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原油価格上昇で日本銀行の「利上げペースの加速」局面が長引くとの見方も

9月11日にはWTI原油先物価格が5月以来となる1バレル100ドル台に乗せた。これを受けて、10年国債利回りは再び一時3%台に乗せ、日経平均株価は一時2,000円を超える大幅安となった。
 
イエメンの親イラン武装組織フーシ派と、サウジアラビアが支援する勢力との戦闘が激化していることが、足もとでの原油価格上昇を後押ししている。フーシ派はバブエル・マンデブ海峡に接する紅海沿岸地域へ進み、支配地域を広げているという。
 
6月の米国とイランの戦闘終結に向けた署名への期待は完全に白紙に戻り、さらにホルムズ海峡に加えて、紅海ルートであるバブエル・マンデブ海峡の二重の海峡封鎖状態の長期化観測が強まっている。
 
日本銀行が9月17~18日に0.25%の利上げを実施することが広く予想されている。原油価格の高騰を受けても、この見通しに変化はないだろう。0.5%の利上げとの観測が一部浮上するとしても、その可能性は低い。
 
しかし、原油価格の上昇が物価上昇率の上振れ期間を長引かせることで、日本銀行の利上げペースの加速局面の終わりが、年末・年明けからさらに後ずれする可能性は出てきた。

原油100ドルで物価は0.45%上昇、年間家計負担は2.0万円に

原油価格が100ドル程度の水準で維持されれば、原油価格高騰を受けた物価上昇率の上振れ傾向は来年まで続いてしまう可能性がある。そうなれば、実質賃金の低下が個人消費を悪化させる構図が、より長期化するだろう。
 
原油価格について、90ドルと100ドルの2つのケースを想定した。90ドルは、ホルムズ海峡とバブエル・マンデブ海峡の二重封鎖が数か月続くとの市場の観測を反映したもの、100ドルは半年、あるいはそれ以上続くとの市場の観測を反映したものとする(コラム「米国のイラン攻撃再開と90ドル台に達した原油価格:米国頼みの原油代替調達に限界も」、2026年9月2日)。
 
原油価格の上昇は、90ドルケースで実質GDPを0.17%、100ドルケースで0.26%押し下げる計算だ。経済には相応の打撃となる。他方で物価(個人消費デフレータ)は、それぞれ+0.30%、+0.45%押し上げられる(図表)。
 
物価の上昇は、家計に経済的な負担をもたらす。それは90ドルケースでは年間1.3万円、100ドルケースでは年間2.0万円と試算される(コラム「ホルムズ海峡とバブエル・マンデブ海峡の二重封鎖のリスク:原油100ドル定着で物価は0.45%上昇、年間家計負担は2万円に」、2026年7月27日)。
 
図表 原油価格上昇の経済効果

米国を中心とする原油代替調達の持続性に不安も

今回の原油価格の上昇は、中東情勢の危機がまだ終わっていないことを広く印象付けるものとなった。日本では、企業や個人の間で、原油の代替調達の持続性への不安が今後広まる可能性がある。
 
7月、8月はホルムズ海峡を経由しない原油の代替調達量が、中東情勢が緊迫化する前の2025年水準の100%程度に達した、と政府は発表している(「我が国の原油調達の状況」、資源エネルギー庁)。
 
9月分の代替調達比率は8割程度に低下する見込みだ。これは、バブエル・マンデブ海峡を経由した輸入をスエズ運河経由に切り替えるために時間が必要になるため、と説明されている。
 
ただし注目されるのは、9月の米国からの原油輸入量が、8月と比べて一気に半分以下に縮小する見通しであることだ。これは、当初からの米国との契約に基づくものかもしれないが、米国から日本に対して原油供給を無理に優先的に回してもらったことの反動が生じた可能性があるのではないか。あるいは、米国での輸出余力全体が制約され始めている結果であるかもしれない。
 
戦闘拡大により、ホルムズ海峡だけでなく、バブエル・マンデブ海峡、あるいはスエズ運河を経由した中東からの原油の調達には大きな不安が残されている。そうしたなか、代替調達の相当部分を占めてきた「頼みの綱」である米国からの原油調達が縮小すれば、当面は不足分を石油備蓄の取り崩しで賄うとしても、国内での原油供給に対する企業、家計の先行きへの不安は再び強まるだろう。
 
その際、企業が石油関連の原材料を手元に確保するために生産の調整を強めれば、日用品を含む石油関連製品の供給不足が再燃し、価格高騰が生じる可能性がある。
 
中東情勢の緊迫化を受けて生じる、原油価格上昇、原油供給不足懸念、日用品不足、製品価格の高騰といった大きなリスクが、再び戻ってきた感がある。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。