複雑な米国株式市場の構造
米国における上場株式(NMS銘柄)の取引市場としては、証券取引委員会(SEC)の登録を受けた国法証券取引所の市場に加えて、気配公表義務を負うATS(代替取引システム)、気配公表義務を負わないATSであるダークプール、単独ディーラー取引プラットフォーム(SDP)といった多様な取引の場があるほか、リテール注文を内部化して約定させるホールセラーと呼ばれるマーケットメーカーも存在する。
NMS銘柄を取引する証券取引所は現在17ある(注1)。取引所の市場や気配公表義務を負うATSで表示される売買気配は、登録証券情報処理業者(SIP: Securities Information Processor)を通じて統合され(注2)、最も高い買い気配と最も安い売り気配であるNBBO(National Best Bid Offer、全米最良気配)が配信される。顧客注文を取り扱う証券会社(ブローカー・ディーラー)は、最良執行原則によってNBBOよりも不利な価格での顧客注文の約定を原則として禁止されるため、複雑で分散的な構造にもかかわらず、米国の株式市場は、一つの統合された市場として機能しているのである。
なお、ATSとは、株式等の売買注文の付け合わせという取引所と実質的に変わらない機能を果たすが、法令上は証券取引所と同じ自主規制機関ではなく、証券会社とされている取引プラットフォームである。ATSは、SEC規則レギュレーションATSに基づく登録を義務付けられるが、直近6か月の各個別銘柄の売買高が米国市場全体の売買高の5%未満である場合は、気配公表義務を免除される。一方、SDPは、投資銀行が機関投資家顧客向けに提供する仕組みで、取引プラットフォームの運営者である投資銀行が、自己勘定で顧客注文に対当するものである。
NMS銘柄を取引する証券取引所は現在17ある(注1)。取引所の市場や気配公表義務を負うATSで表示される売買気配は、登録証券情報処理業者(SIP: Securities Information Processor)を通じて統合され(注2)、最も高い買い気配と最も安い売り気配であるNBBO(National Best Bid Offer、全米最良気配)が配信される。顧客注文を取り扱う証券会社(ブローカー・ディーラー)は、最良執行原則によってNBBOよりも不利な価格での顧客注文の約定を原則として禁止されるため、複雑で分散的な構造にもかかわらず、米国の株式市場は、一つの統合された市場として機能しているのである。
なお、ATSとは、株式等の売買注文の付け合わせという取引所と実質的に変わらない機能を果たすが、法令上は証券取引所と同じ自主規制機関ではなく、証券会社とされている取引プラットフォームである。ATSは、SEC規則レギュレーションATSに基づく登録を義務付けられるが、直近6か月の各個別銘柄の売買高が米国市場全体の売買高の5%未満である場合は、気配公表義務を免除される。一方、SDPは、投資銀行が機関投資家顧客向けに提供する仕組みで、取引プラットフォームの運営者である投資銀行が、自己勘定で顧客注文に対当するものである。
SECがレギュレーションNMS改正を提案
複数の取引市場が同じ銘柄の注文獲得を目指して競争しながらも、株式市場全体を統合された市場として機能させるという考え方は、NMS(全米市場システム)を確立するようSECに命じた1934年証券取引所法11A条で示されたものである。同条は1975年に制定されたが、同条の規定を受けてSECが定めた様々なルールは、2005年にレギュレーションNMSとして整理・改正された。
2026年6月11日、SECは、レギュレーションNMSのうち、①他の取引市場で示された顧客により有利な気配を無視して売買注文を執行するトレードスルーの禁止規制を定めた規則611と②売りと買いの最良気配が同値となるロックドマーケット(locked market)や逆転するクロスドマーケット(crossed market)の回避義務を定めた規則610(e) の二つを廃止する規則改正を提案した(注3)。
これらは、従来レギュレーションNMSの根幹を成すものと捉えられてきたルールであり、その廃止が提案されたことには、レギュレーションNMSの制定から20年以上を経て、米国株式市場の構造が大きく変容したというSECの認識が反映されている。
2026年6月11日、SECは、レギュレーションNMSのうち、①他の取引市場で示された顧客により有利な気配を無視して売買注文を執行するトレードスルーの禁止規制を定めた規則611と②売りと買いの最良気配が同値となるロックドマーケット(locked market)や逆転するクロスドマーケット(crossed market)の回避義務を定めた規則610(e) の二つを廃止する規則改正を提案した(注3)。
これらは、従来レギュレーションNMSの根幹を成すものと捉えられてきたルールであり、その廃止が提案されたことには、レギュレーションNMSの制定から20年以上を経て、米国株式市場の構造が大きく変容したというSECの認識が反映されている。
規則611と導入当初の狙い
規則611によるトレードスルーの禁止規制とは、取引所市場であって「自動執行可能な取引市場」で「自動的に表示される気配」(「保護される気配(protected bid and offer)」と呼ばれる)を無視して、「保護される気配」よりも不利な価格で自取引市場に出された注文を執行することや「保護される気配」を表示している市場以外の取引市場に注文を回送することを原則として禁止するというものである。
規則611にいう「保護される気配」には、ニューヨーク証券取引所(NYSE)の立会場のように自動執行が行われない取引市場や気配が手動更新される取引市場で表示される気配は含まれない。このため、規則611の制定は、それまでNYSE上場銘柄の取引で高いシェアを占めていたNYSE立会場の地位低下を予想させることとなり、NYSEのアーキペラゴECNとの経営統合による電子取引強化という市場構造の大きな変化につながった。
SECは、トレードスルー禁止規制の廃止を提案する理由として、2005年以降の20年以上の間に生じた市場環境、市場構造の大きな変化を指摘する。
トレードスルー禁止規制導入時の狙いは、投資家、とりわけプロフェッショナルではない個人投資家の売買注文が、市場全体で見ればより有利な価格でのマッチングが可能であるにもかかわらず、不利な価格で約定してしまうことを防ぎ、投資者保護を図ることであった。同時に、顧客にとってより有利な気配を表示すれば、売買注文が回送されやすくなるという状況を生み出すことで、取引市場間の注文獲得競争とその結果としての売買スプレッド等の取引費用の低下を促すことも規制の目的であった。
トレードスルー禁止規制を遵守するために、証券会社は、より有利な売買気配を示す他の取引市場に瞬時に注文を回送するシステム(SOR: smart order routingと呼ばれる)を整備する一方、各取引市場は、強気の気配表示につながる注文の手数料を優遇したりリベートを支払ったりといった価格体系を採用した。NBBOかそれ以上に顧客に有利な条件で売買注文を約定させることを保障するマーケットメーカーも増加した(注4)。
SECによれば、この結果、現在では、個人投資家が様々な市場データや各取引市場が公表する注文執行の品質に関する情報に容易にアクセスできる上、顧客注文を取り扱う証券会社の最良執行義務が強化されていることもあり、トレードスルー禁止規制を設けなくても顧客注文が明らかに不利な条件で処理されるといったリスクは小さくなっている。
規則611にいう「保護される気配」には、ニューヨーク証券取引所(NYSE)の立会場のように自動執行が行われない取引市場や気配が手動更新される取引市場で表示される気配は含まれない。このため、規則611の制定は、それまでNYSE上場銘柄の取引で高いシェアを占めていたNYSE立会場の地位低下を予想させることとなり、NYSEのアーキペラゴECNとの経営統合による電子取引強化という市場構造の大きな変化につながった。
SECは、トレードスルー禁止規制の廃止を提案する理由として、2005年以降の20年以上の間に生じた市場環境、市場構造の大きな変化を指摘する。
トレードスルー禁止規制導入時の狙いは、投資家、とりわけプロフェッショナルではない個人投資家の売買注文が、市場全体で見ればより有利な価格でのマッチングが可能であるにもかかわらず、不利な価格で約定してしまうことを防ぎ、投資者保護を図ることであった。同時に、顧客にとってより有利な気配を表示すれば、売買注文が回送されやすくなるという状況を生み出すことで、取引市場間の注文獲得競争とその結果としての売買スプレッド等の取引費用の低下を促すことも規制の目的であった。
トレードスルー禁止規制を遵守するために、証券会社は、より有利な売買気配を示す他の取引市場に瞬時に注文を回送するシステム(SOR: smart order routingと呼ばれる)を整備する一方、各取引市場は、強気の気配表示につながる注文の手数料を優遇したりリベートを支払ったりといった価格体系を採用した。NBBOかそれ以上に顧客に有利な条件で売買注文を約定させることを保障するマーケットメーカーも増加した(注4)。
SECによれば、この結果、現在では、個人投資家が様々な市場データや各取引市場が公表する注文執行の品質に関する情報に容易にアクセスできる上、顧客注文を取り扱う証券会社の最良執行義務が強化されていることもあり、トレードスルー禁止規制を設けなくても顧客注文が明らかに不利な条件で処理されるといったリスクは小さくなっている。
トレードスルー禁止規制の弊害
他方、トレードスルー禁止規制は様々な弊害を生んでいるとSECは指摘する。規則611に規定される「保護される気配」を表示できれば、どんなに取引量が小さく、取引参加者の少ない取引市場であっても売買注文の獲得が期待できる。このためSIPに直接参加する取引所のステータスを獲得しようとする取引市場が増加し、NMS銘柄を取引する国法証券取引所の数は、2005年の8取引所から17に増加した。
取引参加者が規則611を遵守するためには、トレードスルー禁止規制の対象となるすべての取引市場への注文回送能力を確保しなければならない。そこで新たに取引所が開設されると、多くの取引参加者は、本音では取引の場として使いたくない場合でも、コストをかけて接続システムを整備する。
これについてSECは、取引所間の競争は良いことだとしながらも、取引所を設立しさえすれば情報料やシステム接続料といった収入が確実に得られるのは問題だとする。また、トレードスルー防止のために十分なチェックを行ったか、事後的な点検をしたかといったコンプライアンスのコストも大きいが、チェックの対象となる取引市場の数が増えることで、そのコストも増大すると指摘する。
トレードスルー禁止規定には、技術的な例外がいくつも設けられているが、これらの適用を受けるための複雑な注文形式が多くの取引市場で導入された。SECによれば、この結果、取引参加者は、どの注文形式を利用すべきかを判断することが難しくなり、取引コストの増大につながる。他方、高速で高度なデータ収集・分析技術を駆使するアルゴリズム・トレーダーは、市場の複雑な構造を逆手にとって、利益を獲得することが可能になったともする。その一つの例は、情報の伝達速度の違いに着目したレイテンシー・アービトラージである(注5)。
取引市場の分散化は、機関投資家の大口注文が複数の異なる取引市場で執行されることにつながり、注文管理のコストも増加した。トレードスルーに該当するかどうかは、表示気配の高低だけで決まるが、実際には取引市場によって手数料の体系や金額が異なり、レイテンシー(情報の遅延)にも違いがある。このため、トレードスルー禁止規制を形式的に遵守することで、結果的に注文執行の品質が低下するという問題も生まれている。
取引参加者が規則611を遵守するためには、トレードスルー禁止規制の対象となるすべての取引市場への注文回送能力を確保しなければならない。そこで新たに取引所が開設されると、多くの取引参加者は、本音では取引の場として使いたくない場合でも、コストをかけて接続システムを整備する。
これについてSECは、取引所間の競争は良いことだとしながらも、取引所を設立しさえすれば情報料やシステム接続料といった収入が確実に得られるのは問題だとする。また、トレードスルー防止のために十分なチェックを行ったか、事後的な点検をしたかといったコンプライアンスのコストも大きいが、チェックの対象となる取引市場の数が増えることで、そのコストも増大すると指摘する。
トレードスルー禁止規定には、技術的な例外がいくつも設けられているが、これらの適用を受けるための複雑な注文形式が多くの取引市場で導入された。SECによれば、この結果、取引参加者は、どの注文形式を利用すべきかを判断することが難しくなり、取引コストの増大につながる。他方、高速で高度なデータ収集・分析技術を駆使するアルゴリズム・トレーダーは、市場の複雑な構造を逆手にとって、利益を獲得することが可能になったともする。その一つの例は、情報の伝達速度の違いに着目したレイテンシー・アービトラージである(注5)。
取引市場の分散化は、機関投資家の大口注文が複数の異なる取引市場で執行されることにつながり、注文管理のコストも増加した。トレードスルーに該当するかどうかは、表示気配の高低だけで決まるが、実際には取引市場によって手数料の体系や金額が異なり、レイテンシー(情報の遅延)にも違いがある。このため、トレードスルー禁止規制を形式的に遵守することで、結果的に注文執行の品質が低下するという問題も生まれている。
規則611廃止の影響
SECは、概ね以上のような認識を示した上で、規則611が取引市場間のリンクや注文回送技術の発達に寄与したこと、市場全体の自動化とそれによる非効率の解消につながったことは確かだが、同規則は、その歴史的な役割を終えたと結論付ける。そして、トレードスルー禁止規制が廃止されれば、従来の価格とスピードだけでなく、取引高が大きく約定可能性が高いとか注文執行が迅速であるといった観点からも注文を回送する市場を選べるようになり、取引市場側のイノベーションも促されるとする。
他方でSECは、合理的に得られる最も有利な条件で注文を執行することが証券会社の最良執行義務として定着しており、トレードスルー禁止規制の廃止が投資者保護、とりわけ個人投資家の保護という観点から問題を生むリスクは小さいとする。約定価格は引き続き顧客にとっての最大の関心事であるし、注文サイズ、執行の迅速性、清算費用等の様々な観点から顧客にとってより有利な条件が期待できるのであれば、他の取引市場に注文を回送することは証券会社の義務であり続けるとする。
他方でSECは、合理的に得られる最も有利な条件で注文を執行することが証券会社の最良執行義務として定着しており、トレードスルー禁止規制の廃止が投資者保護、とりわけ個人投資家の保護という観点から問題を生むリスクは小さいとする。約定価格は引き続き顧客にとっての最大の関心事であるし、注文サイズ、執行の迅速性、清算費用等の様々な観点から顧客にとってより有利な条件が期待できるのであれば、他の取引市場に注文を回送することは証券会社の義務であり続けるとする。
規則610(e)の廃止提案
SECが、今回、規則611とともに廃止することを提案した規則610(e)は、規則611による保護の対象となる「保護される気配」をめぐって、「保護される」売り気配(買い気配)と同じ価格の買い気配(売り気配)が表示されるロックドマーケットや「保護される」売り気配よりも高い買い気配、「保護される」買い気配よりも安い売り気配が表示されるクロスドマーケットの回避義務を取引市場に対して課すものである。
SECは、こうした規制は、気配表示や注文執行を手作業に依存する取引市場もあるという2005年当時の現実の下では必要だったが、ほとんどの気配が迅速かつ自動的に修正される現在の市場では不要になったとする。
SECは、ナスダック証券取引所のエコノミストによる分析を引用しながら、ロックドマーケットやクロスドマーケットは、大きな問題とはならないと主張する。すなわち、ナスダックの分析によれば、ロックドマーケットは一日平均2.5秒程度発生している。また、クロスドマーケットは、それよりもはるかに少なく、一日平均4.2ミリ秒程度発生している(注6)。これらの状況は、株価が数ドルでティックサイズ(呼び値の刻み)が1セントの場合など、ティックサイズが株価に比して相対的に大きい場合に生じやすい。しかし2024年のSEC規則改正で、既に1セント未満のティックサイズを設定することが可能となっている(注7)。加えて、ロックドマーケットやクロスドマーケットの状態は、極めて迅速に解消される。ナスダックの分析では、ロックドマーケットは平均5.5ミリ秒、クロスドマーケットは平均0.8ミリ秒しか継続しない。
しかも、ロックドマーケットやクロスドマーケットが観察されるという現象自体、市場の実情を的確に反映していない可能性がある。ロックドマーケットやクロスドマーケットはSIPのデータ上に表れるものだが、取引市場間の情報転送には0.2ミリ秒程度の時間を要している。ナスダックの分析によれば、このレイテンシーの影響を除去して観察してみると、真のロックドマーケットの状態は、SIP上に表れるものの2割程度しかないものと考えられるという。また、多くの場合、ロックドマーケットの状況を利用して同じ価格で売付けた株式を買付け(買付けた株式を売付け)、その直後に修正された気配に基づき高値で売付け(安値で買付け)るという裁定取引を行おうとしても、実際には取引機会が先に解消されてしまっているという実証研究もあるという。
しかも、ロックドマーケットやクロスドマーケットは、気配表示される価格のみに基づいて定義されるが、各取引市場が課すアクセス手数料も考慮すると、一見ロックドマーケットとなるような気配でも、約定時のコストは異なっているという場合がある。SECによれば、この点を無視してロックドマーケットの解消を義務づけることは、売買スプレッドを人為的に拡大することにつながるという。
SECは、こうした規制は、気配表示や注文執行を手作業に依存する取引市場もあるという2005年当時の現実の下では必要だったが、ほとんどの気配が迅速かつ自動的に修正される現在の市場では不要になったとする。
SECは、ナスダック証券取引所のエコノミストによる分析を引用しながら、ロックドマーケットやクロスドマーケットは、大きな問題とはならないと主張する。すなわち、ナスダックの分析によれば、ロックドマーケットは一日平均2.5秒程度発生している。また、クロスドマーケットは、それよりもはるかに少なく、一日平均4.2ミリ秒程度発生している(注6)。これらの状況は、株価が数ドルでティックサイズ(呼び値の刻み)が1セントの場合など、ティックサイズが株価に比して相対的に大きい場合に生じやすい。しかし2024年のSEC規則改正で、既に1セント未満のティックサイズを設定することが可能となっている(注7)。加えて、ロックドマーケットやクロスドマーケットの状態は、極めて迅速に解消される。ナスダックの分析では、ロックドマーケットは平均5.5ミリ秒、クロスドマーケットは平均0.8ミリ秒しか継続しない。
しかも、ロックドマーケットやクロスドマーケットが観察されるという現象自体、市場の実情を的確に反映していない可能性がある。ロックドマーケットやクロスドマーケットはSIPのデータ上に表れるものだが、取引市場間の情報転送には0.2ミリ秒程度の時間を要している。ナスダックの分析によれば、このレイテンシーの影響を除去して観察してみると、真のロックドマーケットの状態は、SIP上に表れるものの2割程度しかないものと考えられるという。また、多くの場合、ロックドマーケットの状況を利用して同じ価格で売付けた株式を買付け(買付けた株式を売付け)、その直後に修正された気配に基づき高値で売付け(安値で買付け)るという裁定取引を行おうとしても、実際には取引機会が先に解消されてしまっているという実証研究もあるという。
しかも、ロックドマーケットやクロスドマーケットは、気配表示される価格のみに基づいて定義されるが、各取引市場が課すアクセス手数料も考慮すると、一見ロックドマーケットとなるような気配でも、約定時のコストは異なっているという場合がある。SECによれば、この点を無視してロックドマーケットの解消を義務づけることは、売買スプレッドを人為的に拡大することにつながるという。
異例というべきSECの現状
SECは、2021年のゲームストップ株騒動(注8)をきっかけとして株式市場構造をめぐる規制の見直しに着手し、2022年にレギュレーションNMSを改正する規則改正案を提案、2024年には同提案のうち取引市場による統計情報作成をめぐる規則の改正や最小ティックサイズ規制や取引市場の課す手数料に関する規制の見直しといった規則改正を正式に成立させていた(注7)。
2022年の規則改正提案、2024年の規則改正は、いずれも民主党のバイデン政権の指名を受けて就任したゲンスラー前SEC委員長が主導し、民主党所属委員が多数を占める状況の下で進められた。今回の規則改正案を採択したSECの構成は、当時とは大きく異なっている。
ポール・アトキンス現SEC委員長は、2025年4月、ドナルド・トランプ大統領の指名を受けて就任した。SEC委員の定数は委員長を含む5名だが、政治的偏向を防ぐ観点から、法律上は4名以上の委員が同じ政党に属してはならないものとされている(1934年証券取引所法4条(a)項)。ところが民主党所属の2人の委員が辞任や任期満了によって退任して以降、後任の指名が行われておらず、現在のSECは、定数5名のうち2名が欠員、委員長を含む3名の委員がすべて共和党所属という異例の状況にある。
2022年の規則改正提案、2024年の規則改正は、いずれも民主党のバイデン政権の指名を受けて就任したゲンスラー前SEC委員長が主導し、民主党所属委員が多数を占める状況の下で進められた。今回の規則改正案を採択したSECの構成は、当時とは大きく異なっている。
ポール・アトキンス現SEC委員長は、2025年4月、ドナルド・トランプ大統領の指名を受けて就任した。SEC委員の定数は委員長を含む5名だが、政治的偏向を防ぐ観点から、法律上は4名以上の委員が同じ政党に属してはならないものとされている(1934年証券取引所法4条(a)項)。ところが民主党所属の2人の委員が辞任や任期満了によって退任して以降、後任の指名が行われておらず、現在のSECは、定数5名のうち2名が欠員、委員長を含む3名の委員がすべて共和党所属という異例の状況にある。
委員構成の変化が影響した可能性
こうしたSECの委員構成の変化が、今回の規則改正提案の内容に影響を及ぼした可能性は否定できない。
トランプ大統領が大統領選挙期間中からSECの対応を激しく批判し、2025年に入って急速な政策転換が進められた暗号資産規制に比べれば、株式市場構造規制は政治問題化しにくいテーマである。とはいえ、株式市場構造規制という高度に技術的な分野においても、民主党所属の委員が、主として個人投資家保護の観点から市場制度の細かい部分にまでSECによる一律の規制を及ぼそうとする傾向が強いのに対し、共和党所属の委員は、制度の詳細を取引市場の運営者やブローカー証券会社の判断に委ねつつ、情報開示の充実を通じた投資者保護の確保を図ろうとする傾向が強いといった色合いの違いはあるように思われる。
2024年の規則改正にあたっては、2022年の提案に含まれていた、ホールセラーに回送される個人投資家の売買注文を一定時間オークションの仕組みにさらすことを義務づけるという規則改正や従来は判例や自主規制機関の規則による規律に委ねられてきた証券会社の最良執行義務をSEC規則化するといった提案の規則化が見送られたが、その背景には、SECによる市場への過度の介入に抵抗する共和党所属委員の拒否反応があったためではないかとの憶測も成り立つ。
その上での今回の規則改正案は、トレードスルーの禁止、ロックドマーケットやクロスドマーケットの禁止といった画一的な規制を撤廃し、証券会社に対する最良執行義務の徹底を通じて投資者保護の実効性を確保しつつ、価格形成と取引市場の選択をできるだけ取引参加者の自主的な選択に委ねていこうとする市場の自律を重視する傾向の強い内容となった。
トランプ大統領が大統領選挙期間中からSECの対応を激しく批判し、2025年に入って急速な政策転換が進められた暗号資産規制に比べれば、株式市場構造規制は政治問題化しにくいテーマである。とはいえ、株式市場構造規制という高度に技術的な分野においても、民主党所属の委員が、主として個人投資家保護の観点から市場制度の細かい部分にまでSECによる一律の規制を及ぼそうとする傾向が強いのに対し、共和党所属の委員は、制度の詳細を取引市場の運営者やブローカー証券会社の判断に委ねつつ、情報開示の充実を通じた投資者保護の確保を図ろうとする傾向が強いといった色合いの違いはあるように思われる。
2024年の規則改正にあたっては、2022年の提案に含まれていた、ホールセラーに回送される個人投資家の売買注文を一定時間オークションの仕組みにさらすことを義務づけるという規則改正や従来は判例や自主規制機関の規則による規律に委ねられてきた証券会社の最良執行義務をSEC規則化するといった提案の規則化が見送られたが、その背景には、SECによる市場への過度の介入に抵抗する共和党所属委員の拒否反応があったためではないかとの憶測も成り立つ。
その上での今回の規則改正案は、トレードスルーの禁止、ロックドマーケットやクロスドマーケットの禁止といった画一的な規制を撤廃し、証券会社に対する最良執行義務の徹底を通じて投資者保護の実効性を確保しつつ、価格形成と取引市場の選択をできるだけ取引参加者の自主的な選択に委ねていこうとする市場の自律を重視する傾向の強い内容となった。
規則改正案の意義と今後の展望
今回の規則改正案をめぐっては様々な立場から賛否両論のパブリック・コメントが寄せられることになるものと想定されるが、仮に提案通りの制度改正が行われた場合、どのような影響が予想されるだろうか。
一つは乱立状態とも言える取引所の整理・統合につながる可能性である。トレードスルー禁止規制が撤廃されれば、顧客注文を取り扱う証券会社の判断による取引市場の選択が容易になり、高い流動性の確保が予想される取引市場に売買注文が集まりやすくなる。具体的には、NYSEやナスダックといった大手取引所グループが運営する主要市場の取引高シェアが上昇するのではなかろうか。そうなれば、手数料体系等の違いを設けて差別化を図ってきたCboeグループの4つの取引所やNYSEグループ、ナスダック・グループの相対的に取引高の小さい取引所などが、整理・統合に向かう可能性もある。
他方、近年増加している上場基準に特色を持たせた新しい取引所(例えばロングターム証券取引所、グリーン・インパクト証券取引所、テキサス証券取引所など)(注7)は、それぞれの主張に共感する多数の上場企業を獲得しなければ、中長期的な存続は容易でないことになろう。
株式市場構造が複雑化する中で存在感を高めてきたHFTにも影響が及ぶだろう。取引市場の数が減少し、単にNBBOとなる気配を示しているというだけで注文回送先となる可能性が低下すれば、HFTが得意としてきたとされるレイテンシー・アービトラージの機会は減少する。このことは、HFT間でのスピード競争にも冷や水を浴びせることとなろう。
取引所市場への取引の回帰につながる可能性もある。近年NMS銘柄の取引所市場外での売買が増加しており、取引市場外取引のシェアは全体の50%を超えるほどになっている。その理由の一つは、取引所市場外では、注文板上でティックサイズが固定される取引所市場とは異なり、100分の1セントといった単位での価格の調整が可能となる点にある。しかし、規則610(e)が廃止されれば、これまで忌避されてきたロックドマーケットの状態が出現しやすくなり、NBBOのスプレッドがゼロになる時間が増大する。それに着目して取引所市場への注文回送を増やすといった動きも生まれるのではないか。
これに関連して、現在は、シェアが拡大している取引所市場外の表示気配がNBBOに反映されないことで、NBBOでの注文執行が顧客にとって最良の結果と言えなくなっているのではないかという議論もある。取引所市場への取引回帰が現実化し、NBBOに反映される注文の割合が上昇すれば、NBBOの信頼性向上と最良執行義務によって保護されているとされる投資家の利益につながるという側面もあろう。
他方、NBBOのスプレッドが縮小し、場合によってはゼロになることは、NBBOがそれ以上の条件での注文執行を保障することで個人投資家の売買注文を集めてきたホールセラーの収益縮小につながる。ホールセラーは、NBBOのスプレッドをいわば原資として、注文を回送する証券会社にPFOFを支払ってきた。ロビンフッドなど個人投資家向けのオンライン証券会社は、PFOF収入を支えとしながら株式売買委託手数料を無料化して投資家の人気を博してきた。こうした構造が規則改正を機に変化し始める可能性も否定できないだろう。
いずれにしても、米国の株式市場にどのような構造変化が生じるのかは、規則改正の内容がどのようなものに落ち着くのかがはっきりしなければ見極めることは難しい。今後寄せられるパブリック・コメントの内容とそれらを受けてのSECの対応がどのようなものとなるのか、大いに注目される。
(注1)2026年7月以降、既にSECによる証券取引所登録を受けているテキサス証券取引所、グリーン・インパクト証券取引所、MX2の3取引所がNMS銘柄の取引を開始する予定であり、株式を取引する国法証券取引所の数は20に増加する。
(注2)NMS銘柄のうちナスダック証券取引所上場銘柄を除く上場銘柄についてはニューヨーク証券取引所(NYSE)とそのグループ会社であるSIAC(Securities Industry Automation Corporation)、ナスダック上場銘柄についてはナスダック証券取引所が、SIPとなっている。
(注3)SEC, "The Trade-Through Rule and Locked and Crossed Markets Provisions of Regulation NMS," Release No. 34-105655
(注4)こうしたマーケットメーカーはホールセラーと呼ばれるが、彼らが大量の注文を獲得するために注文を回送する証券会社に対して支払うリベートが、ペイメント・フォー・オーダーフロー(PFOF)である。
(注5)当コラム「米国におけるレイテンシー・アービトラージをめぐる司法判断」(2026年6月5日)参照。
(注6)NSDAQ, "Locked, Crossed and Barrel, " December 11, 2025
(注7)大崎貞和「米国の株式市場間競争と市場構造規制の見直し」神田秀樹責任編集『企業法制の将来展望 資本市場制度改革への提言2026年度版』財経詳報社(2025)47頁参照。
(注8)当コラム「ゲームストップ株騒動とペイメント・フォー・オーダーフロー」(2021年3月11日)参照。
一つは乱立状態とも言える取引所の整理・統合につながる可能性である。トレードスルー禁止規制が撤廃されれば、顧客注文を取り扱う証券会社の判断による取引市場の選択が容易になり、高い流動性の確保が予想される取引市場に売買注文が集まりやすくなる。具体的には、NYSEやナスダックといった大手取引所グループが運営する主要市場の取引高シェアが上昇するのではなかろうか。そうなれば、手数料体系等の違いを設けて差別化を図ってきたCboeグループの4つの取引所やNYSEグループ、ナスダック・グループの相対的に取引高の小さい取引所などが、整理・統合に向かう可能性もある。
他方、近年増加している上場基準に特色を持たせた新しい取引所(例えばロングターム証券取引所、グリーン・インパクト証券取引所、テキサス証券取引所など)(注7)は、それぞれの主張に共感する多数の上場企業を獲得しなければ、中長期的な存続は容易でないことになろう。
株式市場構造が複雑化する中で存在感を高めてきたHFTにも影響が及ぶだろう。取引市場の数が減少し、単にNBBOとなる気配を示しているというだけで注文回送先となる可能性が低下すれば、HFTが得意としてきたとされるレイテンシー・アービトラージの機会は減少する。このことは、HFT間でのスピード競争にも冷や水を浴びせることとなろう。
取引所市場への取引の回帰につながる可能性もある。近年NMS銘柄の取引所市場外での売買が増加しており、取引市場外取引のシェアは全体の50%を超えるほどになっている。その理由の一つは、取引所市場外では、注文板上でティックサイズが固定される取引所市場とは異なり、100分の1セントといった単位での価格の調整が可能となる点にある。しかし、規則610(e)が廃止されれば、これまで忌避されてきたロックドマーケットの状態が出現しやすくなり、NBBOのスプレッドがゼロになる時間が増大する。それに着目して取引所市場への注文回送を増やすといった動きも生まれるのではないか。
これに関連して、現在は、シェアが拡大している取引所市場外の表示気配がNBBOに反映されないことで、NBBOでの注文執行が顧客にとって最良の結果と言えなくなっているのではないかという議論もある。取引所市場への取引回帰が現実化し、NBBOに反映される注文の割合が上昇すれば、NBBOの信頼性向上と最良執行義務によって保護されているとされる投資家の利益につながるという側面もあろう。
他方、NBBOのスプレッドが縮小し、場合によってはゼロになることは、NBBOがそれ以上の条件での注文執行を保障することで個人投資家の売買注文を集めてきたホールセラーの収益縮小につながる。ホールセラーは、NBBOのスプレッドをいわば原資として、注文を回送する証券会社にPFOFを支払ってきた。ロビンフッドなど個人投資家向けのオンライン証券会社は、PFOF収入を支えとしながら株式売買委託手数料を無料化して投資家の人気を博してきた。こうした構造が規則改正を機に変化し始める可能性も否定できないだろう。
いずれにしても、米国の株式市場にどのような構造変化が生じるのかは、規則改正の内容がどのようなものに落ち着くのかがはっきりしなければ見極めることは難しい。今後寄せられるパブリック・コメントの内容とそれらを受けてのSECの対応がどのようなものとなるのか、大いに注目される。
(注1)2026年7月以降、既にSECによる証券取引所登録を受けているテキサス証券取引所、グリーン・インパクト証券取引所、MX2の3取引所がNMS銘柄の取引を開始する予定であり、株式を取引する国法証券取引所の数は20に増加する。
(注2)NMS銘柄のうちナスダック証券取引所上場銘柄を除く上場銘柄についてはニューヨーク証券取引所(NYSE)とそのグループ会社であるSIAC(Securities Industry Automation Corporation)、ナスダック上場銘柄についてはナスダック証券取引所が、SIPとなっている。
(注3)SEC, "The Trade-Through Rule and Locked and Crossed Markets Provisions of Regulation NMS," Release No. 34-105655
(注4)こうしたマーケットメーカーはホールセラーと呼ばれるが、彼らが大量の注文を獲得するために注文を回送する証券会社に対して支払うリベートが、ペイメント・フォー・オーダーフロー(PFOF)である。
(注5)当コラム「米国におけるレイテンシー・アービトラージをめぐる司法判断」(2026年6月5日)参照。
(注6)NSDAQ, "Locked, Crossed and Barrel, " December 11, 2025
(注7)大崎貞和「米国の株式市場間競争と市場構造規制の見直し」神田秀樹責任編集『企業法制の将来展望 資本市場制度改革への提言2026年度版』財経詳報社(2025)47頁参照。
(注8)当コラム「ゲームストップ株騒動とペイメント・フォー・オーダーフロー」(2021年3月11日)参照。
プロフィール
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大崎 貞和のポートレート 大崎 貞和
未来創発センター
1986年に野村総合研究所入社後、1987年以降、経済調査部資本市場研究室、資本市場研究部等で内外資本市場動向の調査研究に従事。 政府審議会委員等の公職を務めた経験を有し、現在は大学でも教育研究活動にも携わるほか、日本証券業協会の自主規制機関としての活動にも参画している。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。