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はじめに

野村総合研究所システムコンサルティング本部の竹松です。自動車領域の中でも、特に車両開発を専門としたコンサルティング活動を行っています。
最近、街中でBEV(バッテリー式電気自動車)、PHEV(プライグインハイブリッド自動車)といったEVを見かけることが多くなり、EVシフトが徐々に進んでいることが実感できます。しかし、EVの購入をためらう消費者も多いのが現状です。本稿では、EV普及の鍵となる充電インフラの課題を取り上げます。これまで充電器の設置数不足や充電スポットがない空白地域の解消など、充電インフラの「量」に関する課題への取り組みが進められてきました。そうした中で、新たに「充電の手軽さ」といった充電インフラの「質」に関する課題が顕在化しつつあります。本稿では、この質的な課題とその将来像についてお話しします。

日本の充電インフラの現状

先ほど述べた通り、EVシフトを進めるためには、充電インフラの整備が不可欠です。NRIが実施した消費者アンケートの結果を見ると、EVを購入したくない理由として、車両価格やランニングコストの高さに次いで、「充電スポットの距離・場所の利便性」と「充電の手軽さ」が挙げられています。この結果は、消費者がEV購入を検討する際に、充電に関する利便性を重要視していることを示しており、充電インフラの整備がEV普及の鍵となることを裏付けています。

図1.消費者が EVを購入しない理由

出典)NRI独自の消費者アンケート結果(2023) 理由は上位3つの選択肢を選んで回答

主要国政府は、今後のEV車両の増加を見据え、2030年を目標年とする充電器の目標設置数を設定しています。日本政府も、2023年に発表した『充電インフラ整備促進に向けた指針』において、2030年までに公共用急速充電器3万口を含む、30万口の充電器を整備することを目標として掲げました。
この目標を受けて、充電サービスを提供する各事業者は、充電器の増設計画を発表しており、充電器の「量」、すなわち「充電スポットまでの距離・場所の利便性」を確保する取り組みが加速しています。これにより、消費者が感じていた充電スポットへのアクセスの不便さという課題の解決に向けた動きが本格化しています。

海外の充電インフラの進化

海外では充電インフラはどのように進化しているのでしょうか。
中国や米国などの充電サービスでは、「量」だけではなく「質」の面でも、ユーザーにとっての利便性と快適さの改善に注力しています。これらの国では、多様な充電関連事業者間の相互利用(ローミングサービス)とデータ連携が進んでおり、充電器の検索から充電の開始、決済までを一つのプラットフォームでスムーズに行える体制の整備が進みつつあります。例えば、現在のバッテリー残量や目的地までの距離を考慮して、最適なタイミングと場所での充電を提案することができます。
さらに、充電サービス事業者のシステムが、自動車の車載システムと連携することで、より高度なサービスが実現されています。具体的には、ナビゲーションシステムと連携した充電器の稼働状況のリアルタイム確認や事前予約、簡便な支払い方法を提供することにより、従来の充電時の不安や煩わしさを大幅に軽減する取り組みも進んでいます。充電インフラと車両情報が連携し、ユーザーに最適な充電計画やルート案内を行うことで、ユーザーの充電体験をさらに利便性の高いものにできます。こうした取り組みは、単に充電設備の数を増やすだけでなく、ユーザー視点に立った「質」の高いサービス提供を実現しており、充電体験の向上とEV普及促進に大きく寄与しています。

日本の充電インフラの課題

日本の充電インフラにおける「質」の課題は、主にユーザーの充電体験の分断とサービスの複雑さにあります。現在、充電サービス事業者それぞれが独自のシステムを運用しているため、ユーザーは充電を開始するまでに複数の充電器マップやアプリを使い分ける必要があります。充電サービス事業者間の連携、あるいは自動車メーカーとの連携は、徐々に進みつつあるものの、充電器検索や予約、決済などの操作がシームレスではないことや、充電待ちや利用可能状況のわかりづらさがユーザーにストレスを与えています。また、設置場所運営者との連携についても、充電器の稼働状況や営業時間情報のリアルタイム共有が進んでいない場合、せっかく充電スポットに到着しても利用できないといった事態が発生し、利用効率や満足度の向上が阻害されるおそれがあります。

日本の充電インフラの将来像

日本の充電インフラを持続可能なエコシステムとして発展させるためには、「量」の拡充だけでなく、「質」の向上に注力すべきです。そのためには、以下の2点が鍵となります。

1. 事業者間でのデータ連携

日本の充電インフラの質を高めるためには、充電サービス事業者や自動車メーカー、充電器メーカーなどが保有する多様なデータを相互に連携・共有することが不可欠です。このデータ連携により、ユーザーは複数のサービスをまたがっても一貫したシームレスな充電体験を得られ、充電器の稼働状況や予約、決済などを統合的に管理できます。データハブの構築は、このようなサービス間連携や利便性向上の中核となり、充電体験の質的向上を大きく促進します。これにより、ユーザーは現在のような複数のアプリやサービスを使い分ける煩わしさから解放され、より快適にEVを利用できるようになるでしょう。

2. 充電器設置場所運営者への価値提供

充電インフラ整備においては、充電器を設置する施設運営者や土地所有者などの理解と協力が欠かせません。設置場所運営者に対して、充電器設置がもたらす集客効果や物件価値向上、ユーザー満足度の向上といった具体的なメリットを伝え、事業課題の解決に寄与する価値を提供していくことが重要です。例えば、商業施設であれば充電時間を利用した顧客の滞在時間延長による売上向上、不動産では充電設備の設置による物件の差別化や競争力強化などが期待できます。
このように設置場所運営者にとっても魅力的な価値を提供することで、より多くの場所で充電器設置が進み、ユーザーの利便性がさらに高まります。その結果、「量」と「質」の両面で充電インフラの拡充が加速していくことが期待されます。

図2.EV充電インフラの利便性と持続性の好循環モデル

まとめ

日本のEV充電インフラが理想的な仕組みを実現するためには、ローミングサービスの拡大に加えて、具体的なユースケースを見据えた業界横断での連携を進めることが急務です。充電インフラに関わる事業者が、充電器の「量」、あるいは、車両やエネルギーといった既存事業領域の枠組みにとらわれない協調が求められています。各事業者が、ユーザーと設置場所運営者とっての充電サービスの「質」を高めるために相互連携することが、日本におけるEVシフトの成功を左右する鍵となるのです。

NRIでは、充電インフラをめぐる課題の解決の糸口を探るため、充電サービス事業者へのインタビューや海外事例調査を実施しました。調査結果と分析、具体的な解決策については、下記よりダウンロード可能な「EV充電インフラに関する課題と解決の方向性」をご覧ください。


「自動車業界レポート2025 EV充電インフラに関する課題と解決の方向性」ダウンロードはこちら

プロフィール

  • 竹松 和友のポートレート

    竹松 和友

    TMXコンサルティング部

    通信キャリアにて、データセンターやプライベートクラウドの構築、IoT関連の新規事業開発などを経験。
    2023年野村総合研究所入社。自動車業界を中心として、IT戦略策定支援、システム化計画、PMO、PLM/ALM導入などのコンサルティング業務、プロジェクトに従事。

  • 木下 湧矢のポートレート

    木下 湧矢

    TMXコンサルティング部

    2020年にNRIに入社。入社以来、製造業のデータ連携基盤の構想と効果検証、およびITマネジメント領域の支援業務に従事。現在は主にデジタル・IT戦略の構想支援に取り組む。

  • 上野 哲志のポートレート

    上野 哲志

    システムコンサルティング事業本部 統括部長
    兼 TMXコンサルティング部長

    

    1997年、野村総合研究所に入社。
    テクニカルエンジニアとしてSIフレームワークの企画・設計・開発および大規模プロジェクトへの導入に携わったのち、本社人事業務を経て、2007年よりよりITアーキテクトとして、IT戦略、システム化構想などのコンサルティング業務に従事。2015年からコネクティッド分野を軸にモビリティ産業分野に対するシステムコンサルティングを専門に活動中。
    NRI認定ビジネスアナリスト。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。