
はじめに
本連載の第1回では、デジタル化プロジェクトを進めていくにあたって直面する問題とそれを解決するためのデジタル化推進ガイドの全体像について紹介しました。第2回から第6回では、デジタル化プロジェクトで直面する5つの主要課題を取り上げ、具体的な解決方法を解説していきます。
最終回となる今回は、デジタル化プロジェクトにおける体制変更に伴う引継ぎで生じる課題と、その解決に向けたプロセス設計のポイントについて解説します。
デジタル化プロジェクトの構造的特性と課題
多くのデジタル化プロジェクトが企画、PoC、開発、運用、グロースの5つの工程を経て進行しますが、各工程での作業を完璧に行ったとしても、プロジェクト全体という視点で見ると、遅延・停止・コスト増などに陥ってしまうケースが散見されます。その根本原因は、工程から次の工程への引継ぎにあり、特に体制変更を伴う引継ぎの複雑さがプロジェクト成功の大きな阻害要因となっているのです。
- ■デジタル化プロジェクトとウォーターフォール型開発の根本的違い
デジタル化プロジェクトは、仮説検証の中で徐々に要件や実装方針が明らかになっていくという特徴を持ちます。そのため、プロジェクト開始時に全ての要件や仕様、体制を決め切ることが難しく、プロジェクトの進行に応じて関与すべきスキルや関係者が変化するという構造になっています。
これは、各工程や成果物、体制を事前に設計し、その通りに順を追って進めていくウォーターフォール型の開発とは明確に異なります。ウォーターフォール型では、詳細なドキュメントに基づいて責任範囲を明確に引き継ぐというプロセスが明確に決まっていますが、デジタル化プロジェクトではPoCなどを通じてモックアップやプロトタイプの作成が先行し、それが十分に文書化されないまま次の工程に渡されることも多くあります。
- ■体制変化の必然性と複雑さ
デジタル化プロジェクトでは、従来のIT部門だけでは対応しきれない新たな技術領域や役割への対応が必要となります。例えば、フロントデザイン、高速なモック開発、データ分析モデル構築などの専門性が求められ、複数の組織が連携して開発にあたる体制が必要となります。
初期の企画段階では企画リーダーが構想を主導し、その後、アーキテクトやエンジニア、データサイエンティストといった専門家が加わり、具体的な設計・検証が進められます。このように複数のチームに分かれて進めざるを得ない一方で、「組織的な縦割り構造」がそれらの連携や引継ぎを複雑にし、結果としてプロジェクト全体の進行に支障をきたすケースも散見されます。
- ■なぜデジタル化プロジェクトの引継ぎは失敗するのか
工程間の引継ぎがうまく行かない根本原因は、受け渡し側が出す情報や成果物と、引き受け側が必要としている情報や成果物の間にずれが存在していることです。
渡し手側の課題として、特化型スキルを持つスペシャリストたちは、PoCフェーズでは欠かせない存在ですが、必ずしもドキュメント作成に長けているわけではありません。渡し手はとにかくいいサービスを創ることに注力しており、受け取り側の事情やニーズを十分に考慮できていないのが現状です。
一方、受け取り手側から見ると、ドキュメントを形式的に整備したとしても実態が把握しづらく、ブラックボックスに見えることも少なくありません。このような状況では、受け取り手がリスクを正確に見積もれず、引き継ぎに難色を示すのも無理はありません。
体制変化を前提としたプロセス設計の原則
- ■ 「変化への柔軟さ」と「全体の計画性」の両立
デジタル化プロジェクトにおける体制構築は、単なる人材補充ではなく、組織としての役割と責任を明確にしておくことが不可欠です。だからこそ、各段階での責任分界点や役割を明確にし、早期から関係部門と丁寧に調整・設計していくことが、デジタル化プロジェクトの成功に向けた重要な鍵となるのです。
工程を経て体制が変化する構造では、各工程の接続が曖昧であると、計画の整合性が取れなくなり、プロジェクトの停滞や頓挫を引き起こすリスクが高まります。だからこそ、体制構築は「変化を前提とした設計」であるべきです。プロジェクトが将来的に成長・展開することを見据え、必要な役割や責任分担を早期に整理しておくことが重要になります。
- ■ 受け渡し双方に配慮した設計指針
さらに、受け渡し側と引き受け側のギャップを埋めるには、成果物や情報の受け渡しは、単なる作業や形式的な引継ぎではなく、次工程の価値を共に設計するプロセスとして捉えることが重要です。
渡し手の目的は「作ったものを渡すこと」ではなく、「次のチームが迷わず進められるよう、意思決定の背景や設計の意図を伝えること」にあります。一方で、受け手の目的は「情報を受け取ること」ではなく、「これまでの意図を理解し、継承・発展させること」です。
成果物の形式や網羅性よりも、何を、なぜ、どのように検証・判断してきたのかという文脈を共有することが、次工程での手戻り防止や迅速な意思決定につながります。確定した内容でなくとも、仮説ベースで構わないため、早い段階から関係者間で連携を進め、段階的に理解を深めていくことが望まれます。
こうした「次工程の成果を共に設計する」という発想が、デジタル化プロジェクトにおける受け渡しの基本指針です。このような協働的な受け渡しを前提とした設計を行うことで、工程間の断絶を防ぎ、体制変更があってもプロジェクト全体としての一貫性を保つことができます。
円滑な引継ぎを実現するプロセス改善策
- ■ 工程間連携の強化
従来の一括引継ぎから段階的移行への転換が重要です。次工程の担当者をPoCフェーズから部分的に巻き込み、仮説・検証結果を継続的に共有することで、引継ぎ時の情報ギャップを最小化できます。週次レビューなどの定期的な情報共有の場を設け、成果物を段階的に移行していく仕組みが効果的です。
- ■ 情報連携手法の多様化
ドキュメント以外の情報連携や責任分界点の設計が不可欠です。実機デモやハンズオンによる理解促進、技術的負債や制約事項の明示的な共有など、多様な手段を活用することで、受け取り手の理解度を高めることができます。
特に、経験則に基づくノウハウや、文書化しきれない暗黙知については、対話やデモを通じて背景や意図を共有することが重要です。単に作業として引き継ぐのではなく、伴走しながら考え方や判断の根拠を伝えていくことで、双方が納得感を持ってプロジェクトを進められるようになります。
- ■ 実践的な体制マネジメント手法
PoCの確度やタイミングに応じて、プロジェクトのスピードやスコープを調整することも現実的な対応になります。小規模な体制を先行投入するケースや、受け取り手の準備状況に応じて段階的に役割を移していくなど、柔軟な戦略が必要です。
体制構築にあたっては、巻き込みの起点は一人の担当者でも構いませんが、最終的には組織単位での関与を前提にした設計が求められます。専門性と引継ぎ能力のバランスを考慮したチーム構成や、ブリッジ人材の戦略的配置、外部組織との協業体制の整備が重要です。工程間で円滑に引き継ぐための改善を継続的に行い、成功パターンを組織的に蓄積していくことが、持続的な改善につながります。
おわりに
今回は、デジタル化プロジェクトの構造的特性から生じる引継ぎの課題と、体制変化を前提としたプロセス設計の原則、工程間連携の強化や情報連携手法の多様化といった具体的な改善策について論じてきました。本連載では、第1回でデジタル化推進ガイドの全体像を示し、第2回から第6回にかけて円滑な推進のためのポイントをテーマ別に解説してきました。全体を通じて強調してきたことは、デジタル化プロジェクトの特性に応じたプロセス設計が重要だということです。
NRIでは、デジタル化プロジェクトの特性を踏まえたプロセスとプロジェクトマネジメントの手法を実際のプロジェクトに適用しています。みなさんも、本連載の内容を参考にして、従来のやり方をそのまま踏襲するのではなく、デジタル化プロジェクトに応じたプロセスで進めてはいかがでしょうか。
プロフィール
-
稲村 博央のポートレート 稲村 博央
サービスデザインコンサルティング部
大学院在籍時にWeb/AI系のスタートアップを設立、その後、シンクタンク、SIerを経て2020年に野村総合研究所に入社。
AIの社会実装を目標に、消費財・医療・金融・製造・航空など様々な業界におけるAIビジネス創出からAI技術の活用までを支援。
2019年早稲田大学グローバルエデュケーションセンター非常勤講師。
論文・寄稿・講演など多数。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。