&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
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はじめに

野村総合研究所システムコンサルティング事業本部の劉です。自動車領域の中でも、特にソフトウェアを専門としたコンサルティング活動を行っています。昨今、次世代車両として話題になっているSDV(Software Defined Vehicle)について、市場トレンドやユーザーニーズの変化をお話しした後、SDVを実現するために伝統自動車メーカーがとるべき対策について解説します。

グローバル自動車産業における100年に1度の破壊的イノベーション

自動車産業は今、100年に1度の大変革期を迎えています。携帯電話がスマートフォンへと進化したように、これまで単なる移動手段だったクルマは、デジタル技術との融合によって「マルチ機能デバイス」、さらには「新たなモビリティスペース」として大きく進化しようとしています。クルマと、様々なIoT(Internet of Things)デバイスやサービスプロバイダーが連携することによって、ユーザーに対して快適な空間と斬新な体験の提供が可能になります。先行市場では、高度にデジタル化されたクルマが、ユーザーから選ばれるための必須条件になりつつあります。さらに、このようなユーザーニーズの変化は先行市場に留まらず、グローバル市場にも広がっていくことが予想されます。

図1.自動車業界における変革

デジタル化によるクルマの進化

デジタル化が進むと、クルマはどのように進化するのでしょうか。例えば、乗る人に合わせて乗車環境を自動調整するパーソナライズ機能が備わるようになるでしょう。車両が顔や声などから運転者や同乗者を特定し、その人の体型に最適なシートポジションを自動調整したり、動画サイトの閲覧履歴やSNSなどから趣味嗜好を分析し最適なエンターテインメントコンテンツを提案したりもできます。また、移動体験もシームレスになり、ストレスが大幅に軽減されます。カーナビや自動運転の設定、駐車場・飲食店・充電サービスなどの予約、料金決済などの一連の操作を車内でスムーズに完結させることができます。次世代のクルマは移動体験を快適にするだけではありません。コネクティッド化により様々なサービスと連携したクルマは、単なる移動手段から重要なデジタル顧客接点となります。そのため、自動車業界だけでなく、様々な業界のプレーヤーから大きな注目を集めています。
このような概念は以前から語られてきましたが、今や現実のものとなりつつあります。この変革を先導しているのはTesla、NIO、Xiaomiなどの新興自動車メーカーです。彼らはICT領域のノウハウをクルマづくりに取り入れ、従来にはない発想で、この業界に新たな息吹をもたらしています。特に注目すべきは、ここ数年間で急速に進歩したAI技術を活用した車載エージェントです。これは複雑な車両機能操作を自然言語で操作できるようにしたり、ユーザーと会話しながら幅広い知識を提供してくれたりします。さらに、まるで人格を持つかのような繊細な表情や仕草でユーザーを楽しませるなど、新たな価値を持った存在へと進化しつつあります。また、技術革新は走行体験の向上にも及んでいます。例えば、道路状況のデータをリアルタイムにクラウド上で解析し、その結果を受けてサスペンションを制御することによって、上質な走行体験を提供しています。
このように、自動車領域においては、ソフトウェア技術による数多くの革新が進められています。その中でも特に注目されているのが、OTA(Over The Air)技術です。OTAによって車両販売後でも機能の追加・更新ができるため、新しく車両(ハードウェア)を買い替えなくても、常に最新の機能や快適性・安全性を享受することができます。特に、中国市場では、OTAの更新頻度や更新内容がユーザーの評価に直結すると言われるほど重要だという調査結果が出ています。また、OTAを通じて最新のソフトウェアを提供するためには、高品質なソフトウェアを迅速に開発できる体制を構築できるかどうかが、今後、自動車メーカーの競争力を左右することになるでしょう。

伝統自動車メーカーが直面している課題

このような自動車産業の革新において、伝統自動車メーカーは新興自動車メーカーの後塵を拝しているのが現状です。伝統自動車メーカーのOTAは、バグ修正やUI改善などの小規模な変更にとどまっているのが現状です。一方、新興自動車メーカーは、コンテンツ更新を中心とするSOTA(Software update OTA)だけでなく、機能制御アルゴリズムの刷新や機能追加・改廃も実現するFOTA(Firmware update OTA)まで提供しています。
ただし、重要なのは「どのような機能を実装するのか」という表層的な問題ではありません。予算、時間、コスト、特許などの現実的な要素を無視すれば、伝統自動車メーカーは、新興自動車メーカーが実現済みの機能を自社ブランドのクルマに実装することは可能です。重視すべきは、「リリースできたものの、市場のニーズが変わってしまっていた」「技術が予想以上に速く、自社製品が時代遅れになってしまった」とならないような、変化に対する順応性をいかにクルマに「実装」するかです。変化し続ける時代に追従できるクルマを、如何に速く、如何にリーズナブルに作るのかという、いわば古くから追求されてきたことを、デジタル化の観点でどう再考し、どう実現すべきかがポイントになります。

伝統自動車メーカーが取るべき対策の方向性

クルマの機能を継続的にアップデートすることで新たな価値を提供するSDVの実現に向けて、伝統自動車メーカーが抱える課題は、「ソフトウェア開発能力が足りていない」、「人材が足りていない」といった、単純な問題ではありません。実際、伝統自動車メーカーもソフトウェアの重要性を認識し、専業組織を立ち上げたこともありましたが、期待していたほどの成果は得られませんでした。
伝統自動車メーカーが成果をあげられていない理由は、SDVなのだから①ソフトウェア技術の変革で何とかできる、と思っていたところにあるのではないでしょうか。しかし、「時代の変化に順応できるSDV」の実現は、ソフトウェア技術の変革だけでは不十分で、②ハードウェア(特に電子プラットフォーム)技術の変革、③開発プロセスの刷新、さらには④ビジネスモデルの再構築(ハードの売り切りビジネスからの脱却)までを同時に成し遂げる必要があるからです。新興自動車メーカーは、これらの要素を新しく一から作り上げることができましたが、伝統自動車メーカーは従来の巨大なビジネスを支えてきた開発思想やプロセス、組織体制や慣行・文化などについて、SDVの実現に向けた「聖域なき変革」を追求していくことが必要です。これが達成できて初めて、新しい時代の自動車市場における競争力を維持できるでしょう。

図2.SDV実現に向けた4つの変革

まとめ

クルマのような複雑な工業製品を製造する自動車メーカーにとって、変革の実現は非常に困難な課題であることは言うまでもありません。従来のビジネスと共存を図りながら、変革を着実に推進していくことが重要です。また、変革の具体的な方法を検討する際には、各自動車メーカーが置かれた状況や抱える課題によって最適な解決策が変わるため、画一的なアプローチではなく、それぞれに適した変革戦略を見つけることが重要になります。
「自動車業界レポート2025」では、様々な自動車メーカーが既に取り組んでいる変革へのアプローチ事例を紹介します。これらの実例を通して、読者の方々に具体的な思考のヒントや参考となる情報を提供することができれば幸いです。


「自動車業界レポート2025 SDVの実現に挑む伝統自動車メーカーに必要な変革」ダウンロードはこちら

プロフィール

  • 劉 志遠のポートレート

    劉 志遠

    TMXコンサルティング部

    完成車メーカーにて車載ソフトウェアの開発を経験したのち、2023年NRIに入社。企画工程から設計開発、部品調達、アフターサービス、素材リサイクルまで、自動車を軸とした幅広いコンサルティング業務に従事。

  • 木下 湧矢のポートレート

    木下 湧矢

    TMXコンサルティング部

    2020年にNRIに入社。入社以来、製造業のデータ連携基盤の構想と効果検証、およびITマネジメント領域の支援業務に従事。現在は主にデジタル・IT戦略の構想支援に取り組む。

  • 上野 哲志のポートレート

    上野 哲志

    システムコンサルティング事業本部 統括部長
    兼 TMXコンサルティング部長

    

    1997年、野村総合研究所に入社。
    テクニカルエンジニアとしてSIフレームワークの企画・設計・開発および大規模プロジェクトへの導入に携わったのち、本社人事業務を経て、2007年よりよりITアーキテクトとして、IT戦略、システム化構想などのコンサルティング業務に従事。2015年からコネクティッド分野を軸にモビリティ産業分野に対するシステムコンサルティングを専門に活動中。
    NRI認定ビジネスアナリスト。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。