2025年1月14日、米国の証券取引委員会(SEC)は、ワシントンD.C.地区連邦地方裁判所において、イーロン・マスク氏に対して連邦証券法上の大量保有報告制度違反の責任を問う民事訴訟を提起した(注1)。
マスク氏は、電気自動車の有力メーカーであるテスラ社を初めとする複数の企業の経営者であり、世界一の富豪だともされる。1月20日に発足するドナルド・トランプ次期大統領の第二期政権では、新たに設けられる政府効率化省(Department of Government Efficiency: DOGE)のトップに就任する見通しとされるなど、トランプ氏に近く、今後の政権運営に強い影響力を及ぼす人物とも目されている。
マスク氏は、電気自動車の有力メーカーであるテスラ社を初めとする複数の企業の経営者であり、世界一の富豪だともされる。1月20日に発足するドナルド・トランプ次期大統領の第二期政権では、新たに設けられる政府効率化省(Department of Government Efficiency: DOGE)のトップに就任する見通しとされるなど、トランプ氏に近く、今後の政権運営に強い影響力を及ぼす人物とも目されている。
マスク氏にかけられた嫌疑
マスク氏は、2022年10月、著名なSNSツイッター(現X)の運営会社であるツイッター社を買収した。SECは、この買収に際してマスク氏が、自身がツイッター株式を買い集めているという事実が公けになることで同社の株価が高騰するのを防ぐ目的で、証券法上の大量保有報告制度で求められる適切な情報開示を怠ったと主張する。
米国の大量保有報告制度は、株式公開買付け(tender offer)を規律するために制定された1968年のウィリアムズ法によって法制化された(1934年証券取引所法13条(d)項)。上場会社の株式等の保有割合が5%超となった場合に情報開示が求められることから「5%ルール」とも呼ばれる。2023年10月には同制度に基づく報告書の提出期限早期化を主要な内容とするSEC規則改正が行われた(注2)。
SECは、マスク氏によるツイッター社買収が完了する以前から、同氏による情報開示の内容に問題があったと考え、調査を開始していたが、マスク氏が調査に対して非協力的であったこともあり、これまで提訴には至っていなかった。
米国の大量保有報告制度は、株式公開買付け(tender offer)を規律するために制定された1968年のウィリアムズ法によって法制化された(1934年証券取引所法13条(d)項)。上場会社の株式等の保有割合が5%超となった場合に情報開示が求められることから「5%ルール」とも呼ばれる。2023年10月には同制度に基づく報告書の提出期限早期化を主要な内容とするSEC規則改正が行われた(注2)。
SECは、マスク氏によるツイッター社買収が完了する以前から、同氏による情報開示の内容に問題があったと考え、調査を開始していたが、マスク氏が調査に対して非協力的であったこともあり、これまで提訴には至っていなかった。
SECが主張する事実関係
公表された訴状によれば、SECの主張する事実関係は概ね次の通りである。
マスク氏は、2022年1月31日頃からツイッター株の買い集めを開始した。マスク氏は、個人資産の管理を委託した代理人を通じてブローカー証券会社に買付けの指示を出していたが、同年2月終り頃から証券会社側は、マスク氏側に対してツイッター株の買い集めに係る法律意見を得ておくよう助言したり、保有割合が5%を超える段階までツイッター株を買い進める意図があるのかどうかを確認しようとしたりした。
2022年3月8日頃、マスク氏は、代理人を通じて証券会社に対し、ツイッター株の買付けを保有割合が5%を超えても継続するよう指示した。3月14日までには、証券会社は約280万株のツイッター株を取得し、マスク氏が実質的に保有する同社株の比率は5%を超えた。この事実は代理人を通じてマスク氏に伝えられた。
この時点で大量保有報告制度上、マスク氏は3月24日までに大量保有報告書を提出しなければならない義務を負ったはずである。同日時点でマスク氏のツイッター株保有割合は7%を超えていたが、同氏は大量保有報告書を提出しなかった。
マスク氏は3月25日金曜日にも約350万株のツイッター株を買付け、保有割合は約8%に達した。マスク氏は、その翌々日の27日日曜日、ツイッター社取締役の一人A氏と会話し、自身が同社株を7%以上保有していると告げた。A氏が、マスク氏に対して取締役会のメンバーにならないかと持ち掛けたところ、マスク氏は取締役就任に関心があることを明らかにした。
これを受けてA氏は、ツイッター社の取締役会議長、取締役B氏、CEO並びにマスク氏を宛名人とする電子メールを作成し、「イーロン、みんなが君がツイッターに加わり取締役会メンバーとなるという見通しに興奮している」等のメッセージを記載して送信した。
3月28日月曜日以降、マスク氏は連日ツイッター株の追加買付けを行った。マスク氏は、31日の取引開始時間前には前述の電子メールの宛名人の一人であるB氏と会話し、ツイッター社の取締役会メンバーとなる可能性を議論し、自らツイッター社を完全に買収する可能性にも言及した。
3月31日、マスク氏はツイッター社のCEO及び取締役会議長と面会した。ツイッター社側からは取締役会にメンバーとして参加してほしいが正式の就任依頼は所定の社内手続きを踏んでからとなるといった説明がなされた。4月3日日曜日には、B氏からマスク氏に対して口頭で取締役就任の正式な依頼がなされ、マスク氏は口頭で受諾した。その後、就任手続きに必要な書類がマスク氏の代理人に送られた。
4月4日月曜日の取引開始時間前、マスク氏はSECに対して大量保有報告書を提出した。提出された報告書の様式は、経営支配の目的以外の目的で株式を大量に保有する「パッシブ投資家」が利用することを認められる特例様式であるスケジュール13Gであり、保有割合は約9%とされていた。当該報告書には、ツイッター社の経営支配の変更や影響を及ぼすことを保有の目的とはしていないと記載されていた。マスク氏による大量保有が開示されたことで、ツイッター社の株価は前日終値から27%急騰した。
4月5日火曜日、マスク氏はツイッター社の取締役就任を受諾したことを公表し、ツイッター社の株式保有割合が9%超であることを記載した通常様式スケジュール13Dを用いた大量保有報告書をSECに提出した。スケジュール13Dは、経営支配に影響を及ぼすことを目的として株式を大量保有する者等が提出を求められる様式である(注3)。
SECは、以上のような事実関係を踏まえ、マスク氏が総額5億ドル以上のツイッター株を買付けた3月25日から4月1日にかけて大量保有報告書の提出義務を怠り、株価の高騰が抑えられた結果、1億5,000万ドル以上の支払いを免れたと主張する。その上でSECは、マスク氏やその代理人が大量保有報告制度違反行為を行うことを将来にわたって恒久的に差し止めることや違反行為によって得た利益を没収すること、民事制裁金の支払いを命じることを裁判所に対して求めた。
マスク氏は、2022年1月31日頃からツイッター株の買い集めを開始した。マスク氏は、個人資産の管理を委託した代理人を通じてブローカー証券会社に買付けの指示を出していたが、同年2月終り頃から証券会社側は、マスク氏側に対してツイッター株の買い集めに係る法律意見を得ておくよう助言したり、保有割合が5%を超える段階までツイッター株を買い進める意図があるのかどうかを確認しようとしたりした。
2022年3月8日頃、マスク氏は、代理人を通じて証券会社に対し、ツイッター株の買付けを保有割合が5%を超えても継続するよう指示した。3月14日までには、証券会社は約280万株のツイッター株を取得し、マスク氏が実質的に保有する同社株の比率は5%を超えた。この事実は代理人を通じてマスク氏に伝えられた。
この時点で大量保有報告制度上、マスク氏は3月24日までに大量保有報告書を提出しなければならない義務を負ったはずである。同日時点でマスク氏のツイッター株保有割合は7%を超えていたが、同氏は大量保有報告書を提出しなかった。
マスク氏は3月25日金曜日にも約350万株のツイッター株を買付け、保有割合は約8%に達した。マスク氏は、その翌々日の27日日曜日、ツイッター社取締役の一人A氏と会話し、自身が同社株を7%以上保有していると告げた。A氏が、マスク氏に対して取締役会のメンバーにならないかと持ち掛けたところ、マスク氏は取締役就任に関心があることを明らかにした。
これを受けてA氏は、ツイッター社の取締役会議長、取締役B氏、CEO並びにマスク氏を宛名人とする電子メールを作成し、「イーロン、みんなが君がツイッターに加わり取締役会メンバーとなるという見通しに興奮している」等のメッセージを記載して送信した。
3月28日月曜日以降、マスク氏は連日ツイッター株の追加買付けを行った。マスク氏は、31日の取引開始時間前には前述の電子メールの宛名人の一人であるB氏と会話し、ツイッター社の取締役会メンバーとなる可能性を議論し、自らツイッター社を完全に買収する可能性にも言及した。
3月31日、マスク氏はツイッター社のCEO及び取締役会議長と面会した。ツイッター社側からは取締役会にメンバーとして参加してほしいが正式の就任依頼は所定の社内手続きを踏んでからとなるといった説明がなされた。4月3日日曜日には、B氏からマスク氏に対して口頭で取締役就任の正式な依頼がなされ、マスク氏は口頭で受諾した。その後、就任手続きに必要な書類がマスク氏の代理人に送られた。
4月4日月曜日の取引開始時間前、マスク氏はSECに対して大量保有報告書を提出した。提出された報告書の様式は、経営支配の目的以外の目的で株式を大量に保有する「パッシブ投資家」が利用することを認められる特例様式であるスケジュール13Gであり、保有割合は約9%とされていた。当該報告書には、ツイッター社の経営支配の変更や影響を及ぼすことを保有の目的とはしていないと記載されていた。マスク氏による大量保有が開示されたことで、ツイッター社の株価は前日終値から27%急騰した。
4月5日火曜日、マスク氏はツイッター社の取締役就任を受諾したことを公表し、ツイッター社の株式保有割合が9%超であることを記載した通常様式スケジュール13Dを用いた大量保有報告書をSECに提出した。スケジュール13Dは、経営支配に影響を及ぼすことを目的として株式を大量保有する者等が提出を求められる様式である(注3)。
SECは、以上のような事実関係を踏まえ、マスク氏が総額5億ドル以上のツイッター株を買付けた3月25日から4月1日にかけて大量保有報告書の提出義務を怠り、株価の高騰が抑えられた結果、1億5,000万ドル以上の支払いを免れたと主張する。その上でSECは、マスク氏やその代理人が大量保有報告制度違反行為を行うことを将来にわたって恒久的に差し止めることや違反行為によって得た利益を没収すること、民事制裁金の支払いを命じることを裁判所に対して求めた。
マスク氏側の対応とSECの狙い
主要メディアの報道によれば、マスク氏の代理人弁護士は、SECによる提訴を受けて、「マスク氏は何ら間違ったことはしておらず、SECの数年間にわたる反マスク氏キャンペーンの成果は、一片の書類を提出しなかったという手続き上のミスの容疑に過ぎない。これは事実だと証明されたとしても、名目的な制裁を受けるにとどまるような事柄だ。」と述べたという(注4)。
実は、SECがマスク氏による証券法違反行為を摘発するのは、今回が初めてではない。2018年には、マスク氏が会長兼CEOを務めていたテスラ社の株式非公開化の可能性について、虚偽または誤解を生じさせる情報を流布したとしてSECによる訴訟提起がなされた(注5)。この時は、提訴から2日後にマスク氏がテスラ社の会長を退任し、4,000万ドルの民事制裁金を支払うことなどでSECとの和解が成立し、訴訟は終結した。
しかし、今回の訴訟は、前回とは異なり短期間で収束しそうにない。SECは1億5,000万ドルという高額の不当利得の没収を求めており、数千万ドル程度の民事制裁金の支払いに応じるといった条件での和解が成立する可能性は高くない。
前述のマスク氏の代理人弁護士のコメントから推察するに、マスク氏側は、大量保有報告書の提出が提出義務の発生から10日以内という法令上の期限よりも遅れたことは認めた上で、些細な手続きミスに過ぎないといった主張を展開することになるものと思われる。SECの訴状は、マスク氏によるスケジュール13Gを利用した最初の大量保有報告書の提出自体が違法なものであったという判断を強く匂わせているが、仮にスケジュール13G の利用が正当なものであったとしても、2022年当時のSEC規則では、スケジュール13Gによる大量保有報告書の提出期限は保有割合が5%超となってから10日以内である。3月24日が、法令上の提出期限であったことやそれをマスク氏側が認識していたかもしくは認識すべきであったことは、否定しにくいだろう。
SECが訴状で、マスク氏のツイッター株買付けの実務を行っていた証券会社が法律意見を得ておくよう助言したといった事実を強調したのは、マスク氏による大量保有報告書の提出遅延が、うっかりミスといったものではなく、意図的であったことを印象付ける狙いからであろう。
また訴状では、3月下旬から4月にかけてのツイッター社の取締役会メンバーとマスク氏とのやり取りが詳細に述べられているが、これはマスク氏が自身の保有割合を十分に認識していたことやツイッター株保有の目的が3月下旬の段階で既に同社の経営支配に影響を及ぼすこととなっていたことを印象付け、前述のように、4月4日のスケジュール13Gによる情報開示が虚偽または誤解を生じさせるものであったことを示そうとするためであろう。これらの点は、マスク氏の行為の悪質性に対する評価に影響を及ぼし、ひいては裁判所によって決定される民事制裁金の金額の大きさにも影響する可能性がある。
実は、SECがマスク氏による証券法違反行為を摘発するのは、今回が初めてではない。2018年には、マスク氏が会長兼CEOを務めていたテスラ社の株式非公開化の可能性について、虚偽または誤解を生じさせる情報を流布したとしてSECによる訴訟提起がなされた(注5)。この時は、提訴から2日後にマスク氏がテスラ社の会長を退任し、4,000万ドルの民事制裁金を支払うことなどでSECとの和解が成立し、訴訟は終結した。
しかし、今回の訴訟は、前回とは異なり短期間で収束しそうにない。SECは1億5,000万ドルという高額の不当利得の没収を求めており、数千万ドル程度の民事制裁金の支払いに応じるといった条件での和解が成立する可能性は高くない。
前述のマスク氏の代理人弁護士のコメントから推察するに、マスク氏側は、大量保有報告書の提出が提出義務の発生から10日以内という法令上の期限よりも遅れたことは認めた上で、些細な手続きミスに過ぎないといった主張を展開することになるものと思われる。SECの訴状は、マスク氏によるスケジュール13Gを利用した最初の大量保有報告書の提出自体が違法なものであったという判断を強く匂わせているが、仮にスケジュール13G の利用が正当なものであったとしても、2022年当時のSEC規則では、スケジュール13Gによる大量保有報告書の提出期限は保有割合が5%超となってから10日以内である。3月24日が、法令上の提出期限であったことやそれをマスク氏側が認識していたかもしくは認識すべきであったことは、否定しにくいだろう。
SECが訴状で、マスク氏のツイッター株買付けの実務を行っていた証券会社が法律意見を得ておくよう助言したといった事実を強調したのは、マスク氏による大量保有報告書の提出遅延が、うっかりミスといったものではなく、意図的であったことを印象付ける狙いからであろう。
また訴状では、3月下旬から4月にかけてのツイッター社の取締役会メンバーとマスク氏とのやり取りが詳細に述べられているが、これはマスク氏が自身の保有割合を十分に認識していたことやツイッター株保有の目的が3月下旬の段階で既に同社の経営支配に影響を及ぼすこととなっていたことを印象付け、前述のように、4月4日のスケジュール13Gによる情報開示が虚偽または誤解を生じさせるものであったことを示そうとするためであろう。これらの点は、マスク氏の行為の悪質性に対する評価に影響を及ぼし、ひいては裁判所によって決定される民事制裁金の金額の大きさにも影響する可能性がある。
今後の展望
1月20日に就任するトランプ次期大統領は、SECによる暗号資産規制への対応を厳しく批判し、民主党のゲーリー・ゲンスラー現委員長を政権発足と同時に解任すると公言してきた(注6)。既にゲンスラー氏はトランプ氏の大統領就任までに辞任する意思を表明しており、ポール・アトキンス元SEC委員が次期委員長に指名されることが確定的となっている。
ネット上では、こうした微妙な時期に次期政権の中枢にある人物に対する訴訟が提起されたことを過度に政治的に捉え、アトキンス次期委員長の下でマスク氏に対する訴訟が取り下げられるのではないかといった観測もなされている。しかし、SECが主張する事実関係が概ね正しいものだとすれば、そう単純に事が運ぶとは限るまい。
大量保有報告制度に係る法令違反は、一見些細な技術的問題ではあるが、大量保有報告書の開示情報は、大量保有の対象となった上場会社の株価に大きな影響を及ぼすことが少なくない。とりわけ経営支配権の争いが生じているような局面においては、適正な開示が行われるかどうかが、その帰趨を左右することもあり得る。それだけにSECは、過去にも大量保有報告制度に係る違反行為に対して厳しい姿勢を示してきた。
例えば、2004年には、ミラン・ラボラトリーズとキング製薬の合併構想をめぐってミランの株式を大量取得しながらエクイティ・スワップを行って株価変動の影響をヘッジした上で、キングの株主として議決権を行使しようとしたヘッジファンド、ペリーの動きが「エンプティ・ボーテイング(空の議決権)」として市場関係者の注目を集めた(注7)。SECは、この問題をめぐって、ペリーがミラン・ラボラトリーズの5%超の株式取得をファンドの「通常の業務の範囲内」で行われたものだとして特例報告様式スケジュール13Gによって報告した行為は違法だと判断し、15万ドルの民事制裁金支払いを命じる行政処分を行っている(注8)。近年の事案でも、大量保有報告書の記載内容に重要な変更が生じたにもかかわらず速やかに開示を行わなかった投資ファンドに対して行政罰が科されている(注9)。
大量保有報告制度をめぐる規制強化やエンフォースメント(法規執行)の拡充は、主に上場会社の経営者の利害を代弁する法律家によって強く主張されてきた。そうした法律家の中には、共和党寄りの人物も多い。次期SEC委員長への就任が確実視されるアトキンス氏は、ゲンスラー現委員長が主導する暗号資産規制のあり方に批判的だとはされるが、もともと著名な証券法規制の専門家であり、決して政治色の強い人物ではない。アトキンス氏の主導するSECが、マスク氏に対する提訴を行き過ぎと判断して訴訟を取り下げるものと決め付けるのは早計であろう。
ネット上では、こうした微妙な時期に次期政権の中枢にある人物に対する訴訟が提起されたことを過度に政治的に捉え、アトキンス次期委員長の下でマスク氏に対する訴訟が取り下げられるのではないかといった観測もなされている。しかし、SECが主張する事実関係が概ね正しいものだとすれば、そう単純に事が運ぶとは限るまい。
大量保有報告制度に係る法令違反は、一見些細な技術的問題ではあるが、大量保有報告書の開示情報は、大量保有の対象となった上場会社の株価に大きな影響を及ぼすことが少なくない。とりわけ経営支配権の争いが生じているような局面においては、適正な開示が行われるかどうかが、その帰趨を左右することもあり得る。それだけにSECは、過去にも大量保有報告制度に係る違反行為に対して厳しい姿勢を示してきた。
例えば、2004年には、ミラン・ラボラトリーズとキング製薬の合併構想をめぐってミランの株式を大量取得しながらエクイティ・スワップを行って株価変動の影響をヘッジした上で、キングの株主として議決権を行使しようとしたヘッジファンド、ペリーの動きが「エンプティ・ボーテイング(空の議決権)」として市場関係者の注目を集めた(注7)。SECは、この問題をめぐって、ペリーがミラン・ラボラトリーズの5%超の株式取得をファンドの「通常の業務の範囲内」で行われたものだとして特例報告様式スケジュール13Gによって報告した行為は違法だと判断し、15万ドルの民事制裁金支払いを命じる行政処分を行っている(注8)。近年の事案でも、大量保有報告書の記載内容に重要な変更が生じたにもかかわらず速やかに開示を行わなかった投資ファンドに対して行政罰が科されている(注9)。
大量保有報告制度をめぐる規制強化やエンフォースメント(法規執行)の拡充は、主に上場会社の経営者の利害を代弁する法律家によって強く主張されてきた。そうした法律家の中には、共和党寄りの人物も多い。次期SEC委員長への就任が確実視されるアトキンス氏は、ゲンスラー現委員長が主導する暗号資産規制のあり方に批判的だとはされるが、もともと著名な証券法規制の専門家であり、決して政治色の強い人物ではない。アトキンス氏の主導するSECが、マスク氏に対する提訴を行き過ぎと判断して訴訟を取り下げるものと決め付けるのは早計であろう。
おわりに ~日本でも注目される大量保有報告書制度のエンフォースメント~
日本でも近年、上場企業の経営支配権をめぐる争いに関連して、大量保有報告制度のエンフォースメントを強化すべきとの主張が展開されるようになっている。2024年の金融商品取引法改正へ向けた議論では、そうした主張が制度の見直しにつながることともなった(注10)。
敵対的買収者による対象会社株式の保有状況が不明確な中で買収防衛策の発動が試みられ、多くの実務家の関心を集めることとなった2022年の三ツ星事件(大阪高決令和4年7月21日資料版商事法務461号153頁)をめぐっては、2023年8月、三ツ星株式を大量取得した敵対的買収者に対して、大量保有報告書の不提出等を理由とする課徴金納付命令が発出されている(注11)。
SECがマスク氏によって行われたと主張する、買収意向が明確であるにも関わらず、それを明らかにせずに株式を買い進める行為が株主による安価での株式売却につながる可能性については、2023年8月に経済産業省が策定した「企業買収における行動指針」においても、問題点が指摘されている(同指針4.1.1.2)。
(注1)SEC v. Elon Musk, Case No. 25-cv-105.
(注2)当コラム「米国SECの大量保有報告規則改正」(2023年10月18日)
(注3)つまりマスク氏は、4月4日から5日にかけてツイッター株の保有目的を純投資から経営支配ないしは経営支配に影響を及ぼすことへと変更したことになる。
(注4)"SEC sues Elon Musk for allegedly failing to properly disclose his Twitter ownership stake", CNN Business, January 14, 2025
(注7)宍戸善一=大崎貞和『上場会社法』弘文堂(2023)142頁参照。
(注8)In re Perry Corp., SEC, Release No. 34-60351; IA-2907, July 21, 2009.
(注9)e.g. In re WCAS Management Corporation, SEC, Litigation Release No. 89914, September 17, 2020.
(注10)当コラム「TOB・大量保有報告制度等WG報告について」(2024年11月8日)
(注11)(株)シンシア工務店ほかに対する課徴金納付命令(令和6年8月28日)。
敵対的買収者による対象会社株式の保有状況が不明確な中で買収防衛策の発動が試みられ、多くの実務家の関心を集めることとなった2022年の三ツ星事件(大阪高決令和4年7月21日資料版商事法務461号153頁)をめぐっては、2023年8月、三ツ星株式を大量取得した敵対的買収者に対して、大量保有報告書の不提出等を理由とする課徴金納付命令が発出されている(注11)。
SECがマスク氏によって行われたと主張する、買収意向が明確であるにも関わらず、それを明らかにせずに株式を買い進める行為が株主による安価での株式売却につながる可能性については、2023年8月に経済産業省が策定した「企業買収における行動指針」においても、問題点が指摘されている(同指針4.1.1.2)。
(注1)SEC v. Elon Musk, Case No. 25-cv-105.
(注2)当コラム「米国SECの大量保有報告規則改正」(2023年10月18日)
(注3)つまりマスク氏は、4月4日から5日にかけてツイッター株の保有目的を純投資から経営支配ないしは経営支配に影響を及ぼすことへと変更したことになる。
(注4)"SEC sues Elon Musk for allegedly failing to properly disclose his Twitter ownership stake", CNN Business, January 14, 2025
(注5)当コラム「米国SECによるイーロン・マスク氏訴追と和解」(2018年10月1日)
(注6)当コラム「トランプ大統領返り咲き後の暗号資産規制」(2024年11月8日)(注7)宍戸善一=大崎貞和『上場会社法』弘文堂(2023)142頁参照。
(注8)In re Perry Corp., SEC, Release No. 34-60351; IA-2907, July 21, 2009.
(注9)e.g. In re WCAS Management Corporation, SEC, Litigation Release No. 89914, September 17, 2020.
(注10)当コラム「TOB・大量保有報告制度等WG報告について」(2024年11月8日)
(注11)(株)シンシア工務店ほかに対する課徴金納付命令(令和6年8月28日)。
プロフィール
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大崎 貞和のポートレート 大崎 貞和
未来創発センター
1986年に野村総合研究所入社後、1987年以降、経済調査部資本市場研究室、資本市場研究部等で内外資本市場動向の調査研究に従事。 政府審議会委員等の公職を務めた経験を有し、現在は大学でも教育研究活動にも携わるほか、日本証券業協会の自主規制機関としての活動にも参画している。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。