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FRBによるFSRの公表開始を前に

2018/11/12

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はじめに

FRBは、11月9日に金融監督と規制に関する半期報告書(Supervision and Regulation Report)を初めて公表し、本報告書に関する議会証言を11月14と15日の両日に行うことを発表した。さらに、11月9日にクオールズ副議長がストレステストの見直しについて講演したことも市場の関心を集めている。

しかし、同じ11月9日にFRBが金融安定報告(Financial Stability Report)を半期ベースで公表し始めると発表したことの方が、個人的には興味深く感じられる。初回の公表は11/28であり、その際には具体的な内容を検討する予定であるが、本コラムではその位置づけや背景について予め議論しておきたい。

FSRの趣旨

主要国では米国以外の中央銀行の殆ど-ユーロ圏の域内各国も含む-が、金融システムの状況に関するレポートを刊行してきたので、その趣旨は広く共有されている。実際、FRBの公表文も、新たなFSRは他の中央銀行によるFSRと類似したものになると明言している。

具体的には、FRBによる金融システムの頑健性評価に関する枠組みを示すとともに、資産のバリュエーション、企業や家計の借入れ、金融部門のレバレッジや資金調達のリスクといった金融システムの脆弱性に関わる主要な指標を検討するとしている。そして、FSRの公表により、金融システム安定に関するFRBの評価を広く一般(public)と共有する上で重要な一歩になると説明している。

FSRの位置づけ(1)

一方で、FRBによるFSRの位置づけには、先例とは異なる面もある。つまり、FSOCとOFRが(各々年報ではあるが)金融システムの現状評価やリスクに関するレポートを刊行してきたこととの関係である。

米国の金融システム安定に関する政策は、FRBも含む多様な監督当局の合議体であるFSOCにおいて決定され、その事務局となるのが財務省の外局であるOFRである。FRBがFSRの公表開始に関する公表文において、新たなFSRがFSOCによる年報と補完的な役割を果たすと説明している点は、むしろ両者の微妙な関係を示唆している。

実際、筆者自身がこれまで様々な金融当局と面談した中では、FRBによるFSRの公表も話題に上ったが、FSOCやOFRの年報との関係を指摘しつつ、消極的な意見を示されることが多かった。しかも、FOMCのminutesが示すように、FRBのスタッフはFOMCで金融システムに関する評価を報告している。つまり、既に資料が作成されているのに公表されなかったことは、むしろ問題の難しさを示唆しているように感じられた。

それだけに、ここへきてFRBがFSRの公表開始を決定したことは大変興味深い。もちろん、現時点でこの疑問に対する回答はFRBから示されていないし、FRBは金融システムに関する評価の幅広い共有という説明を今後も繰り返すのであろう。

その上で、関係しうる背景をいくつか挙げておくと、第一にFSOCの枠組みに対する疑問がある。FSOCには多様な監督当局が参加しているが、金融システム安定の重要な要素であるマクロ的視点あるいは実体経済との関係という視点を持ちうるのは、財務省とFRBだけとされることが多い。しかも、財務省のうち、会議体の運営を支えるOFRについては、運営予算の削減もあって、多くのスタッフが退職する事態に直面しているようだ。

第二に、FSOCやOFRの年報は、諸外国の中央銀行が刊行してきたFSRとは内容の点で異なる面がある。OFRの年報は、アカデミックな視点での論文を多く掲載しており、その意味で有益な刊行物であるが、政策的な意味合いからの距離を感じることも多い。これに比べて、FSOCの年報には政策的なメッセージも多いが、全体としては議会に対する説明責任の性格が強い。

こうした事情は、金融システムが今後に何らかの理由で不安定化した場合には、FSOCの枠組みに拘らず、結局はFRBが責任を負う可能性が高いという、米国内でよく聞かれる見方と表裏一体になっている面がある。しかも、大規模な量的緩和によって上昇した資産価格が、金融政策の「正常化」の進展に伴って調整を迎えるようであれば、こうした見方は一層強まりやすい。

直接的な因果関係はともかく、FRBがこれまでの方針を転換して、金融システム安定における役割をより「見える化」しようとすることは、こうした点で少なからぬ合理性を有している。

FSRの位置づけ(2)

FRBによるFSRの位置づけに関してもう一つ興味深い点は、金融監督との関係である。FRBは、金融持株会社やSIFI、州法銀行や大規模な決済システムに対する第一義的な監督当局であるほか、規制の一部を直接に所管している。そして、欠員状態がつづいていた本件担当の副議長としてクオールズ氏がようやく任命された訳である。

冒頭に述べたように、FRBはSupervision and Regulation Reportを初めて公表したが、これは金融監督と規制に関する説明責任の手段と位置づけられ、実際、本報告書に関する議会証言を11/14と15日の両日に行う訳である。既に公表された報告書には、冒頭にFRBの監督対象である金融機関の動向に関する説明もみられるが、事実関係を淡々と簡潔に述べているに過ぎない。

一方で、FSRの公表予告を行ったFRBの公表文で引用されているコメントは、実はクオールズ副議長ではなく、FRBの金融システム委員会(理事会に設けられた組織内委員会の一つ)の議長であるブレイナード理事によるものであるほか、FSRは金融システム安定の手段であるCCyBの運営を議論しないことを明言している。

このように、FRBには、金融システムの監視と金融監督との間に一線を設ける意図が感じられる。この点は多くの中央銀行による先例と異なる印象を与えるが、ECBでも、FSRとReport of Supervisory Activitiesは別物であり、前者は政策理事会のライン、後者は監督理事会のラインで作成されている。FRBが、同じく金融監督の役割を直接的に担うECBを参照したことが考えられる。

その上でもちろん、FRBにとっても、金融システムの監視と金融監督を分離すれば良いという単純な話ではない。冒頭にみた講演でクオールズ副議長が強調したように、ストレステストの見直し一つを取り上げても、金融システムの脆弱性に関する適切な評価が不可欠である。米国の特殊な枠組みの下で、両者の適切な距離感を模索する動きは今後も続くことになろう。

執筆者情報

  • 井上哲也

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部
    シニアチーフリサーチャー

    金融デジタルビジネスリサーチ部 シニアチーフリサーチャー

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