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浮上する米銀の資本バッファー引き上げ議論

2018/08/30

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パウエル議長に新たな課題が浮上

米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長に、新たな政策課題が浮上してきた。カウンターシクリカル資本バッファー(CCyB)の引き上げ議論だ。クリーブランド連銀のメスター総裁、ボストン連銀のローゼングレン総裁、ミネアポリス連銀のカシュカリ総裁は、銀行の財務の健全性確保、金融システムの安定維持の観点から、揃って、CCyBの引き上げを主張し始めている。しかしそうした政策は、金融規制の緩和を進めるトランプ政権、議会共和党との新たな対立の火種ともなる。

カウンターシクリカル資本バッファーとは?

CCyBとは、好況時に銀行が、損失吸収力のある資本を平常時よりも積み上げ、不況時には資本を取り崩すことを可能とする、マクロプルーデンス政策の代表的な手段だ。これは、自己資本比率規制が持つプロシクリカリティ(Procyclicality、景気循環増幅効果)という問題への対応策として作られた経緯がある。

つまり好況時には収益改善から自己資本が増加しやすいため、銀行には、規制で定められた一定の自己資本比率のもとでは貸出を増加させる余地が拡大し、それが景気過熱、信用拡大を一層促してしまう。一方で、不況期には、自己資本が減少しやすいため、貸出を強く抑制することで、規制で定められた自己資本比率の水準の維持を図るインセンティブが銀行に生じ、これが景気悪化、信用縮小を加速させることになってしまう。同資本バッファーは、国際金融規制で求められている自己資本比率を可変的にすることで、こうした問題に対応しようとするものだ。

決定権はFRB理事に

米国では、同資本バッファーは、2013年にFRBと通貨監督庁(OCC)、連邦預金保険公社(FDIC)によって新設されたが、上乗せ率は0%に据え置かれ、マクロプルーデンス政策手段としては活用されたことはない。

同資本バッファーの変更を決める権限を持つのは、FRBの本部理事であり、地区連銀の総裁には決定権はない。理事の中では、ブレイナード理事が同資本バッファー引き上げに前向きである。ブレイナード理事は今年4月の講演で、「循環的な圧力が高まり続け、金融の脆弱性が拡大すれば、最大手の金融機関にカウンターシクリカルな資本バッファーの構築を求め、回復力を強化してストレスから自行を守るようにさせるのが適切となるかもしれない」と語っていた。

他方、パウエル議長は今年6月に、金融機関のリスクは抑制されている一方、資本は十分に確保されているため、同資本バッファー引き上げの必要性はない、と発言している。金融規制緩和を進める銀行監督担当のクオールズ副議長も、引き上げに反対である可能性は高い。

このように、同資本バッファー引き上げがFRB理事会で決定される可能性は現状では低いものの、地区連銀総裁などから強い要求が出されていることから、パウエル議長は今後も内部での議論を続けていくことが求められるだろう。メスター総裁は、景気情勢が良い時に、将来のショックに備える必要があると主張している。またカシュカリ総裁は、同資本バッファー引き上げだけでは、金融システムの安定確保には全く十分ではないとしながらも、やらないよりはまし、としている。

トランプ政権との新たな火種か

先日、トランプ大統領は、パウエル議長の金融引き締め策に不満であることを表明し、両者の関係は悪化している。今後、同資本バッファー引き上げの議論がさらに広がりを見せた場合、トランプ政権、あるいは銀行の規制緩和に積極的な共和党議員などから、FRBを牽制する動きが出てくる可能性も考えられるだろう。その場合、FRBの金融政策決定にも何らかの影響が及ぶかもしれない。

また、FRBの政策姿勢は、物価の安定と雇用の最大化のデュアルマンデート(二重責務)を同時に達成するというバランスの中で決められているが、今後、金融システムの安定というマンデートも金融政策の決定過程でより考慮されるようになっていけば、政策決定のメカニズムはより複雑化し、金融市場による政策の予見性が低下する事態も考えられる。これは金融市場の不安定化に繋がるかもしれない。

執筆者情報

  • 木内登英

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部
    エグゼクティブ・エコノミスト

    金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト

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