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ECBの3月政策理事会のAccounts-Convergence

2018/04/16

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はじめに

ECBによる3月の政策理事会は、資産買入れに関するフォーワードガイダンスの修正という、金融政策の「正常化」に向けた第一歩を踏み出した。しかし、今回公表されたAccounts(議事要旨)によれば、この決定は全会一致で淡々となされたことが確認できる。しかも、先行きの政策運営のようにこれまで相応に意見の相違がみられた点でも、執行部説明に対する具体的な反論がみられない。そのことの意味合いも含めて、いつものように内容を検討したい。

景気と物価の判断

まず、プラート理事は、2月初以来の株価と為替レートの変動によってfinancial conditionが幾分タイト化した点を認めつつ、足許の景気はスタッフ見通しの上昇修正と整合的な形でモメンタムを増している点を確認した。また、これに伴うslackの縮小により、インフレ率も目標に向かって緩やかに高まっているとの見方を示した。

なかでも景気の拡大については、海外経済の拡大、ECBの強力な金融緩和、労働市場の改善、事業法人や家計におけるバランスシート調整への圧力低下といった要因に支えられていると指摘し、下方リスクは主として海外要因の不確実性-保護主義の展開を含む-にあると整理した。

政策理事会メンバーも、景気動向に関するこうした理解を概ね(broadly)共有した上で、ユーロ圏経済の構造的要素について意見を交わした。まず、計測の不確実性がある点を認めた上で、欧州委員会とOECDがともにユーロ圏の潜在成長率を引き上げた点を確認した。

あわせて、労働のslackが実際には推計よりも多い可能性を指摘し、NAIRUが低下したために雇用の拡大に拘らず賃金上昇が抑制されている可能性を指摘した。一方で、これとは反対に経済的要因によるパート雇用などに強い履歴効果(hysteresis)があるため、労働のslackが実際には推計より少ない可能性も指摘された。

政策理事会メンバーは、物価に関するプラート理事の説明にも概ね(broadly)合意した上で、本年初のHICPインフレ率の軟化は前年の非加工食品価格の上昇による水準効果の剥落によるとして、インフレの基調が堅調であるとの見方を共有した。

その上で、ユーロ高に拘らず物価へのpass-throughが従来に比べて小さい点が議論の俎上に上った。つまり、為替に最も敏感とみられる非エネルギー工業製品の価格がむしろ上昇し、長期平均を上回ることが指摘された。また、今回のユーロ高が(ファンダメンタルズよりも)米欧双方の金融政策に関するコミュニケーションに影響されており、だとすればユーロ高に伴う影響は本来もっと大きいとの興味深い考察も提示された。もっともこれに対して、ユーロ高が定着すればpermanentなショックと認識される結果、pass-throughが大きくなる可能性も示唆された。

金融政策の判断

上記のような景気と物価に関する判断に基づき、プラート理事は、インフレの改善に対する政策理事会としての信認の改善を示すために、資産買入れに関するフォワードガイダンスの修正を提案した。

つまり、今後に景気や物価の見通しが悪化したり、インフレ目標の達成と整合的でないfinancial conditionが出現したりした場合に、資産買入れの規模と期間を強化する用意があるとのコミットメントを削除するものである。

また、プラート理事は、コミュニケーションポリシーに関して、インフレ率を目標達成に向けて高めるには、金融政策を慎重かつ粘り強く、しかも継続的に運営することの重要さを強調すべきと指摘した。一方で、政策理事会が想定する条件が満たされれば、資産買入れを停止するとし、具体的には、①インフレ率の目標に対する中期的な収斂、②インフレ見通しの実現に対する信認、③資産買入れ終了後のインフレ目標の達成の頑健性、を挙げた。

政策理事会メンバーは、インフレ動向への信認が高まった点を認めつつも、最近のユーロ高を含むfinancial conditionの変化が、 (ユーロ圏のファンダメンタルズより)ユーロ圏の内外双方の金融・財政政策に対する見方の変化とともに、保護主義のリスクの高まりや中央銀行のコミュニケーションに対する市場の感応度上昇に影響されているとの指摘もみられた。

また、インフレ率の高まりに対する信認は、slackの残存や海外経済の状況、外国為替を含む金融市場の動向などに関する不確実性に左右される面が残っている点を確認した。加えて、インフレ圧力を高めて目標を中期的に達成するには、景気の拡大とともに強力な金融緩和の維持が必要であることも確認された。

これらを踏まえ、政策理事会メンバーはプラート理事が提案した資産買入れに関するフォワードガイダンスの修正を全会一致で決定した。また、コミュニケーションについても、インフレ動向に関する信認の強化を明らかにしつつも、インフレ目標の達成に向けて、金融政策を慎重かつ粘り強く、しかも継続的に運営することの重要さを強調すべきとのPraet理事の提案に幅広く(broadly)合意した。

今後の政策運営に関しても、政策理事会として、プラート理事が提示した上記の三条件に照らして、インフレが目標の達成に向けたパスをたどっているか否かの判断に強く依存するとの考え方に幅広く(broadly)合意した。

政策に対する意見の収斂

今回の議事要旨には、労働のslackに関する判断やユーロ高のpass-throughに関しては様々な意見が記載されているが、それ以外は政策理事会メンバーの意見の相違を示唆する記述がほとんどみられない。

確かに、ユーロ圏の金融経済情勢を考えれば、景気や物価の判断が収斂することも合理的である。加えて、資産買入れに関するフォワードガイダンスの修正についても、既に十分な議論の中で反論が消化されたかもしれない。それでも、先行きの政策運営に関して具体的反論が記載されていないことは-多くの論点に関する合意は「幅広く」であり、全会一致ではない-奇妙な印象もある。

堅調な景気と物価の下で「正常化」を進める執行部に対し、上記の三条件にで合意することで、政策理事会メンバーが資産買入れ終了に至る展開にendorseを与えたことが、反論を詳細に記載しない理由であれば、市場は資産買入れ終了に備えることが必要になる。そうでなく、例えば政策理事会が「コミュニケーションに対する市場の感応度上昇」を懸念して反論の記載を見送ったとすれば、市場による疑心暗鬼を招来しうる点で、むしろ逆効果になるリスクも存在する。

執筆者情報

  • 井上哲也

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部
    シニアチーフリサーチャー

    金融デジタルビジネスリサーチ部 シニアチーフリサーチャー

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