられれば、法案の年内成立も見えてくるが、そうでなければ、越年の可能性が高まる。
ただし同法案が成立しても、ステーブルコインの発行が急増し、短期国債の需要が一気に増えるわけではない。米国債市場の安定に向けたベッセント財務長官の市場介入の動きは今後も続けられる可能性がある。
(参考資料)
“How Trump’s Crypto Push Is Linked to Bessent’s Treasury Moves(トランプ氏の暗号資産推進策、債券市場安定に寄与するか)”, Wall Street Journal, August 25, 2026
成立に向けて大きな障害となっているのは、トランプ大統領を含む政府高官が暗号資産事業から利益を得ることを禁じる倫理規定の扱いだ。
民主党は、政府高官の暗号資産事業からの利益取得を禁じる倫理条項を法案に盛り込むよう主導してきた。しかし、共和党・ホワイトハウスが合意した現行案での条項の中身が不十分であるとして反発している。この対立が法案成立の最大の障害となっている。
もう一つの争点が、ステーブルコインの利回り・報酬の扱いである。ジーニアス法では、ステーブルコインの発行体が保有者に利子・利回りを支払うことを禁じたが、取引所やプラットフォームについては何も規定していない。これが抜け穴となり、ステーブルコインの保有者に事実上の利子が支払われれば、銀行預金からステーブルコインに急速な資金の流出が起きることを、銀行業界は懸念している。銀行業界は、暗号資産サービス業者がステーブルコイン保有者に利子相当の便益を提供することの抜け穴を塞ぐよう求めている。
上院が休会明けとなる2026年9月15日に審議入りの手続きについて採決が行われる予定で、それが最初の関門となる。そこを乗り越えられれば、法案の年内成立も見えてくるが、そうでなければ、越年の可能性が高まる。
ただし同法案が成立しても、ステーブルコインの発行が急増し、短期国債の需要が一気に増えるわけではない。米国債市場の安定に向けたベッセント財務長官の市場介入の動きは今後も続けられる可能性がある。
(参考資料)
“How Trump’s Crypto Push Is Linked to Bessent’s Treasury Moves(トランプ氏の暗号資産推進策、債券市場安定に寄与するか)”, Wall Street Journal, August 25, 2026
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。